1-24 対峙

 対峙


「お爺さんの話を聞いてて、一つ気になったことがあるの。質問してもいい?」

「どうぞ」

「昔話で言っていた「直近三年の納税額は、グラビスの村で徴収する分しか集めない」ってこと………。どうやって、エノロームの徴税を回避したの?」

「そう言えば交渉部分は飛ばしていたな」

「そうですねぇ…………。どちらにせよ不利益は被らないでしょうから、教えてあげましょうか」

 そうして老人の皮を被ったマモンが話し始めた交渉術は、聞くに耐えない、血も涙もないような単純な構造だった。

「まずは、勝手に戦争を始めたくせに、早速負けそうな隣街…………。彼らに対して、税としてグラビスの住民から集めたものを売り捌いたのです。当然、どこの世界も戦争特需が存在し、武具に加え食料にも貧している、ですから隣街の人間は諸手をあげて喜ぶのです」

「しかし、ここで一つ条件を隣街に突きつけます。

『高値ながら売る代わりに、この街がグラビス領だと言い張れ』

と。これにより、隣街を攻めていた国は近くにあるグラビスという、隣街よりも規模の小さいながらに、物資を提供する力のある土地を得るべく、欲を出して侵攻を始めたのです」

「え? そんなことしたら、街の人は気づくに決まって…………」

「そこでエノローム…………か」

「ええ! 勘の鋭い方だ。ここでエノロームという大国が現れるのですよ。グラビスと戦えば大国と戦うことになる。幸い、隣街を襲っていたのは四強国ではありません。その領地を得るチャンスだと伝えれば、大国と言えど喜ぶものです。何せ奴隷が増えるわけですから」

「奴隷…………」

「大国に下るということは、本国民以外は、そいつらを支えるために納税する奴隷みたいなもんだろ?」

「…………結果的にエノロームはグラビスという領地に加え、侵攻国を獲得し万々歳。戦争で負けた隣街は侵攻国の敗北により植民地化されなかったから、縋り付くのは我がグラビス…………」

 にたりと粘着質な笑みを浮かべる。

「ここまで言えば、誰がエノロームの徴税分を支払っているか…………分かるでしょう?」

 「はぁ…………!」そう言いながら恍惚の表情を見せるマモンは、魔人というだけあって人の皮をかぶっていても中身までは変わらない。

「その隣街が全て…………」

「隣街はエノロームの領地ではありませんからね。所詮グラビスの名前を出しただけ、実際に我々の領地である訳でもないのです。ですから、エノロームは隣街には手を出さない…………」

「エノロームに下っていたらお前の策略は全てを水の泡だからな」

「ええ、そうですね。もしそうなれば、エノロームからの徴税と復興のための徴税を課していたでしょう。それではグラビスの徴税分まで払う必要はなくなる」

「…………お前は熟、人間じゃねぇな」

「やめてくださいよ。人の心などそもそも持ち合わせていないだけですから…………!」

「二人で納得してないで、最後まで説明してよ!」

「後は一言、隣街の人々に声を掛けるだけで良いのですよ」

「『復興の支援をしてやる』だろ?」

 フヒっと気味の悪い音の笑い。

「所詮人間など、長期的なことは見据えない。何よりも大切なものは、グラビスに戦争特需によって奪われた大量の金。それを取り戻すべく、外貨として流すんですよ」

「でも、そうしたら復興しきったときに、その関係がダメになるんじゃ」

「誰も復興なんてさせてない。街人を奴隷のように働かせて、復興させずにいたんだろ」

「外貨を与え、中央部を復興させる…………それになんのメリットが?」

「街人に直接隣街から奪い取ったとも言える金を掴ませて、その人達だけ、ある意味復興させた。生産能力だけを。急激に力を持った街人に対して、何一つとして元に戻せていない中央部…………。どちらにせよ金を取られるのなら、手を差し出したこちらへ流すか、勝手に戦争を始めるほどの無能な中央部へ流すか」

「明らかですよねぇ…………? 皆二つ返事で了承しますよ。そこでエノロームからの納税額分を全て負担させるのです。街を復興させたら、意味が無い。そうしなければ、グラビス…………もとい、私の奴隷が居なくなってしまうから」

「酷い…………」

「非道い…………? まあ、その後何とか中央部を復興させようと、真似て徴税制度を取り入れたので、何重も課税されて苦しんだようですが…………知ったことではないですものねぇ? 得た後ろ盾は大きいのですから」

