1-21 銀髪と罠(一)
銀髪と罠(一)
四人の身体の中の臓器が定位置に戻り、落下することで生じる違和感が掻き消されたのは、落下し始めてからおよそ一分経過していた。
いつの間にか眠っていたのか、それとも瞬間的に意識がプツンと切れてしまったのかは分からないが、その違和感がなくなった頃には落下運動はしておらず、地面に横たわっていた。
「ぁぅ…………」
特に頭や身体が痛いといった症状もなく、すこぶる調子がいいということも無く、何ら変わらないいつも通りのフィルは起き上がると、ハッと気付いたように今いる空間を見回す。
「何処だよ…………。また石壁の地下空間にでも落とされたんじゃないだろうな…………」
そこはマモンの塔の地下空間のような灰色の空間。石壁に石床。
しかしディセクタム・ドラゴンの巣となっていた塔の地下空間とは違い、むき出しで燭台が置かれているなどということはない。魔訶不思議、どこからとも無く、岩透過して光が滲み出ているようにして空間を照らしている。
あまりにも広すぎる、恐らく四人が侵入した祠の内部の広さと同様の空間なのだろう、扉は無いが、壁の近くで意識を取り戻したのも、恐らくペンダントの位置に一致しているはずだ。
「そう言えば、元凶のペンダントもなくなっている…………。何だったんだ、さっきの落下している感覚は…………?」
手の感覚も失われた機械のように鈍くなっているのではないかと、つい近々の壁を殴る。
「ゴッ……」
「っつぅぅ…………」
しかし、当然痛みは全て自身に帰ってくる。
反射した痛みを受けてから気づく、手を握って、開いて、握ってを繰り返すだけでも、自身の感覚が意識下にあるか無いかは充分確かめられたという事。
「そうだ、エア……! エア…………!」
自身の状況から察するに、顔を髪で隠すようにうつ伏せでいるエアの名前をいくら呼んでも起きないと言えど、怪我などはしていないだろう。
「エリスとフェムトは…………?」
見回した時にはこの辺りにいたな、そう頭が自動的に判断した方向へ振り向いた時。
「だっ…………」
誰か分からない人物が一人、祠の観音開きに当たる位置に胡座を書いて座っていた。
「誰だ…………? 最初からあそこにいたのか?」
一度サッと見回した時には白髪の老父を見逃してしまったのか。
「いや、まずは…………」
エリスとフェムトの息を確かめねばならない。
無言で近付いて身体を揺らす。
「んうぅ」
フェムトは即座に反応して意識を取り戻す。
「しっ」
「えぇ?」
不気味な老人が同じ空間内にいることに違和感を覚え、咄嗟に口元に手を当てて静かにさせる。
「なんだあの爺さんは……?」
顔をこちらに向けて、銀髪の老人の正体を求められるが、生憎四人では誰にもわからない。
「あっ」
一瞬合わさっていた視線が、フィルの顔の中心から、右後方へとスライドする。
「トントン」
「ひっ…………!?」
肩を二度叩かれる。
想像もしていなかった出来事に、背中に氷を入れられたかのように震え、逃げる様に前のめりで倒れ込む。
「いや、いやちょっと…………!」
よくよく考えずとも、指先で方を二回ほどつんつんとされただけであるから、エアであるということはすぐにわかるが、何分予想外の感覚に、脇腹周辺に至るまで筋肉が収縮するほどの反応を見せてしまった。
「ご、ごめんねフィル…………」
エアにとっても想像以上のリアクションだったのだろう、言葉の節々に笑いを散りばめつつ口先だけで謝る。
「だから、「あっ」って言ったのに」
「分かるわけないだろ……! さっきまでエアも意識飛んでたんだから、そんなにすぐ起きるなんて考えもしなかったよ!」
「まあ、そりゃあ確かに…………はっはっは」
わざとらしく笑ったフェムト。
三人が発していた喧騒に釣られたのか、エリスもむくりと身体を起こす。やはり誰にも身体的にはダメージがなかったが、上空を見上げても、真上は暗闇ではなくそこに確かに天井と呼べる物体が広がっているから、ここは一つの密室のような形なのだろう。
