九時、宿舎。

 その日の学食コーナーは異様な雰囲気に包まれていた。この宿舎を利用している生徒は五十名ほど。この時間に夕食をとっているのは、大体いつも十名にも満たない。が、今日は、コーナーにこそ入っていないものの、ほとんどすべての宿舎にいる生徒が学食コーナーをその時間覗いていた。

「目立ってないか?」

「ふふふ」

「ミヤビさま、何をお持ちしましょう」

「あら、自分でできますわ、それくらい」

 神田隆志かんだたかしはまだ状況をよく理解できていない。

「あなたが神田隆志くんね。先ほどさやかさんから伺いましたわ。あなたもわたくしのことを雅、と呼んで下さる?」

「俺も? まあ呼ぶだけならいいんですけど。俺が呼ぶと、リアルに刃物が飛んできそうで危険なんだけど」

「そうかしら?」

「そうなのですよ。自覚ないですか?」

「ええ、ありますわ。ではわたくしからは隆志くんと呼ばせていただきます」

「それだけでも危険を伴うんだけど」

 普段なら夢宮ゆめみやさやかの蹴りでも入りそうなものだが、夢宮は夢見心地のようで、顔も目も泳いでいる。

「甲斐のやつ、遅いな」

「本当! ミヤビさまを待たせるなんて、信じられない男だわ」

「別に約束をしていたわけではありませんから、気にいたしませんわ」

「明日の課題のために図書棟に行ったのが六時くらいだろ。部屋に戻ってる様子もなかったし」

「わたくし、八時の少し前から図書棟近くに居ましたが、彼が出てくる姿を目撃しませんでした」

「本をすぐに見つけて、教室ででも読んでるのか?」

「学習棟も八時にしまってしまいます」

「あいつ、どこを歩いてるんだか。いくら学園内が広いとはいえ……もしかして芹沢さんの屋敷にでも紛れ込んだんじゃ」

「セキュリティー的にそれはあり得ませんわ。敷地内をさまよっているか、あるいは図書棟にでもまだ残っているのでしょう」

「まさか」

「わたくしお腹がすきました。彼には悪いですが、先に頂きましょう」

「は、はひ」

 しばらくしてテーブルに並んだのは、三つともカレーライスだった。芹沢雅せりさわみやびが選んだものを、夢宮が三つと主張した結果である。

「ねえ、お二方はご存知ですか?」

 スプーンを動かしながら、芹沢が二人の顔を順に見る。

「何をでしょう?」

「図書棟に出るという幽霊の噂です」

「まあ、噂話程度には」

「わたくし、彼がこの学園に来た時に、注意をしたんです。暗くなってからは図書棟に近づかないほうがいいですわ、て」

「その話は聞きました」

「きっと、幽霊さんに捕まってしまったのね」

「面白いことを言われますね」

「明日には戻ってまいりますわ」

 芹沢はにこりと微笑むと、カレーライスを口に運ぶ。

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