第十七話
西大寺千秋と宝蔵院お春にとって、現政権はクーデター政権である。
別にクーデター政権である事に関しては千秋やお春以外にも、冬次叔父さんや菅原さんなどにとってもそうであるし、概ねの人間がほぼ同じ認識だ。
ただ、前年度に甲賀忍者に拉致され、サイボーグに改造され、挙げ句の果てには命令で神代の神達と戦わされた身としては、前総理の死は"暗殺"であるとの認識が付きまとうのである。
そもそも彼の松平信成という本名は世間に公表されておらず、総理大臣と認知されていた偽名は別にある。
秘密裏に忍者を管理する内閣府という立場上、総理大臣もまた偽名を名乗る必要があった訳だ。
必然的に、その出自や経歴なども世間向きに作られたストーリーであり、本来の人生と異なる。
例えば、本当は政治家としての経歴は半分以上存在せず、裏で覆面レスラーとして小規模団体を支えていたことは、総理マニアなら誰もが知る真実だ。
このように松平信成の人生を追うことは非常に困難を極め、大方の場合零細プロレス団体の一発逆転経営の与太話に行き着く。
世間的に死が公表された前総理大臣と違い、プロレスラー松平信成の死は公表されてないし、誰も関心も抱いてない。
だからこそ、西大寺千秋と宝蔵院お春は、そのプロレスラーの死因について調べれば何かが分かると思ったのだ。
それでホテルのパソコンからネットで調べてみたところ、プロレスラーはイワシの群れに襲われ、身体中が筋肉痛になって死亡していたのだ。
千秋とお春はこの件について考えることを諦めた。
さて、西大寺衆はステーキ屋のおばちゃんとの激闘の後、パンツ旅館ゴアふんどし博多で一夜を明かした。
驚いたことといえば、パンツ旅館ゴアふんどし博多は、四教頭が一人、博多青龍が働くホテルだったことだ。
四教頭といえば、お春の通う錦城高校の教頭である。そんな博多青龍がなぜホテルで働いているかといえば、そう、菅原グループとの商売だ。
兼ねてより旅館の女将に興味があった青龍は、生徒を女子高生女将に仕立て上げて自らがそこで働こうという構想をねっていた。
それで秘密裏に菅原さんのおじいちゃんと協力し、伊牙にホテルを打ち立てたのである。
そしてちょっとした紆余曲折を経て、青龍自信が偽女子高生女将として、このパンツ旅館でふんどし祭りを一手に引き受ける事になったわけだ。
ふんどし祭りとは、瀬戸内海でとれた新鮮なジーパンを大広間の天井に吊るし、
ヒーリング効果のあると言われる赤ふんどしを着用した青龍が、
お客様をねぎらい、癒しの言葉を掛け続けるという催しだ。
この偽女子高生女将が大衆にウケて、パンツ旅館ゴアふんどし博多はそれなりに盛況することになった。
勿論、西大寺衆の一行もふんどし祭りの洗礼を受けることになった。
だが意外なことに、このふんどし祭りは健康的な赤ふんどしと癒しの言葉で、身体中の血行が促進され、肉体の疲労回復に一躍買ったのだ。
その光景自体はこの世ならざる凄惨な有様だったので割愛させていただくが、西大寺衆は来たる東突厥高校との決戦に向け、体力を回復させることに成功したのである。
しかも、新鮮なジーパンと女子高生の制服が無料で手に入ったので、服を着替えることもできた。
戦闘スーツを着ている千秋とお春は着替えられなかったが、ジーパンと制服は磯の香りがしたので、他の者達も自前の服を着ることにした。
一夜明け、ホテルを後にした西大寺衆は
まずは伊賀忍者鉄道を南下し、禁鉄特急に乗らなければいけない。
「ではまずは我らの出番だな。」
彼ら伊賀組と裏正倉院の計六名は、特急電車の切符を手に入れようとして、ステーキ屋に取り込まれそうになったが、精算時になんとかなった。
その精神的な傷も、昨夜のふんどし祭りで癒された筈だ。
「まずはこの伊賀忍者鉄道を抜けねばなるまい。だが、遊牧民達が果たして見逃してくれるかどうか。」
冷静に指摘するのは
これに答えるのは伊賀組の一人だ。彼は巨漢のデブだった。
「ご安心召されよ、根来の。この嵐山鈍牛豚に有りまする。」
嵐山鈍牛豚と名乗った伊賀忍者は縄のロープを身体に巻いていた。
「ブヒヒヒヒ。まずは根来の、ボクチンの縄を掴んで頂こう。」
嵐山鈍牛豚は自らに巻き付けられた縄の一本を手に取り、
「えっ…なんかキモいからヤダ。」
「ブヒヒヒヒ。」
果たして今の行為にどれほどの意味があったのか。実際意味は無かったのだが、嵐山鈍牛豚は変態なので、その行為の意図は推して知るべしである。
「ブヒヒヒヒ。では西大寺衆のみんなに、伊賀忍者鉄道に忍者の名が冠されている所以を教えてあげよう。」