「出入口は……?」
「うーん…………。無さそう、かな……」
「どうやってここに来たのかもわからないし、やっぱり最終手段取るしかないかぁ?」
フェムトのいう最終手段とは、銀髪の老人に話し掛けるということ。
「壁とか探してれば、何かあるかもしれないけどな」
「その前にあの爺さんが何か知ってたら聞いた方がはえぇだろ?」
フェムトの中では既に選択肢は一択しか無かったようで、フィルを先頭にして四人は、赤べこの如く頭を上下に揺らしてねむっている老人に話し掛ける。
「爺さん、爺さん!」
「……んぁ…………?」
話しかけたフェムトの声で、老人の見えない鼻ちょうちんは割れて、夢の中から現実世界へと引きずり戻す。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど、聞いてもいいか?」
「……ふぁああぁああぁあ…………、久しぶりに人に会ったわいな!」
大きな欠伸の最中も、口元で手を仰がせている。
しかし、決して非友好的な老人ではなさそうだ。
「爺さんも祠に入ったらここに落とされちまったんかい?」
「そうじゃそうじゃ。全く年寄りにあんな事させれば心臓が止まりかねんのぉ! ほっほっほ……ゴホッ、ゲホッ」
如何にも死にそう。
「そりゃあ災難だったな! ガッハッハ!」
一緒になって笑うフェムト。
「それじゃあお爺さん。マモンって名前聴いたことない? マモン」
四人がここに来た目的について老人に尋ねる。
「マモン……のぉ…………羊の肉か?」
「それはラムじゃねぇか」
「どっちかと言えばマトンだよ」
「マモン!」
話が進まないと、つい一度だけ声をかける。
「マモ…………あぁ、かなり昔じゃが、本かなんかで見たことがあるかもしれんなぁ! 確か悪魔じゃったか? それとも土地の名前じゃったか…………」
「そうそう、悪魔だよ悪魔! この辺り……というより、この祠とかでマモンって名前を聞いたり見たりしなかった?」
「そうさなぁ……、記憶にはこれっぽっちも無いのぉ。祠に入ったら、気付いた時には既にここにおったからのぉ」
どこまでに記憶の改ざんがなされているのか分からないために信憑性は乏しいが、このお爺さんは無関係なのだろう。この付近に元々住んでいた住民が、突如現れたものがあれば無条件で近づくということは想像の範疇内である。
「そっか…………。ごめんねお爺さん。起こしちゃって」
「いやいや、わしも退屈しとったから眠っていたのだからな。話しかけてくれた方がボケも治るってもんじゃぞ?」
「そうだな……。とりあえず、出入口があるか探すか…………」
「それじゃあわしも暇しとらんで、探さんとじゃなぁ」
「いやいや、ここで休んでていいんだぜ、爺さん?」
「何を言っとるか! まだまだ若いもんには負けんよ」
威勢のいいお爺さんも加わり、臨時の五人小隊となった所で、効率化の為に二、三に分かれて捜索を開始する。
***
「さて、どうするか…………」
銀髪の老人とは相容れないと、効率化と称して分かれて捜索することを提案したフィル。
室内とは思えない程に広い空間をフィルとエリスの二人は時計回りに壁に手を伝って、なにか手掛かりがないかを確認していく。
「まさか、この壁の石全部確認していくわけじゃないよな…………?」
「それ以外、どう仕様もないじゃない? こういう時魔素が自動的になにかヒントでも示してくれれば便利で便利で仕方ないのにね」
「それを使っても、この前みたいにぶっ倒れることになるんだろ?」
「もちろん……。ただ、やってみたことは無いし、そもそもできる人間がいるのかも分からないから正確なことは言えないけど、この部屋くらいならそうはならないんじゃないかしら?」
「部屋って言っても結構広いぞ? 何よりも、外観からしてここの祠に参るのは、巨人くらいなものじゃないかっていうほどだからな」
