第十三話
伊賀、裏正倉院の六名を除いても二十九名もの団体。この塊を乗せたバスは道をひた走る。
道。そう、道である。
西大寺衆が40分程運転している道も、そう、道である。
何もないのだ。
本当に何もない。さて、敵に追われながらのロードウェイともなれば、何かしら奇異なる建物や刺客との遭遇、はたまた人間心理を利用しての駆け引きなどが発生しようものであるが。
一応、先ほどまでの道は
さらに恐ろしいことに田んぼも少ない。
どれくらいの"道"かというと、夏休みに自転車漕いでたらトンボに遭遇した時とか、曲がり角が無駄に山で、自転車では車とぶつかりそうで危ない時とか、そんなレベルの低い郷愁感を覚える程度には道である。
そう、レベルの低い郷愁感。
それが
そんなことを、西大寺千秋は思っていた。
40分程ひたすら南下しただろうか。
特に追っ手との交戦もなく、一同は
車でここまでの距離は結構長く、
ここからさらに10分程クネクネした道を進めば、そこに室生寺がある。
「ついに駅にたどり着いたか。」
「道中あまりにも退屈すぎて、誰も何も話さなかったな。」
バス車内は長州征伐ロボシュバリエ一号が不自然なくらい必死に癒しの光を乗員全員に浴びせて回っていた以外は特に何も面白いことが起こらなかった。
何か心配事でもあったのだろうか。まさか放射能汚染されたわけでもあるまいに。
さて、駅前でバスはそれとなく停止した。ドアが開き、乗員達は無言のまま降りてゆく。
トイレ休憩である。
「お主達も降りたほうが良いぞよ。」
話しかけてきたのは根来忍者の古老、
「根来のお爺さん、どうしたの?馴れ馴れしく話しかけてきて。」
「この先に敵がっ…えっ?馴れ馴れしい?」
「うん、別に私たち仲良くないのに、なんでそんな親しげに話しかけるんだろうって思ったの。」
宝蔵院お春は辛辣に評価した。
「あのねお嬢さん。この先に敵の気配があるの。手練れはみんな気付いてるの。分かる?」
「いや全然。」
千秋とお春は同時に首を振った。
いくら一年間鍛えたと言っても、手練れの伏兵の気配に気付くほど研ぎ澄まされているわけではない。
「やはりというかお主達はズブの素人じゃのう。少しは出来るかと思うたが、纏っておるそのスーツがあっても儂にも勝てんぞ。」
「私たちってそんなに弱いの。昨日から肋骨折れてるのめっちゃ我慢しながら生きてるくらいには強いつもりだけど。」
千秋とお春は昨日ヤクザと揉めたせいで肋骨を折られていたのだ。
だが、頑張って耐え、こうしているわけである。
ちなみに、二人の肋骨を折ったその張本人は西大寺衆の中にいる。
忍道会を仕切る、姐さんと呼ばれる女だ。
「じゃあ
千秋は姐さんを中指で差した。
「あれは忍者の修行を積んどるようじゃが、まあ一般人じゃな。忍道会はヤクザでは一番弱そうじゃぞ。
しかし、他の二つのヤクザは何か隠し玉を持っておるようじゃ。」
「じゃあ一番強いのは?」
「儂じゃよ。」
「うわあ、絶望的ですね。」
「何を言うか。伊賀がおらず、宴の祭器とか言う奴らは強さを図れぬ。ドリームランドは忍者ではない。では武を誇る根来忍者が最強じゃろ。」
「じゃあそんなに強いんなら色々任せるよ。」
千秋は上手いこと面倒くさいことを根来忍者に押し付ける口実を得た。
「では儂らはその辺に隠れておる伏兵どもの相手をして来ようっ」
根来忍者達は駅のホームへ駆けて行った。
さて、厄介払いが出来たところで冬次叔父さんと会話が出来る。
この貴重なトイレ休憩の時間を使い、千秋とお春は冬次叔父さんと手紙のことについて話を聞くことにした。
「叔父さん、ちょっと良いかな。」
「おじいさんの事か。」
「おじいさんってまだ生きてるの?」
「お父さんから聞いたことあるかな。千秋とお春殿のおじいさんはな、行方不明という事になってる。名前は西大寺冬実。自称実業家だ。」
西大寺冬実。
女みたいな名前だが、西大寺千秋の祖父にあたる人物だ。
父曰く、「なんか昔、どっか行っちゃったんだよ。」という事で、父の父らしい、放浪癖のある人物のようだ。
職業についてはよく知らないが、どうも小さな会社を経営していたようだ。
父と叔父さんはそれなりに裕福な少年時代を過ごしていたようである。
「俺たち兄弟は親父にかなり苦労させられてね。叔父さんなんかは、頭が良いから一時期塾講師なんかさせられたけど、その時まだ高一だったんだよね。ハハハ」
「いや、笑えないねそれ。」
