1-19 アーミスが憂鬱のため
アーミスが憂鬱のため
「クランディルク」という店を一人で切り盛りしているアーミス。クランディルクは、武器や防具、冒険に必要なアイテムなど様々なものを広く扱っている個人商店である。なにやら、様々な街や集落で同じ店があるらしいが、今いるクレインの集落ではアーミスが店主を務めている。
「はぁああぁああ…………」
店内の武器が並べられたカウンターの一角で、中空を見据えて焦点の定まらない様子のアーミスは、空間全体に響き渡るようなため息を発した。
「…………あぁ、アーミスなら、喜ぶかなーって……」
「そうそう! …………だってレアで、滅多に見ない素材だもの。鱗だけどグラディオ製のフィルの剣の歯も通さない様な硬い鱗なら、防具に流用できるかなーって……」
「それだけ硬いから加工するのも難しいって考えなかったんですかぁ!」
フィルとエリスは、エアとフェムトに比べ実際に多く会話を重ね、嫌々ながら剣を交え──二人は剣を抜いてないが──ていたことから、四人が勝手に名付けたマモンの塔と言う名の、かつて障壁による暗黒世界に包まれていたそれの地下空間で魔法に翻弄されながらも撃破した竜『ディセクタム・ドラゴン』の鱗や骨といった素材を山のように彼女よ元に二人で持ち込んだのだ。
「いや、レイピアとエストックを組み合わせたレイトックなんて剣を作り上げてしまうような天才的なスミスのアーミスなら、それくらい簡単に」
「そう…………?」
かなり食い気味だった。
「そうそう。頼れるのはアーミスくらいだよなぁって、四人が満場一致でアーミスの事を認めたくらいなんだからね!」
カストラムから距離のあるこの位置でアーミス以外の鍛冶師を誰ひとりとして知らない為に、それ以外の選択肢を奪われた上での満場一致ではあるが。
「ホントに天才的なスミスだって思ってる……?」
「思ってる思ってる! 実際、このレイトックだって使いやすかったんだからさ」
ドラゴンを倒す為に、レイトックは用いられる。その際活躍していたのは事実。
「よーしやってやろうじゃないかぁ!」
二人は、アーミスは天才的な鍛冶師だとも思っているが、その感情よりも「ちょろいな……」という言葉が漏れそうなことを必死に堪えることに注力していた。
「で、です」
「な、何でしょう……?」
「製作目的は、プレート? それとも剣だったり銃だったりの武器にもします? 防具にも流用するって言ってたので、プレート系一式にすることがお望みですか?」
「そ、そうだな。その耐久性を生かして防具にすれば、来たるアイギスの匣の開放戦も少しは楽になると思うんだ」
「間違いないですよ……。見ててくださいよ……?」
アーミスはくるくると指先で鱗の一枚を回していたが、人差し指と中指で挟むように持ち直すと、窓ガラスに向かって手首のスナップを効かせて投げた。
「あああああ!」
呆然である。
「店の中に向かって飛ばそうとしたんですよ!」
鱗は強い回転運動のおかげでくるくると回り続け、窓ガラスを割ることなく、必要面積だけ砕くように通り抜け、向かいの八百屋に向かって一直線。商品を真っ二つに切れるだけ切って、ついでに八百屋の建物の柱をも貫いて、やっと停止した。
その光景に思わず眉を顰めた二人。
「ゴラああぁああぁああ!」
当然のごとく、八百屋の店主と思しきガタイのいい男性が走って飛び出てくると、アーミスはさけびながら外へ駆け出て、ぺこりペコリと土下座を何度もして許しを乞うていた。
疲れを顔に出して店内に一枚の紅い鱗を手にして戻ってくる。
「店内で完結させるつもりだったのに……」
この鱗のポテンシャルは物凄いものだということを実演したかったのだろうが、想像以上の展開で実演してくれた。
「何が言いたいかと言うとですよ! 防具だけでは勿体ないってことが言いたい!」
「…………すごい汗かいてるけど大丈夫?」
「いろんな汗が混じってます……」
いろんな汗が指し示すのは、数十秒前の鱗の一件も然り、防具だけでは勿体ないと言いつつも、確信なく武器にも流用できないかと進言していることも一つあった。
「……武器かぁ」
正直な所、今あるグラディオの剣さえあればさほど問題は無い。鋭さは落ちるとはいえ、元々使っていた特にネームバリューも無い剣も持ち歩き、何かあった時の予備として常に手入れも欠かさない。
