第七話

 自分のせいで人が死んだという、重すぎる事実は西大寺千秋と宝蔵院お春の心臓を押し潰した。

 それも無関係の人達だ。警察官や消防官、中には偶々イルカショーを見に来ていた家族も居ただろう。


「今回のテロは私の不用意な発言のせいなんです!」


 西大寺千秋は咽び泣きながら床に頭を擦り付け、宝蔵院お春に至っては土下座しながらガンガンと頭を打ち付けている。額からは血が流れ出しているではないか。


「殺せよ…今すぐ私達を殺せよぁぉぉ!何が忍者に巻き込まれなくない、だ!一般の人に迷惑を掛けやがってええええ!!」

「えっちょっどういう事ですか、説明して下さい。」


 太乃長官がお春を止めようとする。

 薬師博士もまた慌てふためくが、宝蔵院お春はやおら立ち上がると、この薬師博士に縋り付いた。


「博士!博士ぇっ〜!今すぐ私と千秋殿をサイボーグに改造してくれぇぇ!」

「えっなに言ってるんですか。」


「サイボーグに改造してくれよぉ〜!彼奴ら全員殺すからさぁ〜!それから私達も自殺するからさぁ〜!」

「いや、無理ですよそんなの。落ち着いて下さい。」


 所詮、十代の乙女達の狭量な価値観では、自分達の不用意な選択で善意の第三者が死んだという罪悪感に耐え切れないのだ。


 これは幾ら肉体的に自信を持っても、尚自らの無力に打ちひしがれたいという、若者特有の我儘な逃避行動とも言えた。


 因みに、事切れる前の忍杯に「イルカショーにすれば」と提案をしたのは西大寺千秋であり、宝蔵院お春ではない。

 だが、代替案を提示をせず、実は千秋と同時に「イルカショー」の発想に辿り着いていたお春からすれば、やはり自分は同罪なのだ。


 そして、一方で、わざわざ此れまで武を練り上げてきたにも関わらず、自己陶酔的な悲劇の主役に祭り上げかねない行動をせざるを得ない薄気味悪さに、二人は嘔吐感を抱いていた。


