第十五話

 これから向かう先は忍者の里である。


 室膿口汚野むろうぐちおおの駅を日没後に出た禁鉄電車は二十分もすれば伊牙患戸いがかんべ駅へ辿り着いた。


 辺りは闇に沈む。駅はより禁鉄きんてつ駅らしい、利用し辛そうな様相を呈する。

 駅構内を出れば、駐車場とビル、そして駐輪場。それらが平面に押し込められた姿はまるでコルセットを巻いた貴婦人の猿だ。


 有り体に言えば、中途半端な田舎という言葉が似合うだろう。

 だが、なんであろうか。過ぎ行く特急デスアーバンライナーや駅に並立する伊賀忍者鉄道が冒険への入り口のように感じられる。


 事実、ここ伊牙患戸いがかんべ駅は禁鉄電車からは唯一の、伊牙いがの里への入り口だった。


 伊賀忍者鉄道。

 伊牙いがという、伊賀忍者達の住む地域一帯を縦断する、日本で唯一の忍者鉄道である。

 必然、この伊賀忍者鉄道始発駅には依頼を求める裏稼業の者達が数多く集まるのだ。


 まさにここはファンタジー世界の冒険ギルドなのだと、西大寺千秋は感得した。


 実際に来客者を見てみれば、筋骨隆々とした上半身裸の傷だらけの男武闘家や、半裸の男魔法使い、全身に甲冑を纏った無骨な上半身裸の男騎士、そして全裸の男変質者などが数多く集まっていた。


「グヘヘへへ。この伊牙患戸いがかんべ駅から伊賀忍者鉄道に乗り換えて伊牙飢野いがうえの駅を目指すぜ。」

「おい見ろよ。あの嬢ちゃんたち、弱そうだぜ。」

「あの程度のレベルで伊牙の里へ行くなんて自殺行為だぜ。悪いことは言わねえ、止めておきな。」

「フォォォォォォアーッ」


 西大寺衆に対して様々な野次が飛び交う。

 流石は伊賀忍者の巣窟を目指す者達。その実力もさぞ高いものだろう。


 武者震いが止まらない千秋に、宝蔵院お春が耳打ちをした。


「外道一群斎によれば一般住民達の平均レベルは二十を超えるそうだ。私たちの装備では戦っても全滅するらしい。」

「そんな馬鹿な。あの妖怪腐れ佐藤さんですらレベル十九だぞ。そのレベルを超えるなんて。」


 まさに住民全員が忍者という事実なしには成立し得ない事態だった。

 そんな伊賀忍者の一般住民達を敵に回すのは得策ではないだろう。

 ここは先に向かった伊賀組三名と裏正倉院三名と手早く合流しつつ、状況に対して柔軟な対応を行う態度が求められる。


 こうして一行は二両編成の伊賀忍者鉄道に乗り込んだのだ。


「見て、電車が人間の顔になっているわ。」

「これは情報を過信して勝手に行動した忍者の成れの果てさ。」


 電車のガイドさんが嬉しそうに言った。


「はじめまして。私は伊賀忍者鉄道のガイドさんよ。あなた達を伊牙いがの里へ案内するわ。」

「見て、電車のつり革に忍者がぶら下がっているわ。」


「彼らはあなた達を監視しているのよ。」

「さすが伊賀忍者。隙がないわ。」


 伊賀忍者鉄道はまさに魔の入り口に相応しい暗黒ぶりだった。


 さて、西大寺衆達を乗せた鉄道は定刻通りに出発した。

 概ね三十分かけて、伊牙飢野いがうえの駅を目指すのである。


 西大寺衆は現在は三十名もの大集団である。

 必然、何かするにもグループ毎で固まることが多く、千秋とお春殿は菅原さんとともに芒手のぎす血樽子ちだるこを監視していた。


 向こうのシートでは冬次叔父さんが根来忍者やドリームランド衆などとトランプ遊びに興じている。

 空は暗く、この時間に外を出歩くのは危険だ。


「今日は伊牙いがで泊まることになりそうだな。」

「ならホテルを手配しておくよ。」

 