エリスに至っても、レイトックで満足しているようで、勿論何かの弾みで破壊されてしまうことは考えられても自ら手放すことはないだろう。
「必要が無い…………」
エリスをちらっと見て、発言は如何と確認するも、特に反応もなく消沈する。
「訳でも無いと言うか…………。まあ、とにかく良ければ買うよ?」
「つまり遠まわしに買わない宣言されてますね」
「……あぅ……」
その通りである。
「でも、私も武器が完成させられるかどうかはフィフティフィフティな所です。加工する方法が見つかれば良いものに仕上がり、そうでなければただの屑になってしまいますからね。とにかく、なにか形に出来るか、今からやってみますよ!」
丁度お互い冷や汗は収まったところだ。
「じゃあ、またクレインを発つ頃にここに寄ることにするよ」
「ただ、次の目的地が定まってるからそんなに長いはしないかもしれないですけど……」
大刹の如く祠をマモンの塔から一望した景色の中に見つけ、それは四人の中では間違いなくアイギスの匣が存在する場所の一つとして認識されている。
「そ、う、で、す、か…………」
早速ゴソゴソと使えそうなものを木製のくすんだ箱からあれやこれやと取り出し、カウンターの上に並べていく。
「分かりました。急ぎますね」
「それじゃあ、また」
カランコロンと扉につけられた、来客を示すベルを鳴らして開ける。二人は、アーミスに向かって扉を通り過ぎる際に振り返って、手を振りサヨナラを告げる。
それに応じて、手元を確認しながらも手を振り返すアーミス。
「いいもの作るんで待っててくださいよー!」
扉の開閉のために付けられたバーが手から離れても、それは惰性で閉まるまで動き続ける。そうアーミスの声が下のは閉じるほんの少し前で、最後の言葉は、扉が閉まりきった衝撃で揺れたベルの音と重なっていた。
「あとは、あの裏の裏のお爺さんとお婆さんのところに寄って、ピストリーナの様子を見に行ったふたりと合流する?」
「そうだな。あの爺さんにはなんて言われる事やら知れたもんじゃないが……」
アーミスの祖父の家へ向かうには一度通りを進んで、遠回りをしなければならない。少し時間はかかったが、お爺さんの家へたどり着いた。
「カンカン」
扉に付けられたドアベルを鳴らす。
するとほどなくして扉の向こうからとたとたという足音が聞こえ、扉に掛けられていた鍵は開かれ、昨日も見たお婆さんが出迎えてくれた。
「ああ…………! 生きて帰ってきたんだね!」
突然、並んでいたふたりを一つに抱きしめたお婆さん。顔の近くなったエリスと共に、お婆さんした行動に少し恥ずかしさもあったが、素直に嬉しさで心が埋まる感覚がよく分かる。
しかし、その感覚が一瞬にして冷めてしまった。
「おまんら帰ってきたかァ! 何度か情報は与えてやったが帰ってきたのは初めてだぞ、っアッハッハッハ!」
折角しんみりとして情に浸ることの出来た時間をぶち壊しにするゲラ笑い。情報提供のありがたさも感じつつ、空気の読めなさも共に感じてしまうのが悲しいところだ。
「いやぁ、これでも分かっとったぞ? おまんらがいきてかえってくることくらいなぁ! ガーハッハッ!」
「ど、どうも……ははは……」
エリスは笑いながら可能な限り外面だけは愛想笑いで固め、引き攣っている内心を外に出さないように心がけていた。
ということがフィルからもわかる程度には顔も引き攣っていたのだが、フィルも内心では「絶対帰ってくるなどと思ってなかったが、わしの忠告があったお陰で帰ってこれたんだなって思ってる」と思っていたので、会えてその表情に何かいうことは無かった。
「ごめんなさいね。忠告をしても行くことは分かっていたけれど、帰ってくるとは思ってなかったのよ。またあなた達の顔が見れて本当によかった……!」
そんな二人の表情を察してなのか、お婆さんは優しい口調で、本心だと言うことが目に見えてわかる言葉を語りかけてくれたおかげで、エリスの表情筋が緩んだ。
「さぁさぁ、中に入って! またお茶でも出しますよ」
「あ、そんな気にしないでください! あの塔について教えてくださったので、改めてそのお礼にと思ってお伺いしただけなので……」
「あらそう? でも、今日焼いたばかりのお菓子があるの。ぜひ食べてってね」
ルンルン気分のお婆さんを見ていると、否定することは出来ず、その言葉に甘えてお邪魔することにした。
「ほれで」
