第十一話

 長州征伐とは、19世紀頃に於いて幕府軍と長州藩の間で起こった二度の武力交渉を指す。

 第二次長州征伐では大規模な衝突が起こり、15万の軍勢を率いた幕府軍は、武器の性能から長州藩に大敗した。これより幕末は加速し、来るべき明治時代への大きな足がかりとなってゆく。


 一般的に武器の性能差が両軍の差を分けたと言われるが、その背後に西洋商人の支援が存在したことは想像に難くない。


 特に幕末を代表する幕府軍の武器、ゲーベル銃と長州征伐ロボシュバリエ一号が、薩長のスペンサー銃と長州征伐ロボシュバリエ二号に敗北を喫したのは、その名前を見れば当然とも言える。


 ここで疑問に思われた読者もいよう。ゲーベル銃とは本来はフランスにて製造され、オランダ軍が正式採用した先込め式の銃のことである。


 その所見は全く正しいが、実際は刀や火縄銃に慣れきり、最新鋭の武器の扱いに不慣れだった武士たちを指導する為に、外国の商人からゲーベル銃の使い方を教えてもらう為のお雇い外国人をセットで購入していたのである。


 そう、その悪夢の抱き合わせ販売が、長州征伐ロボシュバリエ一号と日本の初めての出会いなのだ。

 元々、幕府軍はこの長州征伐ロボシュバリエ一号の武力を見抜き、幕府軍の将として用いるべく、旧式のゲーベル銃を抱き合わせ販売で大量に購入したのである。


 そもそも長州征伐ロボシュバリエ一号とは、ナポレオン率いるグランダルメ(大陸軍)とフランスきっての外交官、シュバリエ・デオンが共同開発した最強の錬金術ロボである。これは書簡にも記されている事実であり、シュバリエ・デオンとナポレオンが当時既に長州を征伐する大望を抱いていたことはありありと推察できる。


 シュバリエ・デオンは何としても長州を征伐したいという強い思いから、一般兵の脳内にチップを埋め込み、長州征伐ロボを介して戦局を自在に操るという一大構想を練り上げたと思われる。

 同じく長州征伐の思いに駆られたナポレオンは自軍の兵を引き連れ、当時長州に最も近かったロシアを攻めたのである。


 だが、当時の技術力では兵士の脳内に埋め込む洗脳チップの開発に難航し、ナポレオンはロシアに大敗。シュバリエも志半ばにして老いから死去するという悲劇に見舞われた。


 しかし、果たして長州を征伐したいという思いはそれだけで終わるだろうか。一部の読者はどうしても長州を征伐したいと思っていないだろうか。作者は無いが、その思いはおそらく海をも超え、さぞ五臓六腑に染み渡るものであったろうなあ。


 そしてシュバリエ・デオンが自らの肉体を改造して作ったのが、後に長州藩に買われることになる長州征伐ロボシュバリエ二号である。


 自ら長州征伐ロボと化したシュバリエ二号は長州征伐の本懐を遂げるべく、100年以上の時を待ち、自ら長州藩に買われたのである。


 彼はそこで坂本龍馬や西郷隆盛などとも出会い、彼らに西洋の知識や長州征伐の素晴らしさについて語ったに違いない。

 だが、シュバリエ二号によって長州が征伐されなかったのはひとえに勝海舟先生のお陰であろう。


 例えば第一次長州征伐時に、シュバリエ二号に洗脳され、長州征伐したいという思いに駆られた西郷隆盛を一夜にして説得したのは誰であったか。勿論、勝海舟先生である。

 この勝海舟先生の圧倒的懐の深さ、そして温かみのある人間性が、シュバリエ二号の洗脳すらも打ち破ったのだ。


 のみならず、勝海舟先生のありがたいお話は、長州征伐の為に一人勝手に復讐鬼と化したシュバリエ二号の魂すら救ったのである。


 かたや魂が救われず、戦いにも敗れ、長州征伐の思いを残した長州征伐ロボシュバリエ一号は、長い時を経て西大寺千秋の従姉妹、西大寺真冬に拾われるまで、各地を転々としていたのだ。