「やっぱりいい人話じゃなかったんだ」

「いやいやいや! どこがですか! 私はいい人だと思いますよ? グラビスという街を、住民をさして苦しませていないにもかかわらず、街をどんどんと発展させていく」

「表面上はだろ? その腹ん中には、いくつの命が眠っているか、たまったもんじゃない」

「なんとでも言ってくださいよ。容姿を変化させる魔力以外を使わずに、自らの欲しいものを得る一つのゲームとしては楽しかった…………既に終わったことですから」

「次に得たいものは、この私の祠にズケズケと入ってくれたあなた達ですかね……?」

 空間が嘔吐くかせるような不気味さに満ち満ちる。

 手を前に伸ばして、まるであやつり人形を操作するかのように手を揺らす。

 その腕を切り落とそうとして、真っ先に動き出し、最速の一歩を踏み出したのはエリス。

「…………ッ!」

 鞘から引き抜きざまに斬り掛かる一手は間違いなくマモンが伸ばしていた手を切断する軌道に乗っている。しかし、次の瞬間。

「パチンッ」

 伸ばした手の先で鳴らされた指。直後、光を透過する石に囲まれた、天井が暗く見えない空間から、どこかわからない、敗退した建物の中へと移動した。

「カァァィィィン…………ィィン…………ィィ」

 エリスが奮ったエストックの軌道上からマモンの腕は消え去り、変わりに謎の鉄パイプ状の物体が出現する。うなりの発する金属音とともに、エストックの一撃で吹き飛ばされるそれは、壁に当たり「カランカラン」と地面に横たわる。

「瞬間移動!?」

 唐突な視界の変化は、脳を一時的に麻痺させるような感覚に陥れる。

 「ジジジ…………ジジ……ジ…………」「カシュンカシュン」「シュー…………シュー」機械的な様々な音が入り乱れ、正確な音源が把握できないような空間。

「なんだここは…………?」

 見たことのない、錆びた空間。木造建築が主体のこの世界で、金属によって床や壁までもが覆われた空間は異質。存在していたとしても、それだけの資金力のある街に秘密裏に存在する程度だろう。

「なにかの…………実験施設?」

「ま、マモンはどこに行った!?」

 周囲を見回しても、それらしき影は見当たらない。しかし。

「ぐわっ…………ァォォアア!」

 何かの衝撃で声を漏らしたのはフェムト。そして、立っていた場所から急加速して、最も遠い面の壁へと腕に巻きついた何かに引きずられる。

「フェムト!」

「オラァァア!」

 自力で腕に巻きついた何かを切り落とす。そのまま巻き取られるようにシュルシュルと壁面内に吸い込まれていくと、次はまた別の壁から伸びた何かがエリスの腕を絡みとる。

 黒い帯状のそれは、エリスの右腕に絡みつき、フェムト同様急加速した後に壁面へとたどり着いてしまう。

「やっ…………!?」

 黒い帯が絡みついた右手は、丁度剣を握っていたエリスの利き手。フェムトのように切ることも出来ず、一瞬で壁まで到達し、強く打ち付けられる。その後刹那秒の意識の消失で項垂れかけたエリスは、壁にはりつけられた。

 同時に、地面からは身長大の凸上の物体がせせり出て、エリスと三人の間に大きな壁を作りあげる。

「おい、エリス! 大丈夫か!」

「う、うん…………」

 目の前に現れた壁を探る。

「これも金属…………。何でこうも剣の通らないもんばっかりが!」

 しょうがないと、押してみる。肩を当て、力の限り。運良く穴が空いたりはしてくれないだろうかという希望。

 しかし、見た目のとおりビクともしない。せせり出た際の溝に固定されているのか、それともこの物体自体が魔力で固定されているのか、それは定かではないが、力ではどうにもできないということは確かだ。

「ドンッ…………ドンッ!」

 体当たりを続け、肩に痛みが出始めた頃。

 比較的照度の低い部屋で一分も経たない、たった数十秒の時を過ごしただけだが、目は暗闇に順応した。

 最後に一度、思い切り力を込めて壁を動かせないかと体当たりのモーションをとった瞬間。周囲は光り輝く太陽の下に移り変わる。

「うおおぉ…………は…………はっ…………ふぅ」

 驚かされたのは、体当たりをしようとした大きな壁が忽然と消え、腰くらいの高さしかない木柵が現れ、勢いで木柵の奥の水へと入りそうになる。

 俺は、一瞬何が起きたのか分からず、生き物がひしめく水面を少し惚けるようにしてみてしまった。

「め、目が…………!?」

 後方からする声。同時に揺らめく水面が強烈な光を反射させ網膜を焼く。

「顔を伏せろ! これじゃあ……目が灼けるぞ……」

 顔を伏せろという、今現在伏せていたにも関わらず目がチカチカするような閃光に襲われた本人がいう矛盾に気づかないほどの灼熱地帯。

 しかし、そこは砂漠という訳では無い。

 暑い…………そう感じ、汗をかきながらも、辺りには植物が生い茂り、飛び込みそうになった水もある。地面は木製の桟橋状、それでも投下される太陽光の強さで全てのものが熱されてしまっている。

