3
バー、Oh Common。営業部の御用達の飲み屋である。まず名前がおかしい。オーカモン。より英語風に発音すれば、オーカマーだろうか。ようするにオカマバーなのだが、これがなかなかどうして、おいしいお酒を出してくれる。種類も豊富で、オリジナルカクテルにも凝っている。
そこに、
わたしがビールを頼むと、二人は同じ洋風のカクテルを頼んだ。
「あらん、珍しいわね、三人で飲みに来るなんて」
見慣れた濃い髭のあとが残るマリンが、くねくねと体を揺らしながら、お絞りをわたしたちの前に並べる。
「あら、営業部の女三人なのよ、いいじゃない」
「いやだわ。悪いなんて言ってないわよ。ほら、いつもは誰か男がくっついてくるもんじゃない」
「秘密の会合なのよ。男なんてくそ食らえって」
「だめよー、可愛い子がそんな言葉使っちゃぁ」
「はいはい」
適当にあしらうと、マリンはお尻を振りながら別のテーブルへと移動していった。
「でも、珍しいですよね、
「そうだった?」
「珍しいですよ。ほら、いつも広田さんって、部長か副部長と一緒じゃないですか。わたしは仕事熱心だなぁ、て思ってましたもの」
前田柚衣が、まだ学生気分が抜けきっていないような調子で両手を前に合わせる。
「仕事は仕事よ。あれのストレスを取ってあげるのも仕事だし、そうすることで円滑に回るんなら飲みにも一緒に行くってだけ」
「クールな考えですね」
「柚衣ちゃん、今に分かるけど、
「こら、涼子、余計なことを言うんじゃないよ、すぐに分かることなんだから」
「なんですか、脱いじゃうんですか?」
「違う違う。ふふふ、それじゃあお楽しみということで」
再びマリンがテーブルにやってくると、わたしたちの前にカップを置く。どうぞ、ごゆくりん、と気持ち悪い言葉を残し、マリンは去っていった。
「今日誘ったのは他でもない。わたしのストレスのはけ口になって欲しいんだよ」
わたしは嘘をついた。
「ほら来た。飲んでないのに来たよ」
「まだまだ。とにかくさ、ストレスたまってるでしょ、涼子も柚衣ちゃんもさ」
「賛成!」
それからしばらくは、仕事の愚痴の時間だった。メインはわたしの定時に上がれないことへの不満だ。前田柚衣は、わたしのその態度に驚いたようだ。そんなにわたしは仕事の虫のように思われていたのだろうか。仕事の虫はむしろ御前岳涼子の方が断然上のはずだ。
ビール中ジョッキで五杯ほど、前の二人もそれなりの量を飲んでいる。そろそろ、本題に匂わせて大丈夫だろうか。
「ねえねえ、
わたしはフックを出した。
「警察の?」
「そう。どう思う?」
「どうって、何? わたしはどうも苦手なんだけど。いい印象があまりない」
前田柚衣は顔を二、三度振った。
「わたしも、どうも苦手だな。眼鏡の奥が何を考えてるか分からない」
「彼が無能なのか、有能なのか、わたしはそれを聞きたい」
「どうだろう。有能には思えないけど」
「無能ってわけでもないでしょ?」
「わたしも、この一週間で何度も彼の質問にあってるんだけど、何だか要領を得てないように思えるのよ」
「何ですか、それ」
「だって、もう一週間だよ。どうして、まだ犯人を捕まえられないんだって話じゃない」
「その話題ですか。避けたいんですけど」
「柚衣ちゃんは優しいんだよね。わたしは構わないけど」
「わたしたちの中に犯人がいるんでしょ」
わたしは核心に触れた。
「そう考えてるみたいね。そんなの困るわ」
御前岳涼子はため息をつく。けれど、アルコールが入っているせいで、そのため息のつき方がわざとらしい。前田柚衣を見ると、こちらは俯き、少し震えている。
「その点では有能だと思う。わたしもこの中に犯人がいることには賛成」
「ちょっと、葵」
「でも、はっきり言っておく。わたしはこの中の誰かが犯人でも構わない。その人が後悔しない限り」
「もう、酔ってるからって言いすぎだよ」
「わたしはあれが死んで、仕事が増えたことだけが厄介の種だけど、わたしたちの中には、それ以上の後悔をしている人がいるかも、って話」
「そうかしら。殺したいほど憎んでたんなら、後悔なんてしないんじゃないの?」
前田柚衣が、俯いたまま答えた。
「わたしは一時的な激情に駆られて、刺したんだと思うけど。日比野は少なくとも、佐々木と恋人関係にあった人が犯人だと考えてる感じだったでしょ?」
「うん」
「わたしたちの中に、彼と不倫してる人がいたって言うの、葵?」
「そうなるわ。でも、誤解しないで」
「何?」
「わたしはだからといって、その人が早く名乗り出て欲しいなんて思ってないんだから。そんなことしたら、わたしは仕事で倒れちゃうし」
「何よそれ」
「だから、できるだけこのままの緊張状態を維持したいのよ」
「わたしも、賛成」
前田柚衣が呟いた。
「そうね、この状態でもう一人仕事から抜けられるのは、危険ね」
御前岳涼子も同意した。
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