「まあ叔父さんは勉強が出来たからね。その頃俺は兄貴にかなり守ってもらったからな。俺にとっては兄貴に恩義があるんだ。兄貴を守る為なら何でもするよ俺は。」
「そうだったんだ。ただの浮浪者みたいな存在かと思ってた。」
冬次叔父さんは千秋とお春を交互に見た。
「だが、あんな手紙を見せられたところでだ。いくら親父でも、いなくなって二十年も経つのに、今更生きてるとは思えないな。」
「どうして菅原さんのおじいちゃんはまだ生きてるなんて言ったんだろうね?」
あんな手紙、というからには、あんな怪文書を送りつけるくらいには、祖父の性格はアレだったのだろう。
西大寺千秋は祖父のことを知らない。
千秋が生まれた時には既に近くにいなかったし、なんかお父さんのお父さんというだけで、大体の想像は着くからだ。
「
「土地っ…えっ?」
「いや、だから昔は結構裕福だったんだって。」
「土地って…今は誰名義なの?」
「名義上は千秋のお父さん。」
「名義とは一体。」
一般家庭の父親が実は胡乱な形で土地を持ってたという悲しい事実が発覚してしまった。
「だが、菅原さんのお爺さんが勘違いしたのも、そこにあるのかもな。
あんな建物、殺人事件にはうってつけだろ。」
「島原館のことですね。」
話しかけてきたのは菅原さんだ。
菅原さんもまたお爺さんのことを気にかけているようだった。
「菅原さん。
お春殿は心配した。
「安心してお春殿。私は怪我をして無いよ。」
「じゃあ大丈夫だね。」
スポーツ大好き菅原さんは体が資本なので、体が無事なら精神的にも大丈夫な強い一面があったのだ。
そんな菅原さんの肉体美を千秋はまだ理解しきてれなかった。
「そうそう、お春殿、千秋殿、叔父様。
「もしかしたらその辺で、菅原さんのお爺さんが俺の親父となんか関係あるのかもな。」
叔父さんは冷静に分析した。
しかし、本当に祖父が生きているとしたら一大事である。
「死んどるよ、多分。」
ここで突然口を挟んだのが、偵察から帰ってきた
「ちょっと横で聞かせて貰ったがの。表世界で長年株トレーダーをやっとる儂からしたら、結構懐かしい名前じゃわい。あの悪名高いタヌキじじいめ。表世界の妖怪とはまさに奴のことよ。」
「親父を知ってるんですか。」
「名前くらいは聞いたことあるわい。儂は裏では忍者、表では敏腕株トレーダーをやり、5000兆円の大借金を築き上げた9800円の価値の男じゃぞ。」
「いや。あなたの身の上話はどうでも良いんです。」
「お前の親父のう。行方不明になったと聞いとったが、そりゃあんな事したら表舞台には一生顔出せんじゃろ。子であるお主も良く知っとろうに。
忍者の儂が断言しよう。死んどるよ、奴は。」
「ええ…今更死んでくれていた方が家族にとっても波風立てず有り難いですが。」
冬次叔父さんの言を聞いた
「死んだ筈の死者からの手紙…そんなものあるわけ無かろう。問題は誰の仕業かじゃ。
…が、まあまあその辺の土地には儂も年の功。幾つか心当たりはあるが…」
ぶつぶつと呟くと、一群斎は千秋とお春を引っ掴んだ。
「借りてゆくぞ、この娘。」
「えっ何処へ。」
「当初の目的を忘れたか。室生寺に決まっておるじゃろう。」
さて、千秋達が話し合っている間、幾つか他のグループでもやりとりがあったようである。
話によると、なんでもこの先の道路に遊牧民達がテントを張っているそうだ。
「バスに乗ったヤクザ達三組がテントに突っ込む。そして、敵軍が二つに割れたところで、儂ら根来衆と宴の祭器達、千秋殿達三組が直線距離で突っ込み室生寺へ。」
「他はどうする。」
「駅でドリームランド衆と待っとれ。一般人は巻き込まれぬ。万一あっても、ドリームランド衆の機銃捌きに勝てる忍者なぞまずおらんわ。」
結局一番強いのは現代兵器なのであった。
さて、西大寺衆の策が決定したところで、菅原さん、冬次叔父さん、太乃長官、薬師博士、そしてドリームランド衆は駅でお留守番である。
ヤクザ達はバスに乗り込み、千秋とお春、ラテン系のサイボーグ化したおっさん、根来衆と宴の祭器達はバスの屋根にしがみついていた。
「神を信じるのです。そして長州征伐するのです。」
「全て救世主さまの御心のままに。」
ヤクザの乗り込んだバスは猛スピードで発進した。
「うおおおおお長州征伐ーッ!」
長州征伐に心を一つにした一団は曲がりくねった室生寺までの道筋を行く。
女人高野と呼ばれし山寺。この辺りまでくれば、
