1-28 決着

 決着


「私が滑稽だと…………あなたがたは何故そう思ったのか」

 マモンはフィルを除いた三人の攻撃を受けアンドラスの接収を解かれると、自身が元の姿に戻りつつ、接収が解けたことにより毛は発散し、肉は砂のように消え、骨格のみが残ったアンドラスが従わせる狼の上に跨って言葉を絞る。

「死ぬ前に…………どうですか?」

 流石のマモンですら、未来を諦めてくれたのだろうか。

「そうだな…………それならまずは、エアの足を戻せ。交換条件だ」

「…………考え──」

「決裂か」

 フィルはフェムトへ視線を送る。すると、フェムトはひょいと剣身の短くなったグラディオの剣を投げ、三度宙で回転してフィルの伸ばした先の掌へ収まる。

 しっかりと握りしめたそれを半回転させ逆手に持ち直し、顔の横へ小さく振りかぶると、マモンの顔に向かって肩を押し出すように突き刺す。

 切っ先が接触する寸前。

「フィル!」

 劈いたエアの声。

 剣の勢いを殺すべく後ろに手を引き、声の方向を向く。そこには無事足が戻り、二足で立つエアの姿がぼんやりと焦点を失った中でもはっきりと分かる。

 剣を引く手が間に合わず、既に傷だらけのマモンの頬に切創を一つ加えたのはご愛嬌。

「良かったエア……! もしマモンを倒しても戻らなかったらと」

「私が嘘でもつくと──」

 フィルは剣を握る力を強める。

「はあ…………傷も対価のうちとは、随分と苦しませてくれますね。いい加減言葉の真意を教えて貰っても……? アンドラスの接収において倒せなかった敵は現在では同族に二人居るのみでしたからね」

「そうなのか。そいつらに理由を教えては貰わなかったのか?」

「ええ。その二人ともにもとより私より上位の魔族でしたからね」

「なるほどなぁ。それならアンドラスを過信するわけだ」

 ステインは納得する。

「…………何故…………アンドラスを」

「マモン…………お前は、どうやってかは知らねぇがフィル以外の三人にはお前の略奪っていう魔法が使えるわけだ」

「ええ」

「そしてその魔法を使って、過去マモンが接収したアンドラスとかいう化け物をこの世界に呼び出して戦いを挑んだ」

「だから……滑稽といった理由を」

「お前の略奪という魔法と、アンドラスの戦闘特化の魔法。どちらが強いと思って…………いやこれは愚問か」

「当然アンドラスですよ。純粋な魔力による力が無かったことで悩まされてきたのです、その為にアンドラスという力の塊のような化け物を手中に収め──」

「エアから移動法を奪った上、俺達四人を困惑させる魔法と…………お前がマモンの塔の地下空間に幽閉していたディセクタム・ドラゴンのような力押しな単調な魔法。どちらが強いかと言われれば、それは一目瞭然だろう」