 お春殿が呟くと菅原さんが答える。

 やはりこんな時頼りになるのは友人だ。


「流石は菅原さん。」

「宿泊先はパンツ旅館ゴアふんどし博多で良いよね。」


 良いのかな。

 名前からして菅原グループの系列のホテルなのだろうが、何にしても寝食が確保できることは実にありがたい。

 やはり菅原グループが忍杯戦争の監視役になって正解だった。


「あら素敵な名前ね。でもこんな所に長居して良いのかな。」


 横で生意気なことを言うのは芒手のぎす血樽子ちだるこだ。

 この女は忍杯戦争の参加者であり、西大寺衆と敵対する東突厥高校に所属していながら、組織を抜け出し自ら捕虜となった。


 いかなる企みがあるのか分からないが、千秋達はこの女を連れて行かざるを得ない。


「私達には私達のペースがあるんだよ。」

「でも確かに少し焦るべきだよね。」


 菅原さんは血樽子ちだるこに強壮剤を注射しながら言った。


「わあ何注射したの。」

「オリジナルブレンド。」


「とりあえずそれで百メートル走ってみてよ。」

「いやっ今電車の中ですから。」


「それもそうか。でも君は私達の敵なのに良く人前に顔を出せたね?凄い度胸じゃないか。」

「目的によっては私達は協力できるわ。私は東突厥高校から解放されたいの。」


 強壮剤を打たれた血樽子ちだるこは汗とかが止まらなくなり、心臓の動悸が激しくなった。


「うぅー!運動がしたい!ドッチボールがしたい!」

「おっと、体育の日にはまだ遠いよ。さあ君のことをもっと話しておくれ。」


「ああ私は誰でも良いのよ。相手をしてくれるならね。」

「お前は何が目的なんだ。」


 宝蔵院お春は血樽子ちだるこの胸ぐらを掴んで聞いた。


「目的なんて決まってるじゃない。忍杯戦争よ。血や臓物が見たいのよ。」

「そんなに見たいなら自分のを見やがれ。」


「あら、過小評価してもらっては困るわ。私にはとっておきの忍法があるもの。

 それより、あなた達こそなぜ私を連れているの?」

「今すぐ倒せるならそうしたいがな。結局お前を倒すならイルカショーだと思った。」


 西大寺衆の実力を他勢力に知らしめ、忍杯戦争で一般人への被害を少なくすることが千秋の目的だ。

 そのためには菅原グループがルールだと各勢力に理解させる必要がある。


「お前を連れて伊痩いせのイルカショーへ行けば、遊牧民達も大半が集まるだろう。そこを叩けば一網打尽。」

「あら素敵。私もそう考えてたところよ。」


「つまりお前を東突厥高校側もお前の行動は承知なんだな。」

「ああ、早く人を殺したいわあ。」


 血樽子ちだるこは不敵に笑った。

 その時、先ほどの半裸の男武闘家が血樽子ちだるこに湿っぽいビスケットを手渡した。


「おっとお嬢さん。伊牙の里で夜間に出歩くのは得策じゃねえぜ。」

「えっ…?ああ、どうも。」


「ふっ…人を殺したい、か。嘘は言ってない眼だが、人を殺せば必ずその報いは受けるぜ。」

「ええ、私もそう望んでいます。」


 半裸の男武闘家は血樽子ちだるこに臭い毛布を掛けると隣の車両へ旅立っていった。


「ねえこの毛布臭いんだけど。」

「ファブリーズ飲んどけ。」


 血樽子ちだるこが毛布の臭さに酔いそうになっていると、伊賀忍者鉄道のガイドさんがマイクを片手にアナウンスを始めた。


「えー皆様、大変長らくお待たせしました。では、これより当機は伊賀忍者試験の一次試験を開始します。」

「えっ」


 伊賀忍者鉄道のガイドさんはムキムキだった。

「この伊賀忍者鉄道を生きて出られるのは強き者のみです。では皆様右手をご覧ください。」


 千秋が自分の右手を見ると、いつの間にか漢字で『三』と書かれていた。


「えっなにこれ。何が始まるの。」

「おーっと、始まりやがったあ。」


 冬次叔父さん達の一団の中で、嬉しそうにトランプを舐めているのは死刑囚の一人だ。

 その死刑囚は顔面を白塗りしたピエロの様な姿の男だった。


「今年は何人生き残る事やら。」

「妙法寺太郎。知っているのか。」


 妙法寺太郎と呼ばれた死刑囚はトランプを投げた。トランプは吊革の伊賀忍者の額に突き刺さった。


「この手の甲に書かれたのはライフポイントさ。これからみんなでゲームをして、負けた奴からライフポイントが減っていく。ゼロになったらジエンドさ。」

「まあ素敵な余興ですこと。どんな死に方をするのかしら。」


 血樽子ちだるこは死刑囚に微笑んだ。

 余裕のある乗客達を見たガイドさんもまた微笑んだ。


「いえ。その右手の数字に特に意味はありません。」

「えっ」


「やはり昨今は危険な遊びは行政指導が入りますからね。それは本当にただの雰囲気を醸し出す為の数字です。」

「うわあアァア」


 ひとり間違ったことを言った死刑囚は恥ずかしさのあまり、窓ガラスを割って出て行ってしまった。


 さて、その後は農作業をしてるおばちゃんがどのタイミングで見ても窓に写り込んでいるというハプニングがあったものの、伊賀忍者鉄道は乗客の冒険者達が何人か減った以外は無事に伊牙飢野いがうえの駅にたどり着いた。