「そうは言っても、索敵系の魔法よ? 使いどころを考えれば、もっと広範囲で使うでしょう? それこそ街に何か変なものが近づいてないかとかね」
たらればの話で盛り上がりつつ、手で一つ一つ届く範囲の石壁に関して、叩いたり、回転することが出来ないか試みてみたりと、動かし続けている。
「変なものといえば……」
「何?」
「何でこんな地下…………なのか別世界なのか、あんな爺さんがここにいるんだ?」
「落ちてきたんじゃないの? まさか落下したらそれだけで心臓止まりそうだから生きてるのはおかしいなんて…………」
「いやいやいや、流石にそこまでは言わないけどだな…………」
一瞬考え込むように、手を止める。
「観音開きの扉が開けば、あれだけの地響きと轟音を立てるんだ。早朝にたったクレインの街からここに来るまで、そんな音聞いてないし、振動も感じなかった」
「なら昨日にでも来たんじゃ」
「だったら、第一声、とは言わずとも、二言目、三言目には食料についての話をしてもおかしくはない。いや、むしろしない方が不自然だろ」
「まあ…………。初対面とはいえ何も食べていなければ…………それはそうね」
「だろ? どこか嫌な予感がするよ」
あくまで感覚論。確証がなければ、本人にいう理由にもならない。
「ん…………」
「動いたか?」
「ここ」
何の変哲もない岩である。
「本当にこんな目立ちもしない所にスイッチがあるなんて信じてなかったよ」
「完全に押しちゃっていい?」
一応反対側の様子を確認する。無駄口を叩いていようがいまいが、数の多い石に対して一つ一つ手作業で確認していくにはあまりにも時間がかかりすぎる。二人は運良く早期に発見に至ったが、未だ反対側を捜索する三人は未発見の様子。
「良いんじゃないか? ここが本当の出入口じゃなければ意味が無いからな」
「じゃあ、押すよ」
先行き不透明なボタンに恐怖を覚えるために、慎重に慎重を重ねた力の掛けようで、時間をかけようと奥まで進んで行かない。
「ガチャン」
そう音がしたのは、指先で押していたエリスの手首辺りまでボタンが深く押し込まれた時。
「ガシュッ」
「…………? 何の音だ」
壁の周辺では何ら変化は見られない。強いて一つ挙げられるとすれば、身体の支えに壁に手をついていたが、緊張してその跡が残っていたくらい。当然、その音とは一切の関係を持たない。
「「ガシュッ」って、何かが開いたとか? それとも発射されたとか…………」
「まさか…………!」
発射されたと聞いて考えついたものは、この罠を設置した人物が、二手に分かれて捜索することをも予測して反対側に対して何かを発射したのではないかという事。
しかし振り返っても、変化は起きていないよう。何かが発射され被害を及ぼすという線は無さそうだ。
「良かった……向こう側じゃないなら…………」
視界外から襲う攻撃を易々とよけられる人間かこの世にはそう居ない。彼らに被害を及ぼさずに済んで良かったと安堵して、発射するならこの位置からだろうなと、ふとボタンの上部の壁を見た。
たった一度、一瞬では状況が理解出来ず二度見する。
「斧…………」
気づいた時には既に支点を中心に回転運動をさせて、重力を唯一の外力として加速し、百八十度の45度ほどを過ぎた辺り。
しかし十分に加速している。
「きゃっ……!?」
エリスを両手で押して突き飛ばす。
自身の腕が斧に絶たれる前に引っ込めた瞬間、秒という単位では表せない程の直後に目の前をエリスの髪先を断ち裂いて石壁に激突した。
「ガイィィィン…………ガイィィン…………ガイィン…………」
ゼロではない反発係数のおかげで、何度か反射して、轟音を数度響かせたかと思うと、それはやっと静止する。
「え……!? な、何これ…………!?」
狼狽えるエリス。突き飛ばしていなければ、身体が真っ二つとまでは行かずとも、治らない傷を負わされていたに違いない。
しかし、二人を襲う一筋の空気を切り裂く物体があった。
「きゃああぁあぁ!」