席に着くやいなや、お爺さんは前のめり気味に詞を発する。
「あの塔には何があった? やっぱり何かの手がかりがあったか?」
塔であったことの全てを話してしまうと、諸々影響が出るのではないかという心配が真っ先に現れ、言葉を選んで会話を進める。
「あの塔の地下にはドラゴンがいました」
「ど、ドラゴンじゃあぁ!?」
「紅いドラゴンがいましたよ。それに、お爺さんの言っていた、罠も確かにありました」
「そ、そうじゃろおぅ? やっぱり何かあると思ったがあっとったか、良かった良かった」
「でも何であの塔には、縦穴型の罠のような構造があると思ったんですか?」
エリスの質問に、口に含んでいた夏にも関わらず湯気を立てている熱いお茶を霧吹きと見間違えるように吹き出す。
「おえっほ……っほぉい」
「だ、大丈夫ですか!?」
奇妙なくしゃみだと思いながらも、反射的に少し腰を浮かせる。
しかし、お爺さんは手でその動きを制止する。
「大丈夫じゃ、っけほ……大丈夫大丈夫。歳をとると噎せるんじゃな」
お爺さんは噎せた原因の熱いお茶で喉の違和感を流し込む。
「それにしても地下にドラゴンとは……。よっぽどその地下は広いんじゃろうなぁ」
「そうですね。軽く百メートルでは利かない程度にはありますね。ドラゴンが軽く翼で舞えるくらいには広かったですから」
「そうなのねぇ。ドラゴンなんてもの、私も本の中でしか読んだことがないから、本当の姿を一度は見てみたいものねぇ」
奥で支度を終えたお婆さんが、お盆に大量のお菓子と、三人分の飲み物を乗せてやって来た。
「私も初めて見ましたけど、姿形は想像通りでした。強さはお話ではまだまだ実物には遠いくらい強かったですけどね」
「じゃが、ここに帰ってきたんだ。そのドラゴンも倒してきたんだろう?」
「もちろん…………」
四人はドラゴンの話で持ちきりになり、およそ一時間ほどは家の中で話をしていただろうか。気づけば大量と口にするほどのお皿の上に盛られた焼き菓子、主にクッキーの類は見るも無残に食べ尽くされていた。
***
今日は早くも旅立ちの日。
早くも、と言いつつマモンの塔攻略から既に三日が経過していた。
「ううううう……!」
毎朝のように四人の唸り声が部屋から聞こえていたことにより、宿泊していた宿からは見事にクレームが入ったが、身体の痛みに耐えられずに発した声であるため、十分な休養が取れたかどうかを判断するには一役買ったのだ。
今日は誰の唸り声も聞こえなかったことから、この日が旅立ちの日だということを誰もが悟り、朝起きて、寝癖の強いボサボサの髪を整えて、旅支度をするという行動を四人の誰しもが終えていた。
四人はクレインの集落から旅立つ前に、クランディルクに立ち寄る。
「こんにちわー!」
無人の店内では、扉のベルの音と陽気なエアの挨拶が吸収されてしまう。顔だけのぞきこんだ格好のエアは、何の反応もないことに思わず身体の動きがピタリと止んでしまった。
「誰も返事してくれないぃ……」
「店は開いてるんだから、アーミスが居るはずなんだがな」
今までであればベルが音を発すれば、接客のために店先に現れていた。
「何かあったとか……?」
四人の間には妙な空気が流れてしまう。店とはいえ、初めてこの店を訪れた時のようなことを続けていれば、いずれ何らかの事態に陥ってしまうことは想像に難くない。であるために、その展開が脳裏を過ぎってしまい、背筋が震えてくる。
「アーミス……! アーミス!」
再度呼びかけてみるも返事はない。
エアの頭の上から僅かに腰を屈めて店内の様子を窺っていた時、支えがわりにと背中に触れられた手にすら身体が震えてしまった。
流石に心配の度合いが増し、扉を勢いよく開いて店内へと突入するように踏み込む。
「おい、アーミ」
「でっ、きたあああぁあああぁあ!」
一歩目で出足をくじかれた。
「アーミス!」
「っえ!?」
反射的にその名を呼ぶと、アーミスは店の奥、恐らくは鍛冶場から急いで店内へと顔を出した。その姿は、仕事着のつなぎを黒く汚し、ついでに鼻先も汚していた。
「あれ、皆々様お揃いで」
「少し心配した……」
「それより出来ましたよ! 頼まれていた……? ぶ、武器が!」
頼んだ記憶はないので、言い淀んだことは正解である。言葉を発し終える前に、食い気味で言われた武器という言葉に、やはり開放者としては興味がそそる。
