丸い物体がある。丸いというより球か。宙に浮かんでいる。動いているのかもしれないが認識できない。比べるものがない。ただその物体だけが存在しているから。

「ユウキー。酒が足りんよ」

「チューハイでがまんして」

 球が大きくなる。近づいてきているのかあるいはこちらが近づいているのか。

「ううう。もう聞いてよ。恭治きょうじったらひどいんだから」

「はいはい。みさきはかわいそうね」

「そうなの。あたしってば超不幸。もっとあたしを哀れんでよ」

「はいはい」

「だって、あたしは、もうすごいアピールしてるんだよ? それなのに恭治は、いっつもわたしを学生扱い。彼にとってわたしなんて結局一人の生徒なんだわ」

「そんなことないよ」

「ありまくりよ。さっきだって、全然だったし」

「はいはい」

「もうもう、結城ゆうきちゃん、わたしにはあんただけだよ」

「そんなことないでしょ?」

「ううん、あんただけだよ。もう、お酒!」

「はいはい」

 球状の物体が岬を包み込む。それは岬の体の線へと重なる。

「わたし、結構あんたと、同じなのよ。分かるもん、結城ちゃんの気持ち」

「わたし不倫なんてしてないよ」

「いいのよ、隠さないで。不倫でなくても、それに近いこと、してるでしょ?」

「してない」

「だって、そうじゃなきゃ、お金も貰わずに男と寝るなんて」

「もう、岬、誤解しすぎだよ」

「そうだそうだ。あたしってば、結城ちゃんの相談に乗るんだったわ、今日。そのために来たんだもの。あたしの愚痴なんて後回しでいいのよ。で?」

「似ているというのは認めるけど」

「で?」

「わたしの好きな人が、もしかしたら、わたしのことを忘れてしまうかもって話」

「難しい。もっと分かりやすく説明してよ。結城ちゃんに好きな人がいるなんて話さえ、わたし聞いたことないよ」

「その人もね、わたしのことユウキって呼ぶの。名前で呼んで欲しいのに」

「付き合ってるの?」

 わたしは首を振る。

「体だけ?」

「命と引き換えに」

 岬は首を捻った。

「わたしはその人のためにどうしたらいいのか、今迷ってる」

「よく分かんない」

「岬って、狭いよね。みんなに明るいし、羨ましいって最初思ってたけど。そこから先は遠い。だから、もしも岬がわたしを認めてくれたら、わたしもちゃんと話すよ」

「お酒は?」

「今日じゃなくていい。いつか、気が向いたら、ね」

 わたしは立ち上がると冷蔵庫を開けた。チューハイはよく冷えている。今日はこれで充分だ。

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