ピーチスノウ

なつ

エピソード1 ラプラスの悪魔が囁く

第一章 何に彼女は怯えたのか?

 篠塚桃花しのづかももは本を読んでいた。静かなひと時。ただ聞こえるのは、ページをめくる優しい音だけ。彼女はそれがたまらなく好きだった。ページをめくり、また、めくり、ぺら、ぺらと、ただその音だけが続いている。規則正しく、周期的な音の集合。

 彼女は寝そべり、両肘をついて上半身を持ち上げるようにしていた。彼女の前に置かれている本は五冊。どれも横書きの書体で書かれているようで、西国からわざわざ取り寄せたものである。彼女が望めば、世界中のどこからでもあらゆる本を取り寄せることができる。ある一冊をめくると、すぐ隣の本をめくる。それの繰り返し。

 繰り返しているうちに、五冊のうち一冊を読み終えてしまった。もの悲しく感じたのか、彼女としては珍しく動きが止まる。それから身体をもぞもぞと動かすと、ペタンと床に座り直した。

 髪は長く波打ち腰辺りまで伸びている。服は薄汚れ、肌はそれ以上に汚れ埃まみれだ。それもそのはずで、彼女が今まで寝そべっていた場所に、彼女の形ができるほど、そこには埃がたまっていた。

「むぅぅ」

 ぱたぱたと埃を払うと、彼女は読み終えた本を一冊手に取った。OED一冊分ほどあるのではないか、というほどの厚さの本だ。彼女には片手に余る。両手で抱えるように持つと、ゆっくりと立ち上がる。

「久しぶりに読み応えがあったな」

 ハスキーな声でつぶやくと、彼女はそれを大切そうに撫で、それから歩き出した。部屋を出ると近くにあった階段を降りてゆく。幅の変わらない渦のようならせん状に進む階段の果てに地上がある。降りてゆくと、そこが書庫であることが分かってくる。背の高い本棚が並び、何万冊もの本が納められている。彼女は迷うことなく本棚の間を進むと、ちょうど空いたスペースに本を戻した。それからまたゆっくりと歩いてゆくと、窓が視線に入った。彼女の背よりも遥かに高い場所にある窓の外は、すでに白んでいる。どうやら朝が始まろうとしているようだ。少し考える素振りを見せてから、彼女は再びゆっくりと歩く。そして本棚の間に消えてしまった。

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