 なお、明治中頃にとある研究機関が記した長州征伐ロボシュバリエ一号の研究本に寄ると、18世紀当時のフランスの技術水準ではロボットの実現は土台不可能だったとされる。同書にて、実際に長州征伐ロボを解剖してみたところ、中からサイボーグ化した不老不死のオッサンが出てきたという驚嘆すべき事実が記載されているが、その後研究員の全員が発狂サイボーグ化した為、真偽は定かではない。


 現在の長州征伐ロボの中身がなんなのかは杳として知れない。

 では、何故、薬師博士はこんな胡乱な物体に西大寺千秋と宝蔵院お春の意識を統合するという危険な実験の媒体としたのか。

 それは深い理由がある。


 早晩、自宅のベッドで睡眠を取っていた薬師博士の元に一人のサイボーグ化した不老不死のオッサンが現れた。

 それはどう見てもサイボーグ化した不老不死のオッサンで、この男を見た瞬間、薬師博士は自分の命は無いものと悟った。

 だが、サイボーグ化した不老不死のオッサンは必死に自分を欲しいと頼み込んだのだ。


 このサイボーグ化した不老不死のオッサンの言うことを、薬師博士は信じることにした。そして彼はこのサイボーグ化した不老不死のオッサンを人体実験に用いることで、彼の信頼に応えようとしたのだ。


 西大寺千秋と宝蔵院お春の意識の融合には、このような男達の熱い友情が隠されていたのである。


 さて、上空に引き上げられるかのような浮遊感に支配された西大寺千秋だが、彼女の意識には本人の体験したことの無い様々な記憶、感情がフラッシュバックした。

 それらは宝蔵院お春の記憶である。のみならず、彼女は上空から地上の光景を俯瞰していた。


 精神は戦闘用に調整され、頭の中には一つの命令が響いた。


「長州征伐せよ…長州征伐せよ…!」


 今や西大寺千秋と宝蔵院お春は長州征伐に最も適した姿と精神構造になっていた。

 頭の中には薬師博士がハッキングした仮眠会場の光景が随時送られてくる。


「私は最早西大寺千秋では無い…宝蔵院お春ですら無い。私はモンスター千秋!!」


 予想以上の戦闘形態に、室内の者達は唖然としてこの光景を見守っていた。


「菅原さん。私は今から長州征伐してくるわ。」

「えっ、ちゃんと寝なよ。」


 菅原さんに睡眠を勧められ、長州征伐の夢を抱えたモンスター千秋は疲れているので寝ることにした。

 千秋とお春が後悔と頭痛と激しい吐き気に襲われるのは、起きてからのことである。


「えっ今から敵がやってくるけどどうしよう。」

「諦めたら。」


 作戦失敗を悟った一同は危険なので隠し扉を通って離れることにした。

 部屋に残されたのは爆睡する千秋とお春。そして長州征伐ロボシュバリエ一号に羽交い締めにされた菅原さんのおじいちゃんだった。


「馬鹿な、放してくれ。」

「お春殿ト千秋殿を見捨テルノカ。」


 そうこうしているうちに千秋達の部屋に何者かが入ってきた。


「グフフ。」

「よしよし、部屋には誰もいないか。」

 

 中に入ってきたのは根来忍者、外道げどう一群斎いちぐんさいと死刑囚の一人だ。

 死刑囚は囚人服を着ており、明らかに脱獄囚だった。


「我ら根来忍者に楯突く者は何人たりとも生かしてはおかん。まずは西大寺千秋とかいう目障りな女から死んでもらう。」

「グフフ。」


 死刑囚には明らかに理性がなかった。彼の名は竜田川龍之介。15歳の彼は武器がメスで、日本各地の中学生を盆栽に仕立て上げ、首や腕を剪定した凶悪殺人鬼である。


 公安警察から妖怪腐れ佐藤という通り名で呼ばれた彼は、本名が竜田川龍之介だが、顔がどう見ても佐藤さん顔だったので、ドラゴンタイプにはどうしても見えなかったので、佐藤さんと呼ばれた。だが本人はこれに義憤を感じ自首、死刑囚となった。


 この妖怪腐れ竜田川龍之介さんは武器がメスであることを外道げどう一群斎いちぐんさいに見込まれ、忍杯戦争のルールを用いて無理矢理服従させられ、契約一般人として使役されているのである。

