5
七時、わたしは会社近くの飲み屋にいた。いや、飲み屋ではない。オカマバーだ。不思議と通い慣れた場所。そして、自分の部屋には念のためメモを残してある。ユウキが来てもいいようにだ。きっとユウキは事件のことを知らない。
けれど、事件は起きてしまった。もし今ユウキと会うと、わたしは本当にユウキを壊してしまうと思う。愛おしいほどに細い体。力を入れれば折れてしまいそうな、それに抗う自信が今はない。
死の甘美な誘惑を知ってしまった今、一体どうやってそれに打ち勝てというのだろう。まるでニュクスの海に溺れてしまったようで、もはや擬似的な体験では満足できまい。
そして、最大の問題は、ユウキがそれを望んでいることである。
「あら、今日は一人、珍しいわねぇ」
「気まぐれですから」
「こんな可愛い子が一人なんて、もったいないわ」
隣に座った髭の濃いオカマがグラスに酒を注ぐ。
「そんな日もあります」
「けんか?」
「違います。それに誰とですか? あなたたちも聞いてるでしょ、先日の」
わたしがそう言うと、ああ、というため息がそこかしこに聞こえた。
「あの人も、いい常連さんだったのにねぇ」
確かに、部長もよくこの店にいた。というよりも、営業部のご用達の店である。今も、数人の客があるが、どれも知った顔だ。歓迎会が決まってこの店だという不思議な風習もあるのだが、はまってしまう人が多いらしい。かくいうわたしもその一人だ。
「部長って結婚してたの?」
「してないはずだわ。ねぇ、マリンちゃん」
呼ばれたマリンは、巨大な体をくねらせながら、こちらに近づいてきた。
「いないはずよ。でなきゃ、あたしに言い寄ってくるはずないんだから」
「はぁ」
本当だろうか。いずれにせよ、あのアパートに一人で住んでいたことは間違いない。
「彼ったら積極的でね、結構プレゼントしてくれたものよ」
「恋人は?」
「どうだろう。いるような雰囲気はなかったけどねぇ」
「そうね。あんなのに恋人なんていいるわけないか」
「何それ、ちょっと
「わたしが発見したうえに、わたし疑われてるんだから。屈辱よ」
「あらまぁ、大変ねぇ。そうそう、それなら昨日ね、刑事さんが来て色々聞いてったわよ」
刑事?
「警部かもしれないけど。ほら、彼が殺された日、彼、ここで飲んでいたから」
「本当?」
「ええ。彼と副部長さんと、
「何時ごろまで?」
「さあ、九時ぐらいだったと思うけど。その後は知らないわ」
「意外だわ」
「あら、柚衣ちゃんよりも常連よ」
「だって、意外、だもの」
「うふふ、柚衣ちゃんは可愛いわね」
わたしはそれから、一杯のアルコールでかなりの時間を費やした。
家に帰るとメモが増えていた。ユウキが返事をくれたのだろう。
「そんなことが起きていたんだね、知らなかった。新聞なんて読まないし、ニュースには取り上げられていなかったな。ユイの立場も分かるよ。ボクはじゃまなんだね。ああ、気を悪くしないでよ。ボクのがずっと前から望んでいたのに、先を越された気分だ。だけど、しょうがないよね。ユイが殺したわけじゃないんだし」
そう、わたしが殺したのではない。それは確かだ。もしわたしが人を殺したとしたら、わたしは逃げない。その場から離れない。そしていつまでも絶頂を迎えていられる。
死体となった
「だからボクはしばらく待つことにするよ。ユイのほとぼりが冷めるまで。そしたら、どうか、ボクを殺してくれよ。ボクはずっと待ってるんだ。お金なんていらない。それが、ボクの望みなんだから」
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