4
丸い物体がある。丸いというより球か。宙に浮かんでいる。動いているのかもしれないが認識できない。比べるものがない。ただその物体だけが存在しているから。
「ユウキー。酒が足りんよ」
「チューハイでがまんして」
球が大きくなる。近づいてきているのかあるいはこちらが近づいているのか。
「ううう。もう聞いてよ。
「はいはい。
「そうなの。あたしってば超不幸。もっとあたしを哀れんでよ」
「はいはい」
「だって、あたしは、もうすごいアピールしてるんだよ? それなのに恭治は、いっつもわたしを学生扱い。彼にとってわたしなんて結局一人の生徒なんだわ」
「そんなことないよ」
「ありまくりよ。さっきだって、全然だったし」
「はいはい」
「もうもう、
「そんなことないでしょ?」
「ううん、あんただけだよ。もう、お酒!」
「はいはい」
球状の物体が岬を包み込む。それは岬の体の線へと重なる。
「わたし、結構あんたと、同じなのよ。分かるもん、結城ちゃんの気持ち」
「わたし不倫なんてしてないよ」
「いいのよ、隠さないで。不倫でなくても、それに近いこと、してるでしょ?」
「してない」
「だって、そうじゃなきゃ、お金も貰わずに男と寝るなんて」
「もう、岬、誤解しすぎだよ」
「そうだそうだ。あたしってば、結城ちゃんの相談に乗るんだったわ、今日。そのために来たんだもの。あたしの愚痴なんて後回しでいいのよ。で?」
「似ているというのは認めるけど」
「で?」
「わたしの好きな人が、もしかしたら、わたしのことを忘れてしまうかもって話」
「難しい。もっと分かりやすく説明してよ。結城ちゃんに好きな人がいるなんて話さえ、わたし聞いたことないよ」
「その人もね、わたしのことユウキって呼ぶの。名前で呼んで欲しいのに」
「付き合ってるの?」
わたしは首を振る。
「体だけ?」
「命と引き換えに」
岬は首を捻った。
「わたしはその人のためにどうしたらいいのか、今迷ってる」
「よく分かんない」
「岬って、狭いよね。みんなに明るいし、羨ましいって最初思ってたけど。そこから先は遠い。だから、もしも岬がわたしを認めてくれたら、わたしもちゃんと話すよ」
「お酒は?」
「今日じゃなくていい。いつか、気が向いたら、ね」
わたしは立ち上がると冷蔵庫を開けた。チューハイはよく冷えている。今日はこれで充分だ。
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