 フェムトは落ち着いた口調で言う。

「あまりにも欲に溺れ過ぎたことで、その身での戦い方すらも忘れたんだ」

「そんな馬鹿な話が――」

「滑稽なのは…………お前がアンドラスに頼ったことだよ」

「ッ…………」

「対処も容易い──っても苦労はさせられたのは変わらないが、実際に対処出来たんだからな。未だになんでフィルだけ魔法が通じないのかサラサラわからんくらいだよ」

「そうですか…………よく分かりました、あなたがたが私を滑稽だと罵ってくれた理由を」

 マモンは非常に腑に落ちた様子で、自らのアンドラスの扱いに対して反省する表情を浮かべる。

「ですので──」

 マモンは目の焦点を失わせる。それは一瞬、あらぬ方向へ眼球がぐりんと回転したかと思えば正常な位置へ元に戻る。

「お、おいマモ──」

「誰に口を聞いている。主に対して」

「フェムト…………?」

「やば……ッ、身体を奪われ」

 ──交換条件、聞くんじゃなかったか。

 そう後悔するのは後の祭りである。

「お前をぶっ倒せば…………その力が手に入るって頭の中にッ!」

「そんな訳な──」

「んなこと、わあってる! それでも抑えが効かないんだよッ!」

「これもマモンの…………ッ」

 フェムトはフィルの首に手をかける。搾り取るように小指から人差し指へと力を込め、喉元を握りつぶすように。

「不味い…………早くッ、俺を──」

 苦しいシーン

「……の…………つよう、は…………ない」

 喉の使用を制限された中では大して言葉は発せられない。

 ボロボロの手で、ボロボロの顔で。

 フェムトはこの望まない光景を見なければならないことに絶望を感じていた。

 だからこそ言えるのだ「その必要は無い」と。

「…………ッ」

 グッと締められる喉はより一層苦しさを増すばかりである。その苦しさから開放されるための一閃。

「倒すべきは…………お前だ」

 フェムトの力で倒したアンドラス。

 ならば最後はこの手でマモンに止めを刺そう

「悪い、フェムト」

 チェストプレートの真中。ただ一面に銀色で、紋様すらもないそれを柄で突き、瞬間的な間で屈み、速度を上げてフェムトの間合いから脱する。

 速度のまま切っ先を背後へ回して剣を振りかぶれば、動けないマモンへ攻撃へ当てるのみで良い。

 それを邪魔するのはエリスとエア。

 しかし、マモン自身の魔力が弱まっていることで完全に三人を制御することが不可能と知ると、

「クッ……ソ…………ォォォッ!」

 そうマモンはマモンとして、久しぶりに声を荒らげた。

 そして、その状況下でもまだフェムトを操りこちらへの攻撃を試みるばかり。

「『どうして』とは言わないんだな、マモン」

「なっ…………」

「分かってるんだ、自分自身で」

 言葉と同時、内心で謝りながら腕をつかむフェムトを、その場に押し倒して距離を取る。

 そして、エリスとエアの二人の剣戟を隙を縫って背後へ回ると、未だに動くことが出来ず、ただギョロりと眼球を禍々しく動かして周囲の状況を伺うばかり。フィルは視界の中心を真っ直ぐ、直線的に突き進んでいく。

「やめ…………ッ」

 フィルはきっちり四撃、菱形を描くような閃を空中に残してマモンに浴びせる。どうしてか未だに残っていたマモンの四肢を完全に落とした。

 剣には刹那の猶予も与えず、マモンの眼前へと向けられる。

 剣身の両面で交錯するフィルとマモンの視線。

 しかし一瞬その視線は切れる。

 気を取られたことだろう。ステインと対峙した時に、自らが生み出した切断面が鏡ほどに光を反射させることに。エアやフィルが持つグラディオの剣に比べ厚い剣身を持つことでしっかりとその目を写す切断面と目を合わせ、その顔をみて、ゆっくりと現状を把握していく。

 その後静止した空間の中で四度、不規則に発された「ドスッ」という重量のある接地音。

 マモンの背後へ飛んでいったそれは、剣を突き立てても突き立てても往生際悪く逃走、裏をかいては倒そうとすらする強奪の気を見せるマモンに対しての最終宣告。

 その証拠に、フェムトの身体を操って再び立ち上がらせようと試みている。

「君も私に操って貰いた──」

「お前は俺に、略奪という魔法を使用することは出来ない」

 剣身と同等かそれ以上に鋭い眼差しを投げるフィル。

「そう分かってるんだ。フェムトもエアも…………エリスにも出来るその魔法の発動条件。俺だけはそれに満たしてないことに」

「だから必死だった」

 一つ大きく息を吐いて、瞼を閉じてから再度言葉を発し直す。

 それは未だフェムトやエリスと戦わせるべく、「ザッ」と足音をさせながらこちらへと近寄らせるマモンに対しての呆れを含み。

「必死に罠を作動させたんだ」

「そう…………ですかねえ……?」

「フェムトは滑稽だと言った。そしてその理由をお前は聞いた」

「…………?」

「そしてそれに対して俺も滑稽だと言った」

「そうですねぇ」

「冥土の土産に、突くべき俺たちの急所を教えてやる」

「何でしょう…………弱点…………あなたが今もその口に含む魔素玉、とか?」

「……あながち間違いじゃない、だがそこではない」

 マモンに突き立てた軽い剣を、その状況から風切り音を立てて右下へと振り下ろす。

「俺たちはまだ──」

 そう俯き気味にただ一言発し、言葉を区切る。

 直後、上空に向けて跳躍する。アンドラスの黒毛の狼が残した骨格に跨がって、本来の身長よりも一メートルほど高所に位置するマモンの頭上まで、残像を発生させるように敵の視界から消えていく。

 身体の前後が目まぐるしく入れ替わり、一本に通った軸によって捻り回転するフィルは上空に到達した途端その回転を制す。頭を下した状況で訪れる、刹那の光景。

 剣を振りかぶるには十分な間。

 頬にひた付く冷やかな剣の温度。

 右手に持った剣は、視界の大半を奪うもの。

「…………ッ!」

 声も無く斬りかかった剣は、ただ「ズシュッ」と漸滅させるべくマモンの肩口へ突き刺さる。腕が敵の肉に埋もれていく。

「ぐ……ッアァアアアアアァァァア!」

 マモンの一つの悲鳴。

 命尽きて音が途切れる前に、先程の言葉の続きを発する。

「一つのパーティーになれていなかったんだよ」

 剣はマモンと狼の骨を切裂き、地面に突き刺さる。

 一閃に二分するマモンの体。それは鼓動した二つの心臓をも斬り、砂に塗れさせる。

 アイギスの匣を守る一つの敵を、今ここに命を消させた。

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