「馬鹿な、
「水不足ゥゥゥー」
万年水不足の盆地出身の
「ああっ!水だ!あんなに焦がれた水がこんなところに…!」
しかしこれこそが西大寺衆の策であった。騒ぎを聞きつけた遊牧民達が、騎馬に跨り突進してきたのである。
「見ろ、奴さんが来やがったぜえ。」
水浴びをしながらヤクザ達は嬉しそうに拳銃を抜く。
突進する遊牧民達は一様に座禅しながら空中浮遊するヤンキーに跨っていた。
「見ろぉぉーッ!遊牧民がヤンキーに跨っているぞーーー!」
「流石は遊牧民!人間以下の扱いに長けておるわ!」
そもそも東突厥高校とはヤンキーを調教する為に遊牧民に飼わせた事が始まりとされる。
このヤンキー達は一様に帯刀しており、皆が居合の達人である。
ヤンキーに居合とは妙な取り合わせだが、これは居合が座りながらにしての抜刀を極めることを想定したことを鑑みれば十分納得に値する。
短絡的なヤンキーは座禅しながら空中浮遊からの高速抜刀こそが最速だと思ったのだ。
かつて
週刊少年漫画で剣道ではなく居合とはマイナージャンルに思えるが、この居合漫画は明治時代を舞台にしたことで様々なアームストロング砲や小太刀二刀流、
そしてこの居合漫画の主人公の流派がフライングみつるぎ流という流派だ。短絡的なヤンキー達は漫画の知識だけで
「成る程な。前方への自然反応的な抜刀術と、東突厥遊牧民特有の後方に向けての弓(パルティアン・ショットのこと)。前後ろ両方への備えは完璧ということか。」
ヤクザと遊牧民が揉めてる間に千秋と根来衆、宴の祭器達は川を南下して室生寺へ向かった。
車で十分の距離といえば、忍者の脚力で言えば同じくらいである。
千秋とお春殿は空中浮遊するサイボーグ化したおっさんの小脇に抱えられることで無事に移動した。
さて室生寺である。女人高野と呼ばれたこの地は、高野山が女人禁制だったことに由来する。逆に女人を禁じてなかったこの寺は女人高野と呼ばれ、厚く信仰されたわけである。
そして女人高野に待ち受けていたのは、上記の歴史を鑑みれば当然なのか、はたまた意外とも言えるのか、くノ一だった。
室生寺へ通じる小橋の上に立っていたのはセーラー服を纏った一人の女である。
「はじめまして。私が
「弱そうじゃな。まるで強さを感じん。」
「それはそうでしょう。私は昨年から忍者の訓練を受けた一般人ですから。」
一般人。
盲点といえば盲点だ。
忍杯戦争では忍者が一般人を使役する。
故に、忍者の使役する者は一般人に限られる。
だが、忍杯戦争の参加者自体は、多少の忍術の心得があれば、一般人でも認められるのだ。
「ですが私には忍法がある。結局のところ、どれだけ強かろうと、要は術の使いどころで趨勢が決まるのでしょう?」
「中々忍法に自信が有るようじゃ。おお怖い。」
外道一群斎が巻物を構えると、どこからか死刑囚の妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)が現れた。
「うべべべべ」
「ここはお互いの一般人同士で決着をつけようか。」
一群斎が巻物を腰に装着すると、巻物はベルトとなり、一群斎の着ている服が死刑囚のような全身タイツになった。
忍杯戦争の巻物の力で契約一般人の力を取り込んだのである。
なおこの変身機能に特に意味はなく、カッコいいからだ。
今や全身タイツの外道一群斎と死刑囚の妖怪腐れ佐藤さんが並立していた。
「なるほど、では私も一般人を召喚しましょう。」
「ソーナンス!」
血樽子の召喚した奴はなんかしきりに同意の言葉を連呼する生命体だった。
「うべべべべ」
「ソーナンス!」
死刑囚と青色のやつは殴り合いを始めた。
つづく
☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆
西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・錦城高校
博多青龍
西川朱雀
森永玄武
尼崎白虎
・根来衆
他二名
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・ドリームランド公国
・裏正倉院
・死刑囚
竜田川龍之介
他二名
敵方
・東突厥高校
以下不明
忍杯戦争参加者一覧
お
以上十四名
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます