1-22 銀髪と罠(二)

 銀髪と罠(二)


「よし、それじゃあ、ワシらはこちらの壁から探していこうかのぉ」

 時計回りに探すフィルとエリスに対して、反時計回りに壁沿いを進んでいく、銀髪の老人を加えたエアとフェムトの三人。

「それにしてもこの部屋は何なんじゃろうなぁ。こんな空間作ったとて、なんの役に立っとるのか皆目検討もつかんわ」

「うーん…………。役に立ってるかどうかで言えば、私たちみたいにこの祠に迷い込んで、観音扉を開けてまで中に入っちゃった人を閉じ込めるのには良いんじゃない?」

「そりゃあ随分と、殺す気で満ち溢れてる仕掛けだな」

「マモンの塔の地下空間は、入口も狭かったし、普段は明かりも何もない空間じゃない? だから、人を閉じ込めるというよりは、ドラゴンを閉じ込めるために作られてるはずよね」

「確かにそうだな。ここよりも広い地下空間だ。わざわざドラゴンのために用意したって言っても、何ら不思議なことはねぇ」

「マモンって、富を司る悪魔って言われてるんだから、私財は山のようにありそうだもん」

「ドラゴンをどこで手に入れたかはわからないが、その為だけに金を使って建てたって言うのか…………。金持ちのすることは分からん」

「ま、まあ、悪魔だから、富とか手放さなくても命令して作らせた可能性も充分あると思うけどさ」

 二人からしても、今立っている空間は不気味な空気を漂わせていた。魔素を利用すれば複雑さは一定解消されたとしても、マモンの塔の地下空間みたく、建造物そのものに魔素を施す理由がない。長期的に光というエネルギーを放出させ続けるには、相当の魔素玉が必要だからだ。

 対ドラゴン戦で口にした魔素玉程度の大きさでは、この光量を1日維持するだけで魔素が果ててしまうだろう。

「ちょ、ちょっと待てお主ら…………!」

 口を挟まず、二人の会話に耳を傾けていた銀髪の老人は、驚きの表情を浮かべていた。

「何ですか…………?」

「ドラゴンとはどういう事じゃ……? そんな神話にしか出てこないような魔獣を…………倒したじゃと!?」

「…………あぁ。俺達がこの手で倒したんだ。それはもう大変だったよ、爺さん」

「それは…………そうじゃろうなぁ。神話の通りなら、街など壊滅させることも容易な程の強さを持ち合わせておるようじゃからのぉ」

「私達はあんまり詳しくないんだけど、ドラゴンはちょっと前にすごい数の死者を出したんだって。そのドラゴンがあんな所にいたのはやっぱり不思議なんだよなぁ…………。いくら考えても分からないんだもん」