それはフィルだけではなく、ほかの三人も同様なようで、気付けば店内へと入っていた。
「ふっふっふーん! これです!」
じゃじゃーんとアーミスの口の効果音もついた所で、右手に包まれた一つの小さな紅く、しかし桃色に白色にとグラデーションのかかった針状のもの。
「アークスです!」
「アーミス?」
「アークス! 名前は似てますけど、アークスはちゃんと使われてる名前なんですからね!」
針状、正しく針を表すアークスは、暗器の一つに属されるものだ。アーミスが提示したアークスは、ディセクタム・ドラゴンの紅い鱗を円形に丸め、先を鋭く尖らせたような形状をしている。
「結論から言いましょう…………」
得意気に、顔を片手で覆って言う。
「このアークス、なんと投げてから加速するのです!」
「加速!?」
真っ先に反応したのはエア。
「そうなんですそうなんです! このアークス、手から離れると、元々鱗に含まれていた魔素がいい具合に働いて、回転運動と共に投げた方向に加速しながら進んでいくのです。大発見ですよ! 大! 発! 見!」
興奮したまま口早にアークスについて語り出す。身振り手振りがとても多く、アークスの動きを再現しているほどだ。
しかし、粗方話し終えたところで、一旦クールダウンしたようで。
「どうでしょう……?」
穏やかな口調で、その声は確実にやり過ぎたと反省の色を見せていた。
「いや、凄いな……! 加速する暗器だぞ? そんなものなかなか無い」
「これは、距離が離れてれば離れてるほど加速するの?」
「あう……。それは残念ながら分かりません。所詮魔素を大量に持つドラゴンの身体の一部だとしても、鱗では末端も末端です、それほど多い魔素の含有量ではないと思います。なので、あまりにも遠すぎると魔素切れを起こして逆に失速するのではないかなーという仮説を立てました」
「そっか……。ならその失速する寸前さえ見極められれば……」
「鱗によっても魔素の量は違うだろうからなぁ。それを知るのは難しいなぁ」
「ということで、改めてどうでしょう……?」
加速する暗器など初めて聞いた。フィルは迷うこと無く購入を決意する。
「ありがとーございます! 防具もちゃんと出来てるので、そっちもぜひ引き取っていってくださいね」
続けて口元に手を当てて小声で言う。
「素材が素材なので、市場に出回っているレベルのものではありません。あまり暗器のように明るめの色だと珍しく思われて悪目立ちするので、暗めに作っておきました」
実物を見れば、確かにそれは今までの形状と同じで、かつとても軽く、しかし耐久性には優れていそうである。手で叩いた程度では完全には判断しきれないが、金属製のプレートには無い僅かに撓む柔らかさがあり、衝撃を吸収するのだろう。
「流石の技術屋だな」
「褒めないでくださいよぉ」
くねくねと照れながらも、渡した代金を素早く手元に仕舞い込む姿はマモンかと思うほどに強欲だった。
「……でも、これで本当にお別れですかね」
「…………そうだな」
なにか突然虚無感が訪れる。急激に、ぽっかりとした。
「クランディルクはここ以外にも色んなところにあるんだろ? そこにはいずれよることになるさ。そうしたら話の一つや二つは流れてくるだろ?」
「そうですね……。宜しくお願いします」
店を出る時にはすっかり空気が重くなっていた。
短期間ではあったとはいえ、アーミスの性格はどこか取っ付きやすさがあった。それにより、必要以上に踏み込んで接していたのかもしれない。
「また来るよ……」
「嘘ですねぇ?」
「っはは」
剽軽な作った声で、光の速さで返答され思わず吹き出してしまった。
「そうだなぁ……。じゃあ、ここでの仕事がなくなったら、どこかに旅でもしていてくれよ。そうすれば会う時は来るかもしれない」
「塔を目当てに開放者がよく来てましたけど、どっかの誰かさんが無事攻略してくれましたしね!」
「そうそう」
「…………はぁ……。気が向いたら度でもしますよ。それはもうレアな功績ザックザク取りに……!」
最後まで別れを暗いものにしないようになのか、それとも本心からなのか、その言葉は気を楽にしてくれた。
「楽しみにしてるよ」
空を一度見る。まだ朝も早いために、太陽はまだ寝転んでいる。
「それじゃあ、行ってくるよ」
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