第十話
ルール無用の戦いにおいて、一番肝心なのは話し合ってルールを決める事である。
そうすれば、ルールを守る人間と守らない二種類の人間に分けられる。
定められた約束を誰か一人が守らなければ、排除の大義名分にすれば良い。
敵の敵は味方。危険因子の脅威の前に、ルールを守る者同士は結託するだろう。
ルール無用の戦い"そのもの"を求める愚者など極少数。
故にこそ、一線を引けば、多極的な戦いを有利に二極化する事が可能なのだ。
後は多数で少数を攻め落とすばかりである。
今まさに、一般人である筈の菅原グループが警察権力を買収し、裏社会の混迷たる泥沼の忍杯戦争の監督役の座をせしめたのは、各々の勢力に対して同じ作用を及ぼした。
菅原家。天下に名だたるこの豪商は、大正時代に成立した地方財閥より端を発する。
現当主の菅原吾郎はホテル経営に手腕を発揮することで有名である。また前当主、菅原琴平は御隠居様と呼ばれ、現在も地方の経済に少なからぬ影響力を持つ。
そんな菅原グループの御令嬢、菅原琴美の自宅敷地内に集まったのは忍杯戦争の関係者達だった。
成る程。と、西大寺千秋は思案顔で特に何も考えていない。隣の宝蔵院お春もまた似たようなものだ。
駐車場に急ピッチで建設された巨大プレハブ小屋の前には、複数の集団が集まっていた。
菅原グループの御令嬢に呼び出された者達。分かりやすく言えば、彼らは一様に安心していた。
考えてみれば当たり前の話である。
つい昨日、忍杯戦争の舞台がいきなりイルカショーだと告げられ、参加者たちは困惑しきった筈だ。
何せ、イルカショーなど戦いにならぬ。
各々が仕方なく「これは最もイルカの真似が上手い者の勝利であろう」と皆が曖昧に判断した次第である。
功を焦り真っ先にイルカショーを襲撃した一部の連中は現在進行形で地獄を見ているだろう。
なにせ一般人を襲ったことで忍者の掟を破ったわけだし、次から次へと警察や軍隊と戦わねばならなくなったからだ。
万が一、不可能な籠城戦を持ちこたえたとして、彼らにイルカショーのノウハウは無かった。
お客さんが全く来ないのである。
「最もイルカの真似が上手い者の勝利」。
当然だが、恐らくイルカの真似をするということは、イルカショーを維持していかねばならないということだろう。
この曖昧な共通認識は、全て西大寺千秋のせいだが、意外にもこれが功を奏した。
そんな訳で、イルカショーにて籠城戦を強いられてた迂闊な連中は、菅原さんの求めに応じることが出来なかった。
反対に、菅原さんの求めに応じて集まった者達は、ある程度その性格を判断することができる。
菅原家敷地内に急ピッチで建設された仮眠会場特別ブース。ここに集まったのは全員が全員、第一日目にイルカショーを攻めあぐね、各々山中で野盗を働いたり、虎視眈々と機運を図り、とりあえずブラブラしていたような浪人ばかりだ。
仮眠大会という、胡乱に輪をかけて胡乱な募集に応じた連中は、むしろ喜んで集まったのである。
何故ならば、彼らもまた西大寺千秋と同じように、もう疲れてるし寝たいからだ。
千秋がそんなことを考えていると、集団達の中でざわめきが起こった。
特別ブースの段に立ち、開会の挨拶をしたのは菅原グループ前当主、御隠居様の菅原琴平である。
「クァックァックァ。君たち、我が孫の為に良く集まってくれた…。ワシは菅原琴平。今日はワシの70歳のお誕生日パーチーに集まってくれてありがとう。」
「さあ、おじいちゃん。誕生日の筋トレしようね。」
そう、菅原さん家のおじいちゃんは今日が70歳の誕生日だったのだ。
この場に集まった忍者達は菅原さんの誕生日プレゼントの贄と捧げられたのである。
「クァックァッ…ではまずは組織名を名乗って貰おうか…」
千秋はこの時初めて気づいたが、集まった複数集団は、それぞれ三人ずつで構成されているようだ。
後に知った事だが、これは忍杯戦争の協力者は二人までというルールが存在した為である。
