5
翌日、午前中、
「ユウキ……」
前田柚衣が、小さく呟きながら一人の女の子の横に座った。今、ユウキと言っただろうか。
「どうぞ、お二方も座ってください」
わたしたちも順番に座る。
「すいませんね、突然に集まってもらいまして。いえいえ、時間は取らせません。ですが、こういう形を一度やってみたかったというだけでしてね。順番に、
結城静江……前田柚衣の恋人は女だったということなのか?
「集まってもらったのは他でもありません。
「まずは、殺した本人。そして、彼女を庇っている人物、そして、なぜ庇っているのかを共感できる人物。それに、その状況を調べていた人物。これは、主にわたしのミスで、事件を複雑にしていたと言っても過言ではないでしょう。もともと、殺した人物はアリバイを作ろうなんて意図していなかったのですから」
日比野は順番にわたしたちを睨む。
「わたしは自首を勧めます。どうぞ、説得して下さい。以上です」
それから振り返ると、喫茶店から出ていってしまう。むしろ驚いた加藤が、あわてて何かを日比野に向かって言っていた。
「え、終わり?」
驚いたわたしは立ち上がると、すぐに日比野を追った。他に立ち上がる人はいない。喫茶店を出ると、彼はそこでタバコを吸っている。
「おや、広田さん。これは仕事が終わったときに吸う一本でしてね」
「どういうことですか?」
「あなたも昨日の夜犯人がどちらであるか分かったのでしょう」
「どういうことなのか、全然分かりません。でも、彼女にはアリバイがあると」
「先程も言いましたが、彼女のアリバイは意図したものではありませんでした。彼女はどちらかというと、佐々木氏の死亡推定時間を遅くしようとしたのだと思います。おそらく彼女が家に着いた時にはまだ生きていたことにしようと。その証拠が、前田柚衣さんの書類に赤ペンで残っていました。御前岳涼子さんは気を利かせすぎましたね。その時のメモも証拠として持っています。前日のメモと全く同じものでした。御前岳涼子さんは、あなたたちと別れた後会社に戻っています。その時点で佐々木氏を殺そうと決めていたのでしょう。そして、準備を終えるとすぐに佐々木氏のアパートへ向かった」
「でも、その時間から向かったとしたら九時半に間に合わない」
「そうです。それが間違っていました」
「間違ってた?」
「前田さんの証言から、九時半の時点ですべての犯行が終わっているものだと考えていましたが、そうではなかったのです。ええ、これはわたしのミスでした。守秘義務がありますので、わたしの口からは申し上げられませんが、前田さんから昨日直接伺いました。その結果、むしろ犯行時間はもっと遅くなければならなくなった。すなわち、御前岳さんのアリバイが消失したわけです」
「でも、どうして?」
「動機はこれから聞くことになります。ですが、おそらくあの日の昼に、佐々木氏と前田さんが一緒に喫茶店に入った。もしかしたらその程度のことなのかもしれません」
「涼子と佐々木が付き合っていたの?」
「付き合っていたのかどうか、分かりません。前田さんは以前わたしに証言してくれました。佐々木氏が呼び捨てで呼ぶのは、朱に交わらせるためだと。涼子さんを呼び捨てにする理由もそのあたりにあったとしたら」
わたしは俯いた。そうかもしれない。日比野は、それに、と続ける。
「それに、どうもわたしは嫌な予感がしていましてね。そしてこの嫌な予感というのは残念ながらよく当たるのです。ですから、この件に関しては早めに処理をしたかった。もっとも、あなた方は時間がかかりすぎると思っていたかもしれませんが」
しばらくその状態で待っていると、喫茶店の扉が開いた。出てきたのは御前岳涼子だ。彼女も俯いている。
「では、行きましょうか」
「はい」
彼女は小さく呟いた。
それからしばらくして前田柚衣も喫茶店から出てきた。わたしを見つけて彼女は困ったように顔を振る。
「いつから気づいてたの?」
「結構、早くに」
「でしょうね。昨日も明らかに様子がおかしかったし。涼子もばれてること分かってたんだろうな」
「うん。さっきその話をして。そしたらユウキが怒っちゃって」
「ユウキくんね」
前田柚衣が驚いた表情をする。それを見て、自分がうっかり知っていることをしゃべってしまったことに気がつく。
「アイオ。そんなハンドルネームに見覚え、あるでしょ?」
「アイオ、さん? 知ってる。あぁ、まさか……それって、事件よりも驚きです」
「うっかりだったわ。でも、それはたまたまだよ。ERTがあなただって気づいたのは、わたしだってつい先日だし」
「仕事、どうしましょう?」
「それは来週考えましょう。今日はこれでおしまい。仕事にも戻りません」
「いいんですか?」
「副部長にやらせておけばいいのよ」
前田柚衣が笑った。彼女はきっと、もうあの掲示板に書き込むことはないだろう。
「それじゃあ、早いけど、飲みに行こうか、おごるよ?」
「本当ですか?」
「たまには洒落たバーにでも行きましょう」
もう一度前田柚衣が笑う。わたしは彼女と一緒に、まだ明るい道を歩き出した。
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