「いい加減にしろよ。」


 突然、暴走する二人を止めた者がいた。

 それは、二人の惨めな姿に見かねて、怒った冬次叔父さんではなく、いち早く二人に平手打ちをした不審者だった。


「えっと…」

「いい加減にしろよ。お前ら、なんかアレだ。ほら、早くいい加減にしろ。」


 この十津川という不審者、生来真面目な雰囲気が駄目な人間だった。

 この手の破綻者はどこにでもいるものだが、千秋とお春が何よりムカついたのは、先程自分達が抱いた感情が、もしやこの十津川と同じものではないか、という直感だった。


 そして、この十津川という不審者は真面目な雰囲気に耐え切れず、とりあえず二人を平手打ちしたのだ。

 冬次叔父さんは行き場を失ったので黙った。


「ほらっ!アレだ!お前ら叔父さんの気持ちとか考えた事あるのか!軽々しく死ぬとか抜かしやがって!」

「えっ…ああ、はい。ごめんなさい。」


「良しっちゃんと謝れる良い子だな!ねえ、長官!」


 太乃長官に戦慄走る。

 この男、俺に降りやがった。と。


 流石は全日本不審者協議会の麒麟児と呼ばれた男。このナンバー005の太乃に話題を振るとは。

 これは、ものすごいエロい話とかに持っていくべきなのでは。太乃の理性が決壊しかけた。


 だが、躊躇した。

 千秋もお春も、まだ普通に泣いてるのだ。


 当たり前だ。不審者に平手打ちをされたら、誰でも泣く。


 不審者にキラーパスされた自分も泣きたい。

仕方がないので真面目な話をするしかない。

事ここに至り、場の全員に真面目な話をしたくないという、強い連帯感が生まれていた。


「いや、まず泣く前に詳しい事教えてください。」

「あっはい。」


 物事には順序があるのだ。

 当人にいかなる理由があろうと、太乃長官にしてみれば、いきなり場の雰囲気に感化された年下の女子二人が泣き出したに等しい。

 確かにその態度は改めるべきだ。


 千秋とお春は太乃長官にこれまでの経緯を説明した。


 おじさんに再開した事から全て始まったこと。

 極悪非道の忍道会との大立ち回り。

 地獄の忍杯戦争への参加を持ちかけられたこと。

 ヤクザの抗争に巻き込まれ、当事者の忍杯が命を落としたこと。


 そして、西大寺千秋の不用意な発言によって、西日本全体のイルカショーが忍者の巣窟と化したことだ。


 全てを知った太乃長官は記者会見の政治家みたいな顔になった。


「ふむ、そういう事だったんですね。貴方達。」

「はい。」


 さて、西大寺千秋と宝蔵院お春の両名に緊張感が走っていた。

 これは何らかの責任を取らされる感じのアレなのだろうか。


「お手柄です。」

「えっ」


「その状況では、何らかの決断を下さねば、被害は西日本全ての土地に及んでいたでしょう。」

「えっいや、でも死者が」


「一般人に下しうる判断としては最善ではないが最悪でもない。よくやりましたね。」

「責任とかは。」


「こんなものは元々政府の裏稼業。あなた達二人が思っているように、一般人が関わるべきではない。故に、罰も下しようがない。責任は無いと断じます。」

「えっあっはあ。」


 自らの過失に対して、怒られもせず、むしろ褒められるという経験が、二人には無かった。

 故に、どうしていいか分からず、よくわからない返答をしてしまった。


「むしろ戦闘区域が限定されたことで話がシンプルになった。これより全ての戦いはイルカショーで起こる。そして私のことは猥褻マンと呼んでください。」

「わっ猥褻マンの兄貴!」


 太乃悧巧(35)、通称猥褻マン。

 彼は女子高生に自分のことを猥褻マンと呼んで欲しい願望のみで政府の役人になった、世紀の傑物であった。


 夢は総理大臣になって、19歳以下の女性全員に自分のことを猥褻マンと呼ばせる政令を出すことだ。


「お話中ちょっといいかね、サイボーグになると言っても君達、今回の旅はそんなに楽なものじゃ無いよ。」


 口を挟んで、お春と千秋を注意するのは、薬師博士だ。

 彼はスーツケース二つと、指の間に注射器を数本挟んでいた。


「お春殿、君はさっきサイボーグにしてくれと言ったけど、今回の旅は各地を巡る事になる。部品が破損すれば、修理の算段がつかないんだよ。」

「あっなるほど、そうなんですね、」


 薬師博士はお春と千秋を優しく椅子に座らせ、スーツケースから機材を出しながら説明する。

 なんだか、言ってることとやってることが、矛盾してきた気がする。


 当然の話だ。

 サイボーグになって力を得ても、敵は暗黒の武芸者達だ。

 連戦に次ぐ連戦。いつボディが損傷するとも限らない。


 その時、田舎のど真ん中にいれば、破損した肉体を修復出来ないだろう。


 成る程、ではどうすればいいのだろうか。

 そして薬師博士はお願いだからなんか注射器とか打とうとするのをやめて欲しい。


「ちょっと痛いけど我慢してね。」

「があああああ」


 お春は右腕になんか注射された。

 瞬間、なんか激しい痛みとかが全身を襲い、右腕は見たこと無い脈とかが蠢いていた。


「えっちょっ何注射したんですか、ねえちょっと。」

「大丈夫!これはただの最新のボディースーツだから。おっ拒絶反応が無いね。やっぱりちゃんと適合出来るんだ。」


 なんでボディースーツ注射するの。

 千秋は全身の感覚が研ぎ澄まされるのを感じた。


「これはね、外付けボディースーツを動かす為の鍵みたいなものだから。カラーはお春殿が白色だから、千秋ちゃんは黒色がいいかな。」