 また、外道げどう一群斎いちぐんさいは竜田川龍之介以外にも二人の死刑囚を従えている。


 そんな外道げどう一群斎いちぐんさいだが、彼には妖怪腐れ竜田川龍之介さんを使わずとも、西大寺千秋のような小娘一人簡単に殺せるという自負があった。

 あるいはそれは忍者故の驕りかもしれない。


「儂の他に幾つかこの部屋に近づく気配があるな…まあいい。驚天動地の根来忍法、刮目して見やれ!」


 彼は既にこの部屋に他の暗殺者が入り込んでいることを自覚していたのだ。

 その場の視線が外道げどう一群斎いちぐんさいに集まった。


 外道げどう一群斎いちぐんさいは、右手で印を結びながら、左手は自らの背後に回した。

 果たして彼の背には、いつの間にか、若しくは誰も気にも留めなかったのか、土嚢が背負われていた。


 なんと、一群斎いちぐんさいは土嚢の土を一掴みすると、床面にばら撒き始めたではないか。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」


 そして、一群斎いちぐんさいの口から唱えられたのは般若心経の一文である。彼はこれが般若心経だと言って憚らない。

 自称般若心経を唱えながら、外道げどう一群斎いちぐんさいは異様な雰囲気で背負った土を床面にばら撒き、ばら撒きながら室内をグルグル回る。


 すると、どうであろうか。

 千秋の室内に土がばら撒かれたのである。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。ふふ、良い土じゃ。」


 これこそが、根来忍者の代表たる外道げどう一群斎いちぐんさいの驚天動地の忍法『土耕し』である。

 忍者としての厳しい修行と血統の果てに身につけた、人理を超えた忍法である!


 彼は土をばら撒くことで、あたり一面を土まみれに出来るのだ!

 なんという忍法であろうか!さっきまで綺麗だった床が汚い土まみれになった!


