第十六話
伊賀牛ステーキを食べに来てみれば、パートのおばちゃんに戦いを挑まれたわけだが、これは西大寺千秋が思っているよりも根の深い問題だ。
このパートのおばちゃんは室生十和子。れっきとした伊賀忍者である。
そもそも伊賀忍者達は服部半蔵が棟梁を務める忍者集団であり、その歴史は江戸以降国政に深く携わってきた。
前総理、松平信成が統率した内閣特殊諜報局にも伊賀組という集団が存在し、これは西大寺衆の伊賀組と同一人物である。
つまり、伊賀組とは
だが昨年、前総理の退任とともに、服部半蔵も死亡した。
これにより、伊賀忍者達は血で血を争う内乱に突入していたのである。
これは新政権のもとで伊賀組が内閣特殊諜報局から排除されたのも大きな要因の一つだ。
元いた伊賀組の構成要員のうち、西大寺衆についたのが三名。それ以外は、例えば千秋達の目の前にいる室生十和子が元伊賀組の忍者である。
西大寺千秋や宝蔵院お春は忍杯戦争が山田風太郎の絶版本を手に入れる為の虚無的な戦いだと思っているが、事態はそれよりも重くなっているのだ。
今まさに
要するに、忍杯戦争とは名ばかりの戦国時代に日本は突入していたわけである。
室生十和子が、一夜の夢を見て下剋上を行おうと試みたのも頷けようものだ。
さて。そんな背景事情など詳しく知らない西大寺衆は、目下の敵である東突厥高校がパートのおばちゃん、室生十和子と手を組んだことに愕然としていた。
しかもこのおばちゃん、忍杯戦争のルール自体はまったく知識不足なのだ。
これは自身が忍者であるにも関わらず、
「あ〜らら、あなた既に他の人と契約していたのね。」
だが、室生十和子は悪びれる様子もなく、背中に背負っていた剣を抜いた。
「アレはッッッ魔剣インスタグラムッッッ!!」
一同にどよめきが起こった。普通に伊賀牛を食べていた一般客などからすれば、パート店員がいきなり西洋剣を持ち出したわけだから、何事かと思うはずである。
「アタイは噂好きのおばちゃんでねえ…!噂好きってのは色んな情報が流れ込んでくる。それ自体が忍法みたいなものさ。」
室生十和子が自身を一般人だと自負する最大の理由がここにあった。
彼女は旧伊賀組において一般人に扮しての情報収集、つまり現代のスパイでいう
「ヤバいぞ千秋殿…!アレは魔剣インスタグラム…!その切れ味は切った瞬間を付属のカメラで撮影し、自動的にSNSにアップしてしまうという代物だ…!」
薬師博士が震えながら説明した。
「薬師博士、なんであんな訳わかんない道具に詳しいの。」
「だってアレは俺が作った奴だもん。」
千秋は薬師博士が一番ヤバいと確信した。
「アタイの愛剣インスタグラムは政権崩壊前に薬師博士から五千円で譲ってもらった代物でねえ…!その代わり、アタイは薬師博士に温泉券をプレゼントしたってわけさ…!」
「まさかあの時は敵に回るとは思ってませんでしたよ。」
薬師博士はかつて母親の幻影を室生十和子に見ていたのだ。
だが、そんな二人も今は敵同士。
今は非情の戦いに徹するしかない。
「さあ…!アタイと戦いなよ!薬師博士!」
「君何やってんの。」
騒ぎを聞きつけてやってきたのは店長だ。
店長はめちゃくちゃ怒っていた。
「室生さん、君さあ。もう魔剣インスタグラム振るっちゃだめって言ったよね?若い子は仕事してるのに君はしないのかな?」
「どきな店長。アタイはアタイの道を進むのさ。」
室生十和子は赤色の鎧を身に纏っていた。
「室生さんさあ、このままだと仕事クビだよ?仕事中に鎧を着ちゃ駄目なのは分かるよね?」
「分からないのさ。血に飢えた赤い狼にはなああああ」
店長はキレながらあたりを見渡すと、室生十和子の肩を掴んだ。
店内は密林の植物などが辺り一面に植えられていた。
「あのさ、あのさ。店の内装、何これ?勝手に店の内装変えたら駄目だよね?ここは君の家じゃないんだよ。」
「話せ店長!アタイは家を捨てたあああああ」
店長は諦め気味に室生十和子を無視すると、千秋達に向き直った。
「大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。宜しければご注文を伺わせて頂いて良いでしょうか?」
「じゃあ伊賀牛ステーキ全員分で。」
「この人数ですと少々お時間頂きますが宜しいでしょうか?」
「我々は一向に構わんぞ。」
店長は恭しめにお辞儀をした。
「ありがとうございます。伊賀牛ステーキをお持ち致します。」
注文を確認すると、店長はブチ切れながら室生十和子に向き直り、そしてバイトとして潜入していた東突厥高校の集団を睨みつけた。
「今度勝手にバイト雇ったら許さんからね。その人達には帰ってもらって。」
「黙れ!アタイに味方はいない!」
店長は無視して厨房へ戻った。
「さてさて、お春殿。店長殿はああ言っておったが、遊牧民とヤンキーをここで逃す手はない。ここは儂の忍法の出番じゃな。」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀。」
ゆっくりと、しかし確かな動作は歳の割に腰がしっかりとしており、まさにミレーの絵画の如き撒き方だった。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
「ねえ。根来衆の人達。あの人何やってるの。」
気になって堪らなくなった宝蔵院お春は聞いてみた。
根来衆の
「俺、アイツ、頭悪いと思う。」
同じく根来衆の
「あの人、たまにああいう事するんだよ。」
これはそういうものだと、その場の一同は納得せざるを得なかった。
だが、ここで決して油断しない者たちがいた。パートのおばちゃんの忍法を頼り、挙句にこの『バナナ農園Z』に肉体を取り込まれつつある、伊賀組の三名である。
「気を付けろお春殿。あそこの室生十和子は100年以上前、服部半蔵選出の候補者だった室生赤十郎の子孫なんだ。」
「室生赤十郎ですって。」
その名には宝蔵院お春は聞き覚えがあった。100年以上前に行われた、服部半蔵選出の儀における候補者だ。
この服部半蔵選出の儀には昨年の事件と大いに関わりのある、いわば因縁だった。
「その通り。室生赤十郎の忍法は遠く離れた物体を呼び寄せる能力だと伝えられている。アタイはその忍法を研鑽し、禁鉄特急券を自在に購入する能力に昇華させたのさ。」
話題を保つために一同がとりあえず騒いでる間にも、
この微妙な空気を避けるため、一同はとりあえず騒ぐしかなかった。
「さて!どうする!?アタイを倒さなきゃ、あんた達は
「こうなったら店長殿や周りの客に迷惑をかけないように食事を楽しみつつ、適度に室生十和子を制圧しながら遊牧民とも距離感を保つしかない。」
薬師博士は即座に西大寺衆がすべき行動を提示した。
宝蔵院お春はまず
「ヘイ遊牧民達!それ以上動くとあんたらのお姫様に寝技を決めるよ!」
「構わん、あのくノ一ごと殺せ。」
遊牧民達は弓を引き絞った。
これには千秋も計算外の事態である。
「
「だから言ったじゃないですか。私は彼らの奴隷だと。」
これでは
ではどうするか。
思案していたその時、ついに
「出来たわ。これぞ忍法『土耕し』。」
「すごい。これはどういう忍法なの。」
千秋は
「ねえ…能力は…?」
「土を撒いておるんじゃよ。」
忍法『土耕し』。これは土を撒くという驚異の忍法だ。
室生十和子は高笑いをした。
「ハッーハッハ!なんだいこのボケ老人は!構わん!遊牧民ども!このボケ老人を射殺せ射殺せーーッ!」
遊牧民の一人が矢を放つと、矢は
「おっと危ない危ない。その土は死んでいい人間とそうでない人間の境界線じゃよ?」
「儂の線を越えれば死ぬと思え。」
いつの間にか室生十和子の周囲一円にも土が撒かれていた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