「端から魔獣のやることは分からない。わざわざ手順を踏ませるように、ドラゴンを討伐したことをスイッチにしてるんだぞ?」

「きっかけはあったのに倒せなかったから、未だに一つもアイギスの匣が開けてないんだもんね……」 

「そうか…………。ドラゴンが死んだか…………」

 感慨深げに呟く銀髪の老人。見つめる皺だらけの手のひら。

「もしかして、ドラゴンに殺された人の中に知り合いがいたりしたの?」

「おい、エア…………」

「いや…………大丈夫じゃよ。わしも歳を取ったから、もう悲しくても涙も出てこんようになってしまったからなぁ」

 意味もなく、目頭を抑えている。一度深いため息を吐き出して言葉続ける。

「今はこんな老いぼれでも、昔はワシも色々やっとったんじゃぞ?」

「色々…………?」

「色々じゃ。そうじゃなぁ、探すのにも時間がかかる、昔話をひとつしてやろうかのぉ」


   ***


 魔獣が現れる四十年前。

「おーい、村長村長!」

「やっと見つけたー! どこ行ってたの?」

 無邪気な笑顔を浮かべた三人の子供たちが声をかける。継ぎ接ぎだらけで、衛生状態も悪いみすぼらしい格好をした子供たちは、銀髪の男性へと駆け寄っていく。

「ごめんごめん! ちょっと用事があってな。これでも村長は仕事で忙しいんだぞ?」

「いつもお酒で酔っ払ってるイメージしかなかったのに!」

 子供たちは純粋無垢だからこそ、内心その言葉が心にグサグサと突き刺さり、傷つけられていた。

「ひ、酷いな…………」

「村長傷ついた……?」

「そんなこと傷付いたらこのグラビスの村の村長などやっていられないぞ!」

 高い子供たちのテンションに合わせて、ハイテンションで対応する。

「よし、それじゃあ村長まだ用事が残ってるんだ。また後でな」

 隣街は何処ぞの勢力と戦争を行っていた。銀髪の村長のいる小さなグラビスでは、この戦争に巻き込まれれば一溜りもない。しかし、この村の現状を打破するためには、様々な制度を導入する他ない。そう前々から思い立っていた村長は、今日朝早くに村を出、隣街へ攻める兵に気付かれないよう遠回りをし、二つ隣の街へと向かい、つい先程帰還したところだった。

 二つ隣の街は、数年前にはグラビスと変わり映えしない貧しい村だった。しかし、村長が変わり、街と呼べるほどの規模へと成長したことをよく知っている。であらから、その手腕を借り、真似事であっても制度から似せていけば、グラビスの村もいずれ苦しまず生活できる日が来ると考えている。

 今、村長は八十を超えた人間から私に変わり、革新のときが来たのだ。

 村に帰還した村長は、村の青年を集め、帰路の途中で思考回路に巡らせ続けていたアイディアを伝える。

「よし、集まってくれたか…………」

 椅子に座って、たった四人で会議を進める。ここにいる村長を除く三人のうち一人だけが前期から職を続け、二人は始めての村政へ携わる。

「ここ数年で急激に成長した二つ隣の街のレペンテで導入したものを、この村にも導入していこうと思う」

「それは何ですか?」

「ああ、それは納税制度だ」

「納…………税…………?」

「聞きなれない言葉ですねぇ。具体的には何をするんです?」

「村の人々から金銭を徴収するんだ」

「なっ…………! そんなことできる余裕など…………」

「ま、まあまて。分かっている。分かってるが、村が発展するには必要だ」

「苦労を強いてまで村に発展させる必要などないだろう! 前の村長ならばそんな考え持とうとなどしなかったぞ!」

 強く反発するのは、唯一前期から任期を務めている人物。当初から、これほどまでの世代交代には反対を続けていたこともあり、村長へのあたりが強い。

「お前は、外で遊んでいる子供たちの格好を見て、あれでいいと思っているのか?」

 諭すように、トーンダウンした声で言う。

「俺達が子供の時だって、確かに汚れた格好で遊び回っていたさ。それでいま生きてる。だから、決して生死の狭間をさまようことになるとかを言うつもりは無い。だが、今後そういうことになるかもしれんし、そもそも俺達でさえ、その生活は快適じゃなかった」

「そうだなぁ。俺も最近結婚して、いずれ子供もできるだろう。子供には不自由をさせたくないし、病に侵されて死んでもらいたくもない」

「そ、それは私だってそうだ! だが、金銭を、徴収する余裕などどこにもないと…………」

「そう。だから、実際に徴収するのは農作物だ。農作物を一定量徴収して、その農作物を他所の街で売る。幸い隣街は戦争真っ只中だ、相手は強大な的らしいからな。敗北を喫してくれれば、戦争特需で、食いもんも何でも飛ぶように売れる。それをねらって徴収した農作物を売りさばいて、村を発展させる金にする」

「農作物だって、育てるのは一苦労なのに、今以上に収穫量を増やせって?」

「そうだ」

「苦労を強いているじゃないか!」

「おれは苦労を強いないなどと言ったことは無い。俺も苦労する、だから村民にも苦労してもらう」

 机を少々強めに叩き、それは脅しを兼ねている様な。

「未来の自身の子供のために、だ」

 革新と一単語で表せても、それを実行するには並々ならぬ苦労がいる。言葉が先にあるのか、苦労した末の革新なのかはまだ分からないが、このグラビスの村をレペンテの街の大きさまで発展させることは、とてつもなく長い道のりだろう。

 だが、必要だ。

「村民には俺から直接話す。出来るだけ…………子供はいいとしても、世帯ごとに一人ずつくらいは集めてほしい」

 そうして集まった人々に、理由を話し、これから頑張って行こうと伝えるが、突然の納税制度導入は多くの人を混乱に導く。何度も噛み砕いて事削いで単純化して言葉を伝えても、その意図が伝わった人間は約半数と言ったところ。