とはいえ、各集団のジャンルも、いくつかの異なるタイプに分類できるようにも見立てられる。
忍者と思しき集団は三つ。
その中には根来衆と、忍杯が暗殺された際に乱入した謎の黒服達も含まれる。
また、ヤクザと思しき集団も三つ。
忍道会の者達もこの中にいた。
さらに、人ならざる超然とした雰囲気の集団が二つ。
一つはこの事態の仕掛人たるドリームランド公国の衛兵達だ。
そして、一般人の集団が二つ。
千秋とお春殿一行と、囚人服を纏った怪しい一行だ。
合計十の集団がいるが、昨日一日で千秋が見聞きし、出会った組織は全て含まれるものと思われる。
菅原さんのおじいちゃんの呼びかけに応じて、彼らは属する組織名を名乗り始めた。
「儂らは根来衆の忍達でござる。」
「俺たちは伊賀組の忍達にござる。」
「我々は謎の黒服集団、胡姫禁中宴の祭器の忍達でござる。」
まずは忍者が三組。
「ウチらは
「同じく
「儂らはこいつらと違ごてなあ。忍杯はんを消させてもろた
仲の悪そうなヤクザが三組。
「私達はドリームランド公国の近衛兵団でございます。」
「…裏正倉院。」
超然とした雰囲気の集団が二組。
「西大寺千秋と宝蔵院お春、そして長州征伐ロボシュバリエ一号。一般人です。」
「俺たちは根来衆様に脱獄させて貰った死刑囚だぜえ。一般人だぜえ。」
最後にヤバイのが来てしまった。
「うむ。中々威勢の良い連中だ。ではこの中に忍杯戦争の参加者は何人いる?」
「根来衆、
「…宴の祭器、
名乗ったのはなんと二人だけだ。
要するにこれだけ集まって忍杯戦争の関係者は二組だけなのである。
「おや、伊賀組はいないのかね。」
「故あっておりませぬ。」
中々に煩雑な数の連中だが、相応に厄介な案件を抱えているようである。
だが、この伊賀組の忍者達は驚くべき事を口にした。
「ですが我々はそこにおられる西大寺千秋殿の味方でございます。」
「えっ」
なんか一方的に味方宣言された千秋だが、これに乗じて名乗り出たのはドリームランド公国だ。
「我々ドリームランド公国も西大寺千秋殿を支持します。」
「クァックァッ千秋殿も中々に大変だねえ。」
「クァックァッだが我々菅原グループは忍杯戦争とやらの監督役となった以上、我々に従う者には全て旅の寝食を提供しよう。これは君たちが喉から手が出るほど欲しいはずだ。ねえおじいちゃん?」
「ねえ孫よ。儂の笑い方の真似するの止めて。」
菅原さんがおじいちゃんの口調を真似るのはおじいちゃん的には自分の台詞を奪われるよりアウトなようだ。
「では皆早速仮眠を取ろうか…だが何も避難所の体育館のような場所で寝てもらうわけではない。各三組毎に一部屋与えよう。安心してくれ給え。」
この時、千秋は自分に複数の殺意が交錯する感覚を高校生にして味わった。
これは誰か一人に殺意を向けられるよりよっぽど恐ろしいもので、マジで恐ろしい体験であり、小学二年生の時、自分の部屋で宿題していたら、いきなり知らないおっさんが乱入してバルサンを焚き、部屋の扉につっかえ棒を仕掛けて出て行かれた時くらい怖かった。
それくらい怖かったので流石にあの時みたいに通報しようと思ったのだが、警察権力はあろうことか菅原グループに買収されていたのだった。
殺意はそれぞれ根来衆、忍道会、死刑囚から発されていた。
「調べさせてもらっているぞ。だいたいお前のせいでこんなことになってるようだなあ。」
「ウチは貴様ら小娘のこと許したつもりはないからなあ。」
「誰でも良いから殺したい。」
とはいえ、そんな血気盛んな愚者達もすぐに軽口を叩けなくなった。
部屋の鍵として手渡されたのは、重さ50キロのダンベルだったのだ。
「そのダンベルは一つで重さ50キロある。君たちは各自部屋に入っていない時は常にダンベルを上げ下げする必要がある。」
「えっと」
「自室にダンベルが無い時は常に上げ下げしていないとねぇ。この会場は急ピッチで建築したから、そうしないと自爆装置が作動して全員死んでしまうんだよ。」
「一体なぜそんな真似を。」