ニヤニヤしながらブツブツと何事かを呟く鈍牛豚は、駅のホームから線路に飛び降りた。
「何をしておる。危ないぞ。」
「ブヒヒヒヒ。危険など百も承知。この旅は危険に満ちた旅であることは根来も御意でしょう?」
なんか上手い事を言った感じの鈍牛豚に対して、あんまり声が聞き取れなかった
さて、そうしているうちにも電車が線路にやってきた。
動きのノロマそうな鈍牛豚では一見すると電車から逃れることは不可能に見える。
ぶつかれば即死は免れまい。
「忍法『人間国宝』。」
鈍牛豚が粒くと、すると、どうであろうか。
電車が鈍牛豚の手前で停止したのである。
電車の連結部には鈍牛豚のロープが絡み付いていた。
「このようにボクチンは自らが電車と化すことができる。そして縄を用いて列車と連結せしめたのだ。」
「えっ…ああ、うん。」
「ボクチンの韋駄天走りにかかれば外目にはボクチンは車両の一つにしか見えない。」
「そ、そうだといいな。」
「さて、ここでみんなはボクチンのロープの内側に入るのです。」
「は、それは…えっと、どうしてじゃろう?」
「聞くよりも試した方が早い。いうよりまずやってみよ。」
ここで
彼らは黒子姿で素顔を隠しており、人外めいた雰囲気を漂わせていた。
「ええ…」
「我ら西大寺衆は短い時間とはいえ同じ行動を共にする仲間。その仲間を信じることは決して悪いことではあるまい。」
裏正倉院の謎の人物達は、伊賀組と危機を共に過ごしたことで友情が芽生えていたのだ。
「いや、信じてない訳じゃないよ?信じてるけどさ、もっとこう…ね?いや、やるよ?やれば良いんじゃろう?」
裏正倉院に押されて、半ば無理やり自らも線路上に降りた
「早く他の者どもも同じようになされい。」
「ええ…」
こうして西大寺衆の三十近い人数が、鈍牛豚のロープの輪の内側に収まることになったのだ。
不思議なことに、ロープは引っ張れば引っ張る程に伸びていった。
そしてその度に鈍牛豚は締め付けられ、嬉しそうに苦しむのだ。
「ブヒヒ、では伊賀忍者鉄道出発の時刻ですなあ。」
伊賀忍者鉄道の発進と共に、鈍牛豚と彼を縛るロープもまた引っ張られ、引き摺られ始めた。
急速にスピードを上げて行く電車、そしてロープ。
恐るべきは、その速さに完璧について行く鈍牛豚の健脚である。
「おお、これは快適。」
いつの間にかロープの内側に入った一同もまた、無意識のうちに鈍牛豚の歩幅に合わせて高速で走っていたのだ。
人間は集団で歩くとき、自然に歩幅を同調させる習性がある。この忍法はそれを利用して、電車と同じペースで走るのである。
「見よ、遊牧民がヤンキーに騎乗してやってきたぞ。」
「奴らとて電車の速さにはついてこれまい。」
後方から追ってきたのは、やはり東突厥高校の遊牧民達だ。
西大寺衆は余裕すら見せたが、これが後に失態の原因となるのは明らかだった。
「ところで今のうちに良いか、千秋殿。お春殿。」
「どうしたの、太乃長官。」
駅より出発して早数十分。
高速で走ってるときに話しかけてきたのは太乃長官だった。
こんなときに随分と余裕のあるお役人さんである。
「昨晩、その…総理の死因について調べられていたようですが。」
「ああ、それね。全く分からなかったよ。イワシの群れに襲われて筋肉痛だって。」
「へえ。お二人はやはり気になるんですか?」
会話に入ってきたのは薬師博士だ。
薬師博士とて、やはり気になるのだろう。
「いや、実はアレは…」
「前総理の死因には我らも興味がありますなあ。」
口を挟んだのは後方からの声だ。
声からして、宴の祭器達の一人だろう。
「そう言えば宴の祭器達が野菜王国に封印されていた東ローマ人なの?」
思い切って千秋は聞いてみた。
「東ローマと呼ぶな。ローマと呼べ。」
「ああ、やっぱり祭器さんなんだね。」
「そうだ。我ら祭器は前総理と縁があるようだからな。ところで、お前達は前総理の縁者なのか?」
「まあ、隠し立てすることでも有りませんが、私、松平薬師が前総理、松平信成の実子なんですよ。」
「ほう。」という声が聞こえたのは、後方からだ。
「それについては我々は色々と話合わねばならぬようだな。」
「ええ本当に。お互い情報交換が必要だと思います。」
「ところで、総理の死因についてですが…」
太乃長官が何か言おうとした時だ。
前方より、ヤンキーを駆って迫り来る一騎の武将が見えた。
「あらあら。敵のようですが。」
「いや待て、あの黄金に輝く衣を見よ。」
それまでずっと黙っていた
というよりこの女、昨日からずっと千秋の手を掴んで離さない。
手を掴むのがこいつの忍法なのか?