 やはりこれから子供を持つ人や現在子供を授かっている人々は、子供のためならばと賛同の声が多かったが、子供も独り立ちし、老人のみの環境などでは反対の声も多い。

「ワシらは腰も悪い。動こうと思って動いても、それほどの成果が得られないのが現実じゃ、お主のいうような納税はワシらは出来ない」

「それに、今のままでも十分暮らしていけるじゃないのぉ…………。それなのに、もっと作れ、土地を開墾しろで村が大きくなった時に大国に狙われたらどうするのよぉ」

 不満は山のように出てくる。

 募るイラつきを封じ込め、村長としての役割を果たさねばならない。

「それなら納税の量は年齢や持病の有無によって決める。それならいいか?」

「いやダメじゃ。去年のわしらの収穫量を見てくれればわかる! 多く作ったものから多く取ればいいじゃろう!」

「それはダメだ。この街のために自ら割増して納税してくれるのなら構わないが、横並びの量にしなければ平等性に欠ける。その平等さを崩してまで、年齢と持病の有無による減税を行うと言っているんだからな」

「何でそんな年寄りをいたわれないんじゃ!」

「身を粉にして働いた人から多く取り、怠けていた人間からは少なく取る。同じ割合で…………」

 あたりを一度見回す。

「そんな理屈がまかり通るわけない」

 通る声で、威圧的かつ敬意的に声を発した。

「そしてもう一つ。後者の方だ」

 大国に狙われてしまうのではないかという危惧。

「後者については、私も散々考えた。事実隣の街は、大国に攻められ、土地や物品を奪われようとしているのだからな」

 少々の高台から、実際に戦闘を繰り広げている様子をうかがうと、自身が暮らす街が戦火に脅かされるなどという事態は何としても避けなければならないことは肝に命じられた。

「だから、この村はある国に下る」

「下る…………属するというのか!」

 どよめきが起こる。

「最初から大国の盾があれば、攻められはしないだろうという結論に至った」

「そんなことをしたら、どんな条件が課されるか…………」

「そこは俺の腕の見せどころだろう? ただ、今現時点ではこの街は制度もままならず、農作物の収穫量もほかの街に比べ愕然たる差が存在する。ならば、この街に厳しい事象は課さないだろう」

「そんな甘い…………」

「何のための、戦争特需だ?」

 グラビスの村と属する街を考えれば、どちらでも納税制度はあって然る可し。ならば二重課税となってしまう。

「その点は任せておいてくれ。取り敢えず直近三年位の納税額はグラビスの村で徴収する分しか集めないことを約束しよう」

 今はまだ疑いの眼差しが痛い。


 そこで一旦の区切りとした集いから一週間後。

「ホ、ホントですか、その話は!」

「ああ、この小さな村を領地としてくれる街が現れたよ。交渉は難航したがな。ハッハッハ」

 わざとらしく感じるほど大袈裟に笑うと、一枚のファイルに挟まれた紙を示し、そこに書いてある国の名前と、領主の名前。

「なっ…………。エノロームですか! ちゃ、ちゃんと王のミリセストリア様の署名まで…………」

 エノロームとはこの世界にいくつか存在する大国の一つ。

 あとは制度としてしっかりとグラビスに普及させるだけだ。


 時はさらに加速して七年後。

 グラビスでは、属国となった直後から制度として納税制度を導入した。導入以前から不満が垂れ流されたように、導入初期は村民からの様々な意見が寄せられた。勿論全てを突放すことは村長として相応しくないやもしれないが、今となっては成功という他ない。

 村長自身も危惧していた二重課税に関しても、グラビスは影響を受けず、街は無事発展を遂げる。開墾により安定した食料供給は、安定からか人口増加に繋がり、将来を担う子供が多数となったのだ。


   ***


 石を手で一つ一つ確かめながら、話す銀髪の老人。

「どうじゃ、わしの武勇伝は?」

「いろいろ気になるところもあったけど、お爺ちゃん、実は凄い人?」

「ほー…………そうだったら良かったんじゃが、今となっては一人の年寄り、散歩してばっかりで煙たがられる存在じゃよ」

 表情が曇った。

「ガッコン」

 フェムトは身体の力が抜けるように揺れた。指先で押した一つの岩がへこんでいた。

「これだ……!」

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