問いただす暇はなかった。ここは会場の外で、部屋にいないからである。その場の全ての組がダンベルを上げ下げし始めた。
「うわあああああ」
「うわあああああああ」
これは自爆装置を仕掛けたこと以外はおじいちゃん特有の小粋なジョークだったのだが、皆眠くて判断力が鈍っていたので、つい信じてしまった。
菅原さんは、筋トレするのがむしろ普通なので、何もおかしいと思わなかったのである。
こうしてその場の全員が半狂乱状態に陥ったまま、死の仮眠大会が始まったのだ。
千秋は敵に暗殺されないか気が気ではなかった。
さて、自室に入ったのは千秋とお春殿、長州征伐ロボシュバリエ一号の三人である。
太乃長官と薬師博士は政府という公平な立場上、表立って彼女達を助けることはできない。
急ピッチの為電気水道の整っていない巨大プレハブ小屋は、やはり千秋達三人が入った部屋も薄暗く、明かりは照明スタンド一つのみだ。
だが、その部屋には既に薬師博士と太乃長官が待ち構えていたのである。
「やあ。ここまでは作戦通りだね。」
「えっええ。」
うたた寝で返事してこうなったので、どこからどこまでが作戦なのかいまいち実感が無い。
とはいえ、これから起こることは想像がつく。
仮眠大会とは恐らく名ばかり。今から千秋の自室には、忍者達が暗殺にやって来るのだろう。
「さあこれを。」
薬師博士は千秋殿とお春殿に何かを差し出した。
その両手には二対の注射銃が握られている。
「えっ何」
「戦いの準備さ。」
注射銃には体に良くなさそうな液体が満たされていた。
「えっ嫌」
「大丈夫!これはスイッチを入れるだけだから。」
千秋とお春が本気で嫌がっていると、壁が回転してドリームランド公国の人達と菅原さんとおじいちゃんが現れた。
「ここまでは作戦通りだね、お春殿。」
「えっええ。」
お春殿も千秋殿と同じ受け答えをした。
千秋はこういうお春殿の対応をもう少し矯正すれば良いのではと思った。
大体、お春殿と千秋の区別が付きにくいからといって、どちらか一方だけが応対に追われる必要は無いと思う。
日常、別個に生活している二人だが、昨日からずっと一緒にいるので、何やら千秋だけが他人と応対してる気がしないでも無い。
お春殿もお春殿で、責任とかを全て千秋に押し付けてるきらいがあるし、学校の関係者とばかり話をしていないか。
「さて。千秋殿。ルール無用の戦いにルールを持ち込むことに成功しました。さあ、勝負はここからですよ。」
「あっああはい。」
今また千秋の方に話を振ったのはドリームランド公国の衛兵だ。
「今日集いし十の集団。あなたはこの場にて全員を説得し、一つの集団として、誘いに応じなかった東突厥高校の勢力に挑むのです。」
「えっ無理」
全然知らなかったが、そういう話になっていたのだ。
千秋はこの仮眠大会で、十の集団を一つに纏めなければいけないのである。
「流石に無理でしょ。何人か間引かないと。」
野蛮な提案をしたのは事ここに至って殺人の覚悟を決めた宝蔵院お春だが、これは千秋も同じ気持ちだ。
「恐れながら、戦において肝要なのは戦わずして勝つことにござる。なればこそ、西大寺千秋殿は戦ってはならぬ。」
ドリームランド公国の衛兵は突然武士口調になって言った。
「でも現実的にあの連中と仲良くするとか無理じゃ無い?」
「そこで一計を案じるのでござります。」
前に出たのは菅原さんだ。
「お春殿。千秋殿。私に考えがあるわ。あの人達は寝不足の不健康な人達。そこでお春殿の筋肉美を見せつけるのよ。」
「多分それで満足するのは菅原さんだけじゃ無いかな。」
だが、実際はもっと簡単な話だった。
彼らは寝食を求めてこの場に集まったのであり、他者と協力して他の敵を打ち倒す事にはむしろ賛成意見の者が多かったのである。
その考えに至らなかったのは、菅原さんが何とかしてお春殿と千秋殿が一年間鍛え上げた肉体美を見比べながら添い寝したいという、うら若き欲求故から口に出さなかった為である。