いい加減ウザいが、しかし、
とはいえ千秋には戦闘スーツがあるので、簡単に返り討ちに出来るのだが、それについて血樽子は「なら一層私の忍法が良く使えますね。」と、寝る前に言っていたので手を離すに離せないのだ。
時刻的にはそろそろ禁鉄電車の乗り換え駅、
敵は単騎。だが、その武将が乗っていたヤンキーは右手に印籠を掲げながら空中浮遊していた。
「バカなあいつはッッッ!」
思わず
その武将は鎧を纏わず、黄色い布をピシッと着こなした白髪の老人だった。
「あいつはッッッ!
「ああ、校長先生、来てくださってんですね。」
感慨も無さげに
水戸黄門とは明治時代以前に日本を統治していた旧支配者の一人であり、その圧倒的な威光で諸国を行脚し、民衆を畏怖せしめた人物だ。
現在は六本技の高層ビルに鎮座し、『天下の副将軍』や『黄衣の王』などと呼ばれている。
「六本技六騎将の一人、水戸黄門様が出てくるとは。六本技ヒルズ族こそが東突厥高校の校長だったんだ。」
「あいつの強さは四教頭レベルですッッッ!皆さんッッッ!対面すれば自動的に発狂します!!!絶対に奴の目を見ないで下さい!!!見るなああーーー!」
四教頭クラスの強さとは、要するに神様とかなので、人間ではどうやっても太刀打ちできないくらいだ。
現実的には、人間は神様と目が合うだけで精神力を使い果たして発狂してしまう。
薬師博士の注意もむなしく、後方から何名かが甲高い呻き声を上げた。
振り向けば、それは平伏して地面に頭を擦り付ける裏正倉院の三名である。
「あれこそが水戸黄門と目が合った者の末路。発狂し、地面に土下座してしまうのです。それは人外の存在である裏正倉院とて例外ではない。」
ひれ伏したことで、ロープの輪をすり抜けてしまった裏正倉院の三名は高速で線路上に取り残されてしまった。
「ああッッッ!裏正倉院達が!」
「聞け千秋殿!お春殿!我ら裏正倉院は長州征伐という目的を同じくする同志!伊牙にて助けられた御恩は必ず報いよう!
然るべき時にお主達の元へ必ずはせ参じよう!それまでさらばじゃ!」
裏正倉院達は後方より迫り来る遊牧民の軍勢に飲まれてしまった。
「そんな…裏正倉院が…何故こうも西大寺衆が減ってしまうのじゃあぁぁ」
この悲劇に
「そうも言ってられんぞ。前方より迫り来る水戸黄門様をなんとかせねば、俺たち全員発狂だ。」
「そう言えばさっきから長州征伐ロボシュバリエ一号が見当たらないわ。」
「待たせたなっ!」
その時である。遊牧民の群れを掻き分け、光の中から長州征伐ロボシュバリエ一号と、磔刑に処された四教頭の博多青龍が出現したのだ。
「六本技六騎将の相手はこの四教頭と長州征伐ロボシュバリエ一号がつかまつる。」
青龍が手をかざすと、周辺にいた遊牧民達は全員が気絶した。
「お春殿、そのまま突っ込めい!乗り換え駅は目と鼻の先よ!」
青龍がお春殿の名を叫ぶと、前方の水戸黄門が手を前方に突き出した。
すると、超常的なことに、風が舞い、風は半透明の助さんと格さんに変化した。
「早めに行けえええお春殿おおおお」
「でも鈍牛豚が列車に連結した状態でどうやって乗り換えるのよおおおお」
お春殿の絶望も最もだ。
伊賀忍者鉄道に連結していては、禁鉄電車に乗り換えられない。
前方には既に、禁鉄電車の特急デスアーバンライナーが見えていた。
「ブヒヒ伊賀忍法ヲヲヲ舐あめるなあああああーーーッ!」
鈍牛豚は叫ぶと、伊賀忍者鉄道の停車とともに即座に連結を切り離した。
そしてそのままのスピードを保ったまま、高速で改札を出て、高速で禁鉄電車に向かい、高速で乗車券を改札に通し、今度は高速で禁鉄の特急デスアーバンライナーに連結してしまったのだ。
「凄え!伊賀忍法凄え!」
つづく
☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・ドリームランド公国
・裏正倉院
・死刑囚
竜田川龍之介
妙法寺太郎
他一名
○敵方
・東突厥高校
以下不明
忍杯戦争参加者一覧
お
以上十四名
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