「いえ、どちらも結構です。」


 痙攣するお春の傍、千秋は逃げようとしたが、知らない間に体が動かなくなってることに気付いた。


「大丈夫大丈夫!これはサイボーグと違って元に戻るやつだから!気休めみたいなものだけどね!よいしょ。」

「があああああ」


 千秋は会ったことのないおじいちゃんの幻影とかを見た。

 もしかしてこれは命懸け系のアレだろうか。


「あっ大丈夫かな?お春殿が大丈夫っぽいから、千秋ちゃんも大丈夫かと思ったけど、ヤバイかな?」


 どうやら大丈夫じゃないっぽいようだ。

 千秋は意識が朦朧としつつも、全身の神経が後頭部に集中するかのような天啓的な感覚を味わった。

 それは昨年の非道な人体実験の痕跡、現在唯一生身ではない、後頭部に設けられた接続端子が起動する感覚だった。


「があああああ」

「あっ大丈夫っぽいね。」


 千秋は気絶した。


 次に千秋とお春が目覚めた時、二人は黒塗りのハイエースの車内で全裸で簀巻きにされていた。

 口には猿轡を咬まされていた。


「んんー!!」

「んー!んー!」


 二人は叫んだ。兎に角叫んだ。

 気が付いたら大型車の中で拘束されていたら、誰でも叫ぶと思う。


「あっ起きた。」


 至極感情が無さそうに言うのは、助手席に座る薬師博士だ。

 車を運転するのは、猥褻マンこと太乃長官だ。


 冬次叔父さんは不審者の十津川と一緒に中部座席に座って寝ていた。


「アハハ、おじさん連中二人は疲れて寝ちゃったみたいだねえ。まあ寝てもらったんだけど。騒がれて困ったし。」


 もしかして薬師博士はサイコパスかなんかなのだろうか。

 いや、彼は政治的な立場上、非常にならざるを得ないのだ。きっとそうだ。


 薬師博士はスーツケースから二着の布を取り出した。


「はい。じゃあこれが今回の旅の二人の主武装ね。」


 その布は自然界には無さそうなほど異様に真っ黒の布と、近未来的な無機質な白い布の二枚だった。

 布はなんか切り干し大根みたいな臭いがした。


「んー!!」


 千秋がまた話題から逸れたことを考えていると、お春がうつ伏せになりながら叫んだ。

 いいから服を着せろ、ということらしい。


 これは考えてみなくても当たり前で、十代の少女からすれば、全裸で車中で簀巻きにされていることは耐え難い恥だ。


 千秋としては全裸にひん剥かれたのに眼鏡だけ残されていることに、趣味人の意気込みを感じたとは言えなかった。


 お春の訴えは辛うじて薬師博士にも伝わったようだ。


「あっ大丈夫。僕は死体と機械の分解と解剖にしか興奮しないんで。」


 薬師博士はやっぱりサイコパスだった。

 一安心したところで本題に戻る。


「さて。今回の旅は非常に過酷になります。サイボーグになっても破損したらそれまでだし、かといって生身でも捥げたら死ぬしね。」


 さらりと恐ろしい事を言う。

 でも生身で戦えばすぐ死ぬというのは、その通りかもしれない。


「で、この開発段階の『皮』と『骨』の出番ってわけ。これはお春殿のサイボーグ体を基準にした自在可変式の戦闘スーツなんだ。この『皮』の中には補助機能つき『骨』が内蔵されてる。」


 要するにサイボーグの代わりということか。

 戦闘スーツでもなんでも良いので、寒いので早く着せて欲しい。


「まあ色々出来るんだけど、物は試しだからさ、とりあえず戦ってみてよ。」


 ん?

 なんか今、おかしな事を言わなかったか?


 戦ってみてよ、と言われてた気がするんだが。

 着てみてよ、の間違いじゃないか?


 戦闘スーツは、薬師博士が手渡すと、勝手に千秋とお春それぞれの身体に吸着した。


 ご丁寧に学校の制服にまで変型してくれる親切設計である。


「さて、じゃあ二人には今から敵地に攻め込んで貰います。」

「ん?」


「アレから僕も色々調べたんだけどさ〜どうも根来忍者達が奈落なら県との県境辺りを根城に野盗をしてるみたいなんだよね〜。」

「んっ?んっ?」


「根来忍者って本来は紀州とかにいるイメージあるからさ〜和歌病わかやま県のイルカショーを拠点にしてないっておかしくない?」

「んー?んんー!?」


「だからさー?ちょっーと話聞く感じでさ〜?襲撃してみて欲しいんだよね。」

「んんー!!んんー!!」


「大丈夫!こっから奈落県に戻るならどの道襲われるしさ!!守るより攻めろ!親父の教訓だよ!」

「んー!!」

 

 引くも地獄。進むも地獄である。

 西日本各地のイルカショーを目指すなら、道中の安全など保証できるわけがなかったのだ。


 だが、心の内では、山中で野盗を働く忍者どもを生かしてはおけないという殺意が、二人にも存在した。


「みろ、奴さん、敵襲だ。」


 太乃長官が運転しながら言った。

 その時、フロントガラスの向こうには槍を構える忍者装束の男が八相の構えで直立していたのだ。


「お前達止まってもらおぐおおおおお」

「あっ撥ねちゃった。」


 フロントガラスは血塗れになり、根来忍者と思しき槍使いは口から血を噴出しながら山中の高速道路から転落し、斜面を転がり落ちていった。


「アレっこれ安全に通り抜けられんじゃね。」


 こうして一台のハイエースは道中根来忍者を数名撥ね飛ばしながら、安全に奈落なら県へ戻ることが出来たのだ。

つづく

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