結局、千秋殿とお春殿は薬師博士に与えられた戦闘スーツを起動させる事にした。
「その戦闘スーツは去年のお春殿サイボーグを基準にして作られてある。だから、使えるのもお春殿と千秋殿しかいないんだ。」
さて、二人は薬師博士の説明を聞きながら、戦闘スーツを起動させる為の注射銃を頸動脈に打ち込んだ。
すると、なんか気持ち良くなった。
眠気は消し飛び、肉体は宙に浮いているかのようだ。
圧倒的な忘我に包まれ、千秋は己自身を第三者視点で自覚した。
学校の制服の形態を取っていた戦闘スーツは液化し、千秋の全身を覆い、顔を覆い、眼を覆ってゆく。
また、どこから出てきたのか、鉄骨が全身を補強し、腕には鉤爪が現れ、頭部にはツノ、背中からは尾が生えた。
依然、意識は自己を喪失した妙な一体感のままである。
「良し。実験は最高だな。」
薬師博士は一人納得した。
そもそも、この最新の戦闘スーツの主目的は戦闘そのものにあるわけでは無い。
戦闘スーツには従来の機械技術や生体サイボーグだけではなく、ナノテク工学や宇宙生物学、人類意思統一思想による研究技術、無機生命体の技術が転用されている。
薬師博士は内閣特殊諜報局電子組の出身だが、去年、とある国会議員のクーデターが成功し、忍者組織は解体された。
内閣特殊諜報局は再編され、薬師博士はその価値を認められ、局長の地位に収まった。
サイボーグ技術は流出し、軍部に研究が接収されたが、むしろこれにより、薬師博士の研究は機械技術による忍者の再現から、別の次元へ進んだ。
クーデター成功によって、新たに台頭した組織と技術交流する機会を得たのだ。
代表的なのが、今日この場に集まった組織の一つ、裏正倉院である。
彼らは去年のクーデターに密かに協力したが、元来裏正倉院とは歴史的には官の組織だ。
官の組織であるものの、あまりに歴史が古い為、何の為の組織なのか知ってる人はいない。
構成員も人間では無いだろう。
その為、黒奉行所にはその組織自体がUMAとして登録され、危険度は最高ランクだ。
薬師博士はその辺の未確認生命体達の技術と、彼らが保有していたある物体を拝借した。
宇宙から飛来した無機微生物だ。
これは数千年前に隕石とともに落下した謎の金属生命体で、寄生した人間の精神に作用する為、妖刀村正とかにその技術が使われている。
これを有用する為、薬師博士は軍の研究や妖刀村正の技術もパクる事に決めた。
具体的には、人類の意思をデータベース化して、個々人が容易にダウンロード出来るようにしようという、危険思想とかである。
千秋殿とお春殿に押し付けた戦闘スーツは、要するにそれら神秘を科学により再現するための装置だ。
まず依存性のある薬品で二人の脳機能を極限まで高めつつ、ナノマシンや件の金属生命体を満遍なく撒き散らす。
同じく半分が金属生命体で出来た戦闘スーツは二人の意思に共鳴、二人の意識をデータベース化し、サーバーである長州征伐ロボシュバリエ一号を介して、千秋殿とお春殿の意識を相互に行き来させ、神の視点を与える。
要するに、西大寺千秋と宝蔵院お春を再び一人の人間に戻す実験なのである。
その為に、幕末に作られたオーバーテクノロジーの結晶たる長州征伐ロボシュバリエ一号が偶々千秋の親類の近くにある事が判明したのは、まさに運命としか言えなかった。
つづく
☆【伊勢編】忍杯戦争関係者一覧☆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・錦城高校
博多青龍
西川朱雀
森永玄武
尼崎白虎
菅原グループ傘下
・根来衆
???
???
以下不明
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・
・
・
・ドリームランド公国
・裏正倉院
・死刑囚
・東突厥高校
以下不明
忍杯戦争参加者一覧
お
以上十四名
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