「フィィィル!」
それはエアの悲鳴とフェムトのフィルを呼ぶ声。
「カァアァィィン」
そちらに反応すれば、次は鋼鉄の弾がフィルの肩を焦がして静止した斧に衝突。金属と金属のぶつかり合うことで発された不協和音が耳を襲う中、意識は無理矢理に三人の方向へと向けられる。
「立場逆転か…………!」
まさかと思った事件が、あちら側ではなくこちら側をおそう。やはり、設計した人間は罠にハマるように設計されているのだ。初めに斧でその場に留まらせてから、遠くからもう一つの罠で掃討するという設計が。
間を開けて一発ずつ打ち込まれる鋼鉄の弾。一発目は運良く服の肩を擦るだけで済まされたが、次はそうはいかない。発射された瞬間から、僅かにずれた方向は確実に未だ倒れ込んだままのエリスに向かって起動が修正されている。
「……っぁ……」
その間に割って入り、低めの軌道をたどる弾丸に対して、居合斬りの要領で左腰に下げたグラディオの剣を引き抜く。
「…………クッ…………!」
だが、弾丸という高速かつ極小の物体に、人間如きが振るう剣に当てることすら叶わない。
斜め上に斬りあげた剣閃と弾は、ごく僅かな距離にすれ違う。
「ぐあっ」
「フィル…………、私を庇うから…………!」
プレートを貫通して脇腹を貫通したか抉ったか、どちらにせよ服だけでは済まなくなった。突き刺すような痛みに顔からは汗がたれ流される。
しかし、手で傷口を圧迫する余裕すらもなく次弾が放たれる。
「更に下……!?」
発射口が見えず、砲身から方向を算出することは不可能。しかし、暗闇から光のある空間に放出される瞬間には、僅少な差であっても、多少上下の差は生じる。
この時の位置が二発目よりも更に下を向いていた。
「エリス……。庇われたくなければ早く立って、そのレイトックを抜いてくれ」
視界内では、こちらだけではなくフェムト達にも何かが襲っていることが見て取れる。
「……ッ……」
目の前に迫った弾丸を斬るという思考は既に捨てた。一朝一夕ではできるような代物では無い。ヤケクソに地面に垂直に剣を突き刺して、「弾丸よここに当たってくれ」と祈るしかない。当たらなければ剣を挟んで反対にいるエリスに穿たれてしまうことになる。
そして待ち望んだ音。
「キンッ」
衝撃で地面に刺したにもかかわらず、剣は角度を変え、弾丸は逸れる形で、エリスの頭上を通過して行った。
その頃無言でやっと立ち上がったエリス。
「分かった……」
まだまだ放たれる弾丸。
「その弾は物理的な弾だよね、フィル?」
何故かフィルの肩にレイトックの切っ先を置いて話し掛ける。
「あ、あぁ。エアが打ったような魔法弾じゃあ無い」
「ありがとう」
エリスが立ち上がったからか、フィルに向けて放たれたのか。四発目は高めの弾道を取る。
「動くな」
エリスは強い口調で。
顔面に向かっているのは明らか。しかし避けるなとの指示。
思考を働かせた時点で、弾丸等よけられる暇は与えられていない。後者を選び取る。
「……ッ」
エリスはフィルの背中スレスレまで踏み込むと、一撃の突きを放つ。レイトックというレイピアとエストックの混合武器は、クランディルク特製の軽量武器。
「シュッ」
切断音はせず、二つに割れた弾丸が顔の両脇を通っていく音が聞こえるというこの上ないスリルを味わえた。
「後は終わるまで私に任せてね」
「何で斬れる!」
一朝一夕どころか、初見で斬れるような速度ではない。一般的には、弾道も判明していなければ当てることする困難。
「一年以上前なら、やらなくてはいけないのは人間の攻撃から避けるすべを身につけることだったはずだよ」
その比較的柔らかく、ぼかして言った一つの言葉は、敵の攻撃から身を守るために、散々訓練させられた光景を脳内にバッと想像させるには十分すぎる。
「それなら…………注目すべき点は」
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