夕方、部屋で届いた荷物の整理をしていると、戸がノックされた。甲斐雪人は立ち上がり返事をする。

「ほら、正解だよ、男の子だ」

「ちくしょう、男に雪なんて名前をつけるなよな」

 甲斐の返事をよそに、部屋の外から声が聞こえる。

「どちら様ですか?」

 扉を開けると、立っていたのは学生服に身を包んだ男と女。

「俺は神田隆志かんだたかしで、このうるさいのが夢宮ゆめみやさやか」

 丸いめがねをかけた男のほうがそう答えた。髪は短く切りつんつんに尖っていて、顔にはそばかすがある。にこっと笑う表情は明るい。一方女の方も着ているのはセーラー服。芹沢雅と比べると、かなり短いスカートが印象に残った。

「いきなり足に注目とは、雪くんは足フェチですか」

「ち、違うよ」

 甲斐はとっさに顔を上げると、夢宮の顔を見た。おかっぱのような髪をしているが、耳の左右だけは長い。ずるそうに上がった目が甲斐を睨んでいる。

「いやいやいいのよ、わたしの魅力にメロメロなのでしょ、素直になんなさいよ」

「違いますよっ」

「何よ、わたしのスラリと、それでいて程よく筋肉もついたお御足が魅了ないって言うの?」

「お前はちょっと黙っとれよ」

 神田が夢宮を抑えると、彼は甲斐に手を伸ばした。

「転校初日だし、何かと分からないことだらけだと思ったからさ、俺たちが案内役を立候補したわけ」

 甲斐も神田に手を伸ばし、握手をする。

「だけど、僕を対象に賭けをしてたでしょう」

「ただの余興だよ」

「それに、案内だけなら、今日のお昼に一通りしてもらいました」

「嘘、いつの間に?」

「芹沢雅さんが、この宿舎から、他もいろいろと」

「芹沢雅さまが!」

 両手を頬に持っていき、大げさに夢宮は嘆いてみせた。いや、大げさではないのかもしれない。ふるふると肩を震わせて、合わせるように左右の髪が揺れる。さっきよりも鋭い目がまっすぐと甲斐を睨んでいる。

「そういえば、芹沢さんて、学園の生徒ですよね。授業中のはずなのにいいのかなぁ、とは思いましたけど」

「芹沢お姉さまは、この学園で学ぶべきことをすでに終了しておられますから。それよりも、芹沢お姉さまに手を出してないでしょうね?」

「手?」

「気にするな。夢宮は芹沢さまのこととなると、ちょっとおかしくなるんだ。そうか、もう案内は終わってるんだな、残念だ」

「はい。ああ、ただ気になったんだけど、あの時計塔のあるところなんだけど」

 甲斐は案内されながら、芹沢にされた話を思い出す。

「暗くなってからは近づかないほうがいいって。よくないことが起きる、とか。見えちゃいけないものが見える、とか。その時だけ芹沢さんの様子が違うように思えて、ちょっと似つかわしくないなって、思ったんだけど」

「ああ、あれね」

 神田は腕を組むと、視線を中空に向けた。

「その建物には入ったのかい?」

「いいえ、近くには行きましたが」

「あそこは図書棟でね。この国はもちろん他国からも貴重な本を大量に保管してあるところなんだ。もちろん普通の本も置いてあるから、結構みんな利用しるし、授業で使うこともある。芹沢さまでも、そういう話を信じているのか、少し意外だな。いや、まぁ、ここから先の話は夢宮の方が詳しいな」

 甲斐が夢宮を見ると、彼女は頬を膨らませている。

「わたしが教えるの? ライバルかもしれない人にそんな情報を与えるなんて、わたし的にはマイナスなんだけど」

 ライバル?

「何言ってるんだよ、夢宮。お前の得意分野だろ?」

「仕方がないなぁ」

 それから夢宮が語った話は、要約すると怪談だ。いわゆる学校の七不思議のようなもので、甲斐が以前通っていた学校にもそのようなものはあった。図書棟に幽霊が現れる。以前からもこの手の話はあったそうだが、先日その証拠が見つかった、というのだ。朝、司書をしている先生の藤枝百合子ふじえだゆりこが図書棟の鍵を開けて、時計塔に上がると、そこに四冊の本が扇状に置かれていたという。どれも西国のもので、しかもすべて違う言語で書かれ、非常にレベルの高いものだった。そこに鍵は掛かっていないが、月に一度ほどしかその部屋を開けることはないそうで、うっすらと埃が積もっていたのだが、その扇状の本の間に、まるでそこに人が寝転んでいたかのように、埃がなくなっていたのだという。

「誰かが入り込んだだけじゃないの?」

 甲斐は話が終わるとまず感じた疑問を口にする。

「夜中に? そんなこと考えられないわ」

「幽霊だなんて信じてない人もいるでしょ?」

「図書棟には誰もいなかったと藤枝先生は証言している」

「僕は中を見てないけど、あの建物は結構な大きさだったし、広いんでしょ? 死角も多いだろうし。どこかに隠れてて、時計塔に上がっている間に外に出てしまえば、その状況は作れそうだけど」

「夢がないわ」

 夢宮は首を振る。幽霊だという答えに、夢があるのだろうか。

「芹沢さんなら、可能なんじゃない?」

「芹沢お姉さまを疑うの?」

「彼女の成績なら、西国の本を四冊読めるんじゃないかってこと」

「いや、さすがに彼女でもそれはできないと思うな」

 神田が代わりに答える。芹沢お姉さまならできるわよ、と夢宮は唸っているが、神田の証言の方が正確な気がする。

「だとしたら、残されてる可能性は少ないね」

「幽霊?」

「幽霊に会ったことはないけど、人の形は残さないでしょ。誰かが仕組んだいたずらなんじゃないかな」

 夢宮を納得させることはできなかったが、この話題はここで終了となった。それから二人と甲斐は宿舎の食堂で夕食をともにしてから別れ、甲斐は部屋に戻ると、荷物の整理を再開した。

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