純正芹沢学園じゅんせいせりさわがくえん

 その高等部の正門の左右には、身の丈五メートルを越える像が立っている。一人は本を持ち、また一人は腕を組み、上を見つめている。脇には刀が見えており、武士を模しているのだろう。甲斐雪人かいゆきとはその像の下にいた。

 甲斐は、一枚の手紙を広げ、しげしげとそれを見つめている。そこに書かれているのは簡単な地図とこの学園の名前。

「場違いじゃないか?」

 おそるおそる正門に視線を送る。正門の鉄格子は固く閉じられている。が、スケールが大きすぎるせいで、格子の間を素通りできてしまいそうだ。正面はロータリー状になっており、その先に門がある。甲斐はもう一度地図を確認するが、間違えようがない。

 正門の奥には遊歩道が見えている。左右には木立が並び、遠くには校舎であろう建物も見えている。また木々の間から、時計塔であろうか、時計も覗いている。その時刻が手紙に指示されている時刻を指した。

 と、正門が薄く開いた。巨大さに目を奪われていて気がつかなかったが、正門には純正芹沢学園の制服を着た女性の姿があった。

「お、おはようございます」

 甲斐は慌てて駆け寄ると挨拶をした。

「あらいやだわ。もうお昼ですよ。あなたが甲斐雪人くんね?」

 手を口に当ててうふふと笑うと、彼女は芹沢雅せりさわみやびだと自己紹介してくれた。ストレートの長い髪が風に優しく揺れている。前髪はきれいに切りそろえられていて、まるで人形のようだというのが甲斐の第一印象だった。それにハープのような声は、聞いているだけで疲れが取れてしまいそうだ。

 純正芹沢学園の学生服は、紺を基調としたセーラー服で、細いリボンが特徴といえた。長めのスカートがふわりと一瞬膨らむと、彼女はさっと一歩下がり、甲斐に学園内に入るようジェスチャーをする。甲斐は不審者のように、きょろきょろと左右を見ながらその巨大な校門を抜ける。

「本当だったのですね、僕は、何かの冗談かと思ってました」

「そんなこといたしませんわ。あなたのような優秀な人材をわたくしどもは集めております。あなたがこの学園にいらしていただくことに、何の不思議もありませんよ」

 ポリポリと頬をさする。悪い気はしないけど、それほど自分が優秀だとは思えない。

「たとえば、わたくしたちがかつて猿から進化したことをあなたは知っているでしょう?」

「ダーウィンのことですか?」

「そう、彼の学説です。それでは、猿から人になることは、果たして進化なのでしょうか? 他者を排除する能力は、種の保存の法則から大きく逸脱しているように思われます」

「進化とは、つまり変化をすることです」

「そうね。それでは進化の対義語とは何なのでしょう?」

「変化をしないこと。つまり停滞」

「その通り。多くの学生は、退化と答えますわ。これで証明終了です」

「はぁ?」

「明日から授業を受けていただくことになりますが、本日は……」

「あの、何の証明が終わったのですか?」

 彼女は立ち止まると、驚いた表情を甲斐に向けた。目をくりっと開き、これも反則だと甲斐は思う。

「冗談もお好きなのですね。あなたの優秀な頭脳をわたくしたちは歓迎いたしますわ」

 スカートを両手で軽く摘むと、彼女は身体を少し屈めてお辞儀をした。これも、反則だと思う。甲斐の表情に気がついたのか、彼女はふふふと笑うと、視線を甲斐の背後に向けた。自然と甲斐もそちらを向く。並木道がそちらにも続いていて、先には程なく西洋風な建物が見えている。

「あちらに宿舎がございます。荷物は明日にでも届くのでしょう?」

「いえ、本日の夕方に手配してあります」

「さすがですわ」

 彼女はもう一度笑うと、甲斐を連れるようにそちらへ歩き出した。

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