「ふぃ…………る…………!」

 僅かな足場を踵をのせ、壁にくくりつけられてい格好のエリスは、声にならない音でフィルをふり向かせる。

 眩しく目を細めながらも開けたまぶた。

「ガリガリガリガリ…………」

 生き物がひしめく水槽のような池は、丁度エリスの真下に設置されている。その中から、壁に爪を立てて必死に餌を取ろうと試みている一匹のワニ。

「ワニ…………!?」

 餌と化したエリスに向かって、必死になってガリガリと爪を立てて壁を削る。

「どうするんだフィル。水の中は生き物で溢れてる、落ちたら一溜りもない。だけど」

「早くどうにかしないとダメだ…………。剣で切れるほどのものなら、あの足場でいつちぎれるか分からない…………」

 自然と息も荒くなる。相変わらず「どうする」と自問させられる場面が続くが、どれもこれも正答が出てこないことが悩ましい。

 今回も考えさせられるが、どれだけ思考回路を行き来しても、同じ点でつまり振り出しに戻されてしまう。

「行ってくる」

 考えることを面倒くさがれば、いつの間にか力に頼った道へ進む。今回もそうしてしまうのだ。

 切っ掛けは、「ガリッ」と音を立てて、削っていた壁に爪を立てたワニが、確実に水面に出ている体の面積が増えたことが目に見てわかるほどに体を持ち上げた。

 時間が無いという焦りが導く。

「水面で見えてるだけでもどれだけの危険生物がいると思ってるんだ!」

「なんとか落ちないようにするよ…………。落ちた時は頼むぞ」

「たの…………」

 木柵に立ち上がり、膝を曲げずに前に倒れた。ふわりと浮き上がる感覚とともに、徐々に加速して行く身体。木柵の下、桟橋となっている地面を蹴る。つま先が痺れるほどの力で。

「……ッ……アア!」

 地面と水平になった身体で目指すのはワニが上ろうとしている壁。僅かながら傾斜がついていることも手伝い、ワニはコツを掴んだのかずんずん上ってくる。

 ワニよりも高い位置で壁に剣身水平に剣を突き刺し、一旦の静止をすると、上るワニの鼻をめがけ、刃の向きを変え、壁を削りながら下り、そのまま正中線で真っ二つにして切って落とす。

 剣身の向きを再び変え、壁で静止したフィル。

「おい、エリス…………?」

 頭上から聞こえるフェムトの声。

「…………落ちる」

「フィル!」

 それは、下で受け止めろと言いたいのか。

 広い剣身に足を置き、乗った状態で受け取ろうとする。

「きゃああ」

 それを知ってか知らずか、拘束は瞬時に溶ける。そしてやはり、僅かな突起程度では足場とはならず滑り落ちてしまう。

「前のめりになるな!」

 想定外は連続する。フィルからかなりの距離があり、抱きかかえるように受け止められない上、まだ剣身に乗れていないという事態。

「クッソオォォオ!」

 柄を掴み、片腕の力だけで身体を浮かせ、目一杯手を伸ばす。瞬間的に指先が触れ、一旦離れる。冷や汗を書きつつ、フッと抜いた力は、再び二人の距離を縮め手首を握ることが出来た。

 代わりに、肘で柄を挟むように掴まされ、打撲するかのような鈍痛に襲われた。

「間一髪…………」「はぁぁあぁ…………」

 背負うようにして、剣身にどうにか乗ることが出来た二人は、ワニが削った壁を足場として、高い壁を衰えないフィルの跳躍力で上る。

 無事地上へと辿り着くと、エリスの感情が漏れ出す。

「なんなの、この瞬間移動は…………!私たちをどこに連れていってるのよ!」

「まあ、まあ…………。ただ、俺達が瞬間移動しているのは違うと思う。多分、場所の方をここに移したんだ」

「場所を?」

「箱庭みたいなものをいくつか持っていて、魔力でそれをここへ移してる。まあ、どっちにしろ瞬間移動している様なものだけど」

「到底人間業じゃないってわけだよね」

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