家に帰り、すぐにパソコンを立ち上げる。その間に服を着替え、冷凍庫から氷を取り出してコップに入れる。天然水をそこに注ぎ、少し待ってから一気に喉に流し込む。

 これで、はっきりした。

 佐々木ささき部長を殺した犯人は、前田まえだ柚衣ゆい御前岳おまえだけ涼子りょうこのどちらかだ。わたしはわたしが犯人ではないことを知っている。確かに、仕事を除けば嫌いなタイプだ。存在が範疇から消えてくれたことには感謝している。

 けれど、殺人とは愚かなことをしたものだ。

 御前岳涼子にはアリバイがあるらしい。

 前田柚衣にはアリバイがない。

 動機を考えるとどうだろう。どちらであれ佐々木部長と付き合っていたというのは、どうも信じられないことだ。可能性で言えば、新人ではない御前岳涼子のほうが高いと思うのだが。それが、どうして殺すにいたったのか分からない。確か、当日は、佐々木部長の指示で御前岳涼子は駅前の会社に出向いたはずだ。前田柚衣が、プレゼンのフォローとして佐々木部長と一緒に出かけた。

 嫉妬だろうか。

 だが、そんなものは仕事のうちだ。

 その日、わたしと御前岳涼子と、佐々木部長、東村山ひがしむらやま副部長で飲んだとき、前田柚衣の話題になった。一番推していたのは佐々木部長だった。新人の中では逸材だと。わたしも認める。

 パソコンが立ち上がったのを確認して、すぐにチャットルームへ移動する。

 挨拶もそこそこにして、ゲンジにインスタントメッセージを送る。

「どうしたん、Aioさん<ゲンジ」

「この間の話の続き。わたしがあなたを誘うなんて、そうあることじゃないでしょ」

「そうだね。驚いただろ。Aioさんの結構身近で起こった事件に関係していたから、もしかしたら、知り合いなんじゃないかと思ってね。それにあのニュクスの掲示板はシンプルに見えるけど、管理人が掲示板ごとに地域を絞ってたみたいだし」

「ビンゴよ」

「やっぱりね。ERTさんは自殺してないよね、なんだか最後の言葉がそんな雰囲気が漂ってたんだけど」

「大丈夫。そんな様子はない。確かに、考えてみると結構危うい雰囲気があったけど、あの事件があってからはむしろ元気ね」

「そう、それはよかった」

「あれ以来あそこに書き込んでいないみたいだけど。それはむしろ健全なことなんじゃない?」

「そうだね」

「それよりも、わたしが知りたいのは、ERTさんの恋人のYu-kiて人のことなんだけど。彼は犯人を探そうとしているのかしら?」

「そんなこと俺は知らないし、分からない。けど、二人の関係は結構長かったはずだよ。いつの間にか二人が関係を持っていたことに驚いたけど。だけど、それは生への執着だろ、歓迎だ」

「わたしは、彼と協力すれば犯人が特定できるような気がするの」

「犯人ね、俺には全く分からない話だ。それよりも、報酬の話をしたい」

「うちのシステムを提供しているでしょ、その点でいい?」

「それじゃあ、俺にとって得がない。Aioさん、俺とデートしてよ」

「誘ってるの?」

「そういうこと、Aioさんは、リアルで女性でしょ?」

「ゲンジも女の人じゃないの?」

「まさか、俺は男だよ。だから相性もばっちりだと思うわけ」

「悪いけど、わたし彼氏いるから」

「断るときの常套句だね。本当に彼氏がいるなら、こんな時間に長々とチャットなんてやってらんないよ」

「それに、デートすると多分あなた後悔するわ。今度あなたの会社に営業に行ってあげるから、そのとき判断するといい。きっと、もう誘おうなんて思わなくなるから」

「うまいね。いいだろう、それじゃあ今度仕事を正式に依頼するよ」

「ありがとう」

 ツーショットを閉じると、わたしはメールを立ち上げた。くだらないメールは見る前に削除。それから名刺を取り出すと、そのアドレスを打ち込む。

「件名:どうも、日比野ひびのさん、あおいです。本文:こんばんは。少し手を滑らそうと思います。多分、もうご存知だと思いますが、今日御前岳涼子と前田柚衣の三人でバーに行きました。酔った上での話なので、すべてがすべてあてになるのか分かりませんが、二人ともどちらが犯人なのかすでに知っているようでした。お互いにかばいあっているようですよ」

 送信。

 ウサギのキャラクターが手紙を持って、画面の端から走り始める。可愛いものだ。やがて右側にポストが見えてきて、そこに投函する。届いた。

 わたしはコップを手に持ち、喉を潤した。氷がすべて解けてしまっていたが、それが冷たくて気持ちいい。

 しばらく待っていると、再びウサギが現れた。

 メールが来たようだ。

「件名:どうも、日比野です。Aioさん。本文:違いましたか。おそらく情報源はそちらでしょう。ですが、すべてをもらしているわけではない。どなたと接触したのですか?」

「件名:正解。本文:秘密。わたしが危ういもの。どうして逮捕しないの?」

「件名:どうも、日比野です。Aioさん。本文:あなたも御前岳さんもアリバイがしっかりしすぎている。けれど、逮捕はもうできる段階にある。こちらが一つ思い違いをしていたせいで、事件を複雑にしていたようでね」

「件名:それは困る。本文:それでアリバイがなくなるのだとしたら、一人しか残らないじゃない。それは困るわ」

 返事はなかった。

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