さて、これはどういうことか。
要するに土など撒かないほうが良かったのだ。
「ふざけやがってえええアタイを舐めやがってええええ」
激怒した室生十和子は
「ぐっ!」
「
だが、
「掴まえたぞよ。」
「話しやがれジジイ!畜生!」
それはなんと内閣特殊諜報局黒奉行所の太乃長官が放った火縄銃だった。
「隙ありです。お止めなさい
「がああああああああああ」
「なぜ殺させてくれぬ。」
「その方は自分を一般人だと思われているとのこと。ならばこれは私のような一般人の手合いです。それが我々西大寺衆のルールでしょう。」
太乃長官は近付くと銃床で室生十和子の顔面を殴って動けなくした。
今更だが太乃長官は火縄銃の達人だった。
背広の背面に火縄銃を常にねじ込んでいるのだ。
室生十和子は叫び声を挙げた。
「畜生!畜生オァォォォァ!」
「獣のような唸り声。品性の欠片も存在しない。」
「畜生オォォォ!遊牧民共!さっさとこいつらを殺せー!何してる!」
「彼らはむしろ対話を望んでいる様子ですねえ。ざっと見たところ四十人程。
「何が忍法『土耕し』だ!
「あらあら、ブラジリアン柔術の技をかけられている私に何ができるのかしら。」
「アタイは噂好きだから知ってるんだよーッ!あんたなら、そんなブラジリアン柔術でも忍法『人殺し』に持ち込めんるだろーーッ!?」
「あらあら。」
この時始めてお春殿は
お春は勘だが
「あらあら、ダメじゃない。離しちゃ。」
「千秋!」
冬次叔父さんが叫ぶ。
「あらあら。でも貴方でも良いわ。本当は誰でも良いけど、じゃあ貴方に決めるわ。」
「汚い手を離せ。」
それを見た宴の祭器の『眼鏡橋』が感嘆するように一言呟く。
「ほう。」
「パートのおばさん、私決めたわ。でも今は違うの。この人、
「何を言ってるのーーッ!早く殺ってーーッ!ちょっとだけで良いからーーッ!」
「駄目よ。でもそこまで言うなら、私の契約一般人を見せてあげるわ。」
「一般人バトルか。ならば儂も。」
すると、どうであろうか。巻物はベルトのように二人に巻きつき、二人は全身タイツ姿になった。この姿に特に意味はなく演出である。
そして、巻物からは妖怪腐れ佐藤さん(本名竜田川龍之介)と青色の不思議な不思議な生き物が現れた。
「うべべべべべべ。」
「ソーナンス!」
この二人は一般人だったが、それぞれ
契約一般人の二人は殴り合い始めた。
「えっ…なにこれ。アタイが望んだのはこんなことだったのかい。」
この光景にパートのおばさんはドン引きした。
「うべべべべべべ」
「ソーナンス!」
その時、窓から飛来した二枚のトランプが
「なんだこれは。」
幸い巻物は軽い傷程度で済んだが、謎のトランプを見た室生十和子は突然取り乱し始めた。
「このトランプは!アタイが唯一愛したあの人のトランプに違いないわ!」
室生十和子とこのトランプは何らかの縁があったのだ。
パートのおばさんは乱心したまま、ふらついて窓から落ちていった。
「待ってーッ!ひろしさーんッ!ひろしさんーッ!」
このトランプは死刑囚の妙法寺太郎が、殺した被害者から適当にかっぱらったものだ。
パートのおばさんは夜闇の悲鳴とともに消えていった。
その日は妙法寺太郎は戻らなかった。
さて、その後食べた伊賀牛は美味しかったし、さらにその後泊まったパンツ旅館ゴアふんどし博多では四教頭の一人、博多青龍がふんどし祭りだったが、それはまた別のお話である。
つづく
☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・ドリームランド公国
・裏正倉院
・死刑囚
竜田川龍之介
妙法寺太郎
他一名
○敵方
・東突厥高校
以下不明
忍杯戦争参加者一覧
お
以上十四名
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