「これはなんということだ。」


 一群斎いちぐんさいの『土耕し』によって、天井裏からおびき出されたのは二つの影だった。


「出たな、暗殺者が。」

「おのれ、この有門アルカディア組のヤクザ壺阪鬼勝を陥れるとは。」

「同じく名乗っておこう。俺は胡姫禁中宴の祭器が一つ。大審院だいしんいん火器。」


 外道げどう一群斎いちぐんさいと妖怪腐れ竜田川龍之介さんは二人の刺客に挟み撃ちにされた。


 一人は神兵衛こうべ南郎なろう組傘下有門アルカディア組の刺客、壺阪鬼勝。全身に刺青を施した、如何にもヤクザ然とした男だ。


 もう一人は胡姫禁中宴の祭器が一つと名乗る、黒衣の男だ。彼の顔面には『大審院だいしんいん』と書かれた雑面が垂らされていた。


「何をしに参った。」

「我ら二人はそこの天井で出会ってなあ。それぞれ訳あって、そこの西大寺千秋殿を守りに推参した次第。」

「如何にも。お主の根来忍法見せてもらったが、我がローマの火に勝てる物では無いな。」


 黒衣の大審院だいしんいんの右手が仄かに明るくなり、硝煙が上がった。


「おっと待ちな兄さん。ここはこのヤクザに任せてもらおう。忍法だけが驚天動地の身業では無いと、この極道が教えてしんぜよう。」

「小癪な若造め。諸共にローマの火で焼き殺してやろうか。」


 対する外道げどう一群斎いちぐんさいは懐から巻物を取り出した。


「待て待て。お主は忍杯戦争の参加者であろうか?ならばここは一般人同士を相争わせて決着をつけようでは無いか。」


 だがその時だ。

 成り行きを見守っていた長州征伐ロボシュバリエ一号が菅原さんのおじいちゃんを磔刑にしながら間に入ったのだ。


「待チナサイ。争イハ、何モ産マナイヨ。」

「なんだ貴様は。相当の使い手とお見受けするが。」


 その場にいた全員は長州征伐ロボシュバリエ一号の武力を見抜いたのである。


 その時、長州征伐ロボシュバリエ一号が真っ二つに裂けて、中からサイボーグ化した不老不死のラテン系のオッサンが出てきた。


「神を信じるのです。」

「うわわっ、うわあああーーーーッ!」


 あたり一面が光とかに包まれた。


 さて、眩しい光を浴びたことで奇跡が起きた。千秋とお春殿の脳内にばら撒かれた致死量の物質が浄化され、ナノマシンの機能が沈静化したのだ。

 千秋は目が醒めるや否や、激しい頭痛と死ぬ程の嘔吐に見舞われ、悶えながらベッドから転がり落ちた。


 全身の痒みと喉の渇きに苛まれながら、緩やかに記憶を辿ろうとするが、すぐ隣の宝蔵院お春が同じように苦しむのを見て、なんとなく事態を察した。


 往々にして自己評価よりも客観的な評価が自己を見つめる機会たり得るのである。


 嗚呼、これは俗に言う二日酔いなのだな。と、千秋は感得した。節々とか痛いし。


 だが、如何なることであろうか。

 同じように苦しみ悶えるお春殿は良い。

 だが、それ以外に、本来この場にいない筈の忍者やヤクザ達が床にひれ伏しているのだ。


 そして、土下座する彼らの前には磔刑に処された菅原さんのおじいちゃんと、長州征伐ロボシュバリエ一号が跪いていた。


「千秋殿。我々は目覚め、導かれました。これより千秋殿、お春殿と共に救世の長州征伐へ参りまする。」

「えっ…?ああ、はあ。どうも。」


 まさに奇跡としか言いようが無い。なんらかの偉大な聖人が現れ、彼らを導いたとした思えない。

 ここに集まった悪人達は皆改心し、長州征伐の志を同じくした西大寺千秋、宝蔵院お春と共に、一大勢力を結集するに至ったのだ。


「我らはこれより『西大寺衆』と名乗り、長州征伐の心を理解出来ぬ東突厥高校を襲撃しまする。」

「えっああ、まあ、味方が増えるのは良いことですけどね。」


 イマイチイエス様のお導きがあったとしか思えないが、まさかこんな場所にイエス様がご降臨なされる訳が無いし、よく分からないが結果オーライだろう。


 だが、磔刑に処されて冷たくなっている菅原さんのおじいちゃんを見て青ざめた。


「嗚呼!?菅原さんのおじいちゃん!?」

「安心せい。影武者じゃよ。」


 隠し扉が開いて本物の菅原さんのおじいちゃん達が現れた。


「本物の菅原琴平はこの通り、無事じゃ。」

「じゃあ大丈夫だね。」


 千秋は影武者については深く考えないことにした。

 この様子を見た菅原さんのおじいちゃんは呵々大笑した。


「クァックァッ!流石の胆力、ビクともせぬわ。西大寺衆か!流石に祖父似じゃのう!」

「えっ」


「えっ」


 菅原さんのおじいちゃんが以降その話題に触れることは無く、西大寺衆は自宅から遅れて合流した冬次叔父さんと共に、一先ず柳死やぎゅうの里へ向かうことになった。


柳死やぎゅうの里にはドリームランド公国の隠れ里がございます。まずはそこで策を練りましょう。」

「クァックァッ。バスをチャーターした故、柳死やぎゅうの里へは一人足よ。」


 だが、千秋はどうしてもきになることがあった。

 菅原さんのおじいちゃんが千秋の祖父の名を口にした事だ。


「菅原さんのおじいちゃん。さっきの事なんですけど。」

「儂は西大寺氏との交流は浅いがのう。あの狸祖父は今頃どこで何をしとるのか。二度と仕事などやらぬと伝えてやってくれ。」


 菅原さんのおじいちゃんは懐から一枚の封筒を取り出した。


「今朝、これが届いておったわ。どうせ奴が何か企んでおるのじゃろう。会う事があれば突き返してやってくれ。」

「父が?」


 怪訝な顔をしたのは、冬次叔父さんだ。

 冬次叔父さんはかつて無いほどに不審げな眼で手紙を見つめていた。

つづく




☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆


西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・錦城高校

博多青龍

西川朱雀

森永玄武

尼崎白虎


・根来衆

外道げどう一群斎 いちぐんさい

他二名

・伊賀組

・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい

・南郎組傘下忍道会

・南郎組傘下鶴詠会

・神兵衛南郎組傘下有門組

・ドリームランド公国

・裏正倉院

・死刑囚

竜田川龍之介

他二名


敵方

・東突厥高校

芒手のぎす血樽子ちだるこ

以下不明

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