「またのお越しをお待ちしておりまする。」


 いつの間にか体格が5倍ほど肥大化したガイドさんがお見送りし、西大寺衆は伊牙いがの地へ降り立ったのだ。


「さて、じゃあ晩飯にしようか。」

「わーい」

「フォォォオアーッ!」


 こうして西大寺衆はあらかじめ情報をチェックしておいた駅前のビルテナントの焼肉屋

へ向かった。


「伊賀牛。伊賀牛。」

「ついたぜ。ここだ、伊賀ステーキハウス『バナナ農園Z』。」


 バナナ農園Zは店内の雰囲気が密林で、煙が充満していた。

 さて、バナナ農園Zで待ち構えていたのはヤンキーと遊牧民の皆さんである。


「待っていたぞお、西大寺衆よ。」

「馬鹿な。何故ここに。」


「芒手血樽子に発信機を付けていたのさ。」

「あんた達バイトなんだから仕事しな。」


 店の奥から出てきたのはパートのおばちゃんだ。

 そう、晩飯の金がなかった遊牧民達はバイト店員として予め千秋達の向かうであろう店に潜入していたのである。


「えっじゃあ私達は伊賀牛ステーキ食べたら帰りますね。」

「待て、そうはいかんなあ。これを見たまえ。」


 パートのおばちゃんが嬉しそうに指差した厨房では伊賀組と裏正倉院の六名が肉を焼いていた。

 西大寺衆と離れ、一足先に伊牙の里へ向かった彼らに何があったのか。


「悪いが伊賀忍者達は内乱状態でねえ。服部半蔵率いる伊賀東軍は甲賀東軍と協力することになったのさ。」

「服部半蔵だって!?」


 驚いたのは薬師博士だ。

 元より服部半蔵は内閣直属の忍法組織の長だったのだから、これは政府からすれば全く寝耳に水の情報なのだろう。


「服部半蔵を名乗る者が現れたというのですか!?」

「如何にも。前服部半蔵がいなくなれば新たな服部半蔵が選ばれるのは自明の理だろう。」


 パートのおばちゃんは鞭を床に叩いた。


「アタイは特急券を自在に購入出来る忍者さ。この伊賀組と裏正倉院の奴らはあんた達の為に特急券を購入しようとしてねえ。

 その願いは聞き入れてやったが、代償としてこいつらはこの伊賀牛ステーキハウス『バナナ農園Z』に取り込まれたってわけさ。」

「そんな、伊賀組達の肉体が既に半分バナナ農園Zに取り込まれているわ。」


 今までにない絶望感が一堂を襲った。


「さあ!あとはアタイの好きにさせてもらうだけだよ!アタイにはアタイの思惑があるのさ!」

「そんな、なんで暴れん坊なの。」


「アタイは暴れたいのさ!そこの芒手血樽子!アタイと契約しな!」

「えっ…すみません。私もう一般人と契約してるんです。」


「えっ…」


 果たして西大寺衆は伊賀組と裏正倉院を助け出し、遊牧民をバイトとして雇ったパートのおばちゃんとバナナ農園Zから脱出できるのか。

 つづく





☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆


○西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・根来衆

外道げどう一群斎 いちぐんさい

愚蘭坊グランぼう

乳出ちちで御児兵衛おごべえ


・伊賀組


・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい


・南郎組傘下忍道会

・南郎組傘下鶴詠会

・神兵衛南郎組傘下有門組


・ドリームランド公国


・裏正倉院


・死刑囚

竜田川龍之介

妙法寺太郎

他一名


○敵方

・東突厥高校

芒手のぎす血樽子ちだるこ

以下不明






忍杯戦争参加者一覧

外道げどう 一群斎いちぐんさい

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

濃尾のうび透助ノ介すけすけのすけ

本堂ほんどう兵庫ひょうご

織衛おりえ不要人いらすと

未知判丸みちわかまる

芒手のぎす血樽子ちだるこ

猿紅葉えてもみじ母宗ははむね

ゆき初蓮それん鎌槌かまつち

諸兄もろえ盤也たらいや

海蛍うみほたる

福雷ふくらい茶釜ちゃがま

すわり

別業なりどころ胡瓶こへい

     以上十四名

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