6
日曜日の通夜にわたしは顔を出した。会社の人間としてしかるべき行為だ。焼香を済ませて式場から出ると、
「こんばんは」
わたしは小声で挨拶を返した。
「お仕事ですか?」
「そりゃま、仕事です」
「まだ捕まらないのですか?」
「残念ながら、なかなか人間関係の薄い人間だったようでして。家にまで呼ぶ人はほとんどいなかったみたいなんですな」
「副部長は?」
「副部長?」
「
「仕事の間だけの関係のようですよ。ほら、あなたが彼の家を知らないのと同じ程度の関係です。およそそうです」
日比野は首を振る。
「およそなら、知っていた人もいるのですね」
日比野はもう一度首を振る。いない、という意味なのか。それとも、教えないという意味なのか。
「管理人は見てないのですか?」
「ああ、あれは難しい。あなたの顔でさえ覚えてないくらいだ。それに、いつもあそこにいるわけじゃない。管理人に気づかれずにあそこを通るのは容易い」
「当夜のことも?」
「あいまいなことこの上ない。一人で帰ってきたかもしれないし、誰かと一緒だったかもしれない。今更どちらかだといわれても、信じられない」
「何時ごろ帰ったのですか?」
「そんなことまで知りたいのですか?」
「教えてください」
「では、場所を変えましょう。ここはよくない」
わたしは頷くと、日比野に連れられてタクシーに乗った。そのまま、駅の近く喫茶店に入る。あの日、わたしと部長が入った駅前の喫茶店だ。
「ここは覚えておいででしょう」
わたしは日比野を睨む。
「まあまあ、深い意味はありません」
「話を続けます。彼が帰ったのは何時ごろですか?」
「もちろん、その答えはシンプルに返せます。ですが、ここは交換といきましょう」
わたしは顔を傾ける。
「あの日、あなたが部屋に行ったとき、ドアに何か挟まっていませんでしたか?」
わたしはコーヒーを頼んだ。
「いいえ、ありませんでした。何かと言われても難しい質問です。もしかしたら挟まっていたかもしれませんが、気がつきませんでした」
「広告です。まあ、アダルトビデオの、ね」
わたしは思い出す。
「ありました」
「やはり。どうしてすぐに教えてくれなかったのですか?」
「そんなこと忘れていました。そのすぐ後に、あれを発見したこともありますし」
「まあおかげで時間が絞れます。それはどこにありますか?」
「……わたしの部屋にあります」
「彼が帰ったのは夜九時半前です。あそこにチラシが挟まれたのは、およそ九時半ごろでしたから。どうしてあれを盗んだのですか?」
「盗んだわけじゃありません。誰のものでもないし」
「まあそうですね。ですが、若い女性が見るようなものではない」
「買う気もありません。タイトルが面白かっただけです」
「あなたの嗜好にあったものがなかっただけでしょう。あれば買った。違いますか?」
「分かりません」
けれど、その通りだ。
「次の質問です。殺されたのは何時ごろですか?」
「先ほどの件を踏まえますと、9時半より少し前、ということになります。二人で帰ってきたのか分かりませんが、その時点で犯行は完了していた」
「部長が会社を出たのは何時ごろですか?」
「次はこちらの質問です。あなたの嗜好を教えてください」
「意地悪言わないでください」
「証言として、聞いておきたいのです。あなたの行為の証拠にもなる」
「自分の証言が証拠になるのならします」
「本部はあなたを疑っている。尾行もついています。ご存知でしょう。ですがわたしは、犯人は別にいると信じています。その可能性がわたしの中であがります」
「わたしの嗜好を知っている人間は、この世にわずかしかいません。ですが、わたしは決して誰にも教えません。関係性は薄くしておいたほうがいいと考えます」
「あなたが金曜日にバーに行っているあいだに、あなたの部屋を訪れた人がいます。その人は知っていますか?」
「深く追求しないでください」
「それは約束できません」
「あなたもわたしと寝ますか。そうすれば、わたしの嗜好が理解できると思います」
「お断りします。わたしはまだ死にたくありません」
「部長が会社を出たのは何時ごろですか?」
「七時ごろです」
「では家に帰るまでにかなり時間があるのですね」
「バーに行っていました、ご存知でしょう。そこで二時間ほど飲んでいたようです。目撃者も多く間違いありません。バーを出て、そこからまっすぐ帰ったとして、およそ二十分かかります」
「おかしいです」
「いいえ、ここまでは事実です」
わたしの頭の中は疑問があふれている。だとしたら、あのメモは何だったというのだろう?
「わたしがアパートへ行ったとき、鍵は閉まっていた」
「ええ、そう伺っていますし、それは真実でしょう」
「鍵は、中に落ちていた」
「何か気になることがありますか?」
「いいえ、特にありません」
日比野は肩をすくめた。わたしはコーヒーを飲み終えた。
部屋に帰ると、わたしはシャワーも浴びずにベッドに倒れこんだ。
疑惑が、渦を巻く。
あの時、チラシは挟まっていなかった。そのことを私は日比野に伝えなかった。
そしてあのメモ……。
だとしたら……。
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