1-13 白紅の華
白紅の華
その集団に出会ったのは、クランディルクで働くアーミスの祖父による要求を受け入れ、フィルとエリスの二人の目の前で突如起こった強盗犯から盗まれたものを取り返すべく、急ぎ扉を開けて走り追いかけた直後。
「おふたりさん、おふたりさーんっ!」
二人が走る通りを塞ぐように三人で立ち、かなり遠くから大きく手を振って自身の存在をアピールする。勿論初めは二人共自身らに対して向けられているものとは思わず、その行為の対象に気づいたのは、背後を振り返りつつその集団に近づいた後だった。
「おふたりさん。ちょっとストーップ!」
「何でしょうか?」
静止を促された二人は一度足を止め、初対面ながら二人の邪魔をする集団に対し警戒感を抱きつつ返答する。
「そ、そんな険悪な雰囲気醸し出さないでよ……」
「急いでるので」
「その急いでいる理由っていうのは、やっぱりこれかしら?」
白地に深紅のラインが施されたプレートを身につけ、身体全体をおおう黒く光を反射しないマントという格好の三人の女性グループは、一つの袋を取り出す。
「これ……は……!」
「そうよ」
「あなた達が取り損ねた光景を偶然にも見ていたので、その様子から逃げていたのが強盗だということが分かりました。なので、追いかけて取り返しておきました」
「あ、ありがとうございます……!」
「とはいえ」
差し出された袋を受け取ろうとした瞬間、スッとそれを引かれ、エリスの手には触れない。
「タダで渡す訳には行きません」
「ごめんなさいね、古典的な方法で……」
「それが無いと困るんだ」
「知ってるわ。だからたった一つ条件を飲んで欲しいの」
にんまりと笑う口元に多分の不気味さを感じつつも、その先の言葉を聞き続ける。
「何ですか……?」
「あなた達があのお爺さんとお婆さんから受け取る情報を私にも流して欲しい、ただそれだけよ」
「私達としてもアイギスの匣を開きたいというのが願いです。未だ一つとして開かれていないアイギスの匣……。それを開くには大なり小なり情報が必要なのです……!」
フィルの許容量を越える怪しさが、嫌でも感じられるこの集団の目的はそれだけなのだろうか。
「本当にそれだけが望みなのか?」
一歩エリスの前に出て、自身を盾にしてその気持ち悪さからエリスを遠ざける。
「そんなところで嘘は吐かないわ。あなたも開放者だから、その情報が喉から手が出るほど欲しい……。そうじゃないの?」
「別に私達は開放者であっても、人と優劣をつけるために何かをしているわけじゃないですからね」
「それは殊勝な心がけだな。だがそんな事どうでもいい。時間が惜しいんだ! 条件を飲むかどうかをイエスかノーで答えろ」
今まで言葉を一言も発していなかった三人目が、焦りを前面に押し出して二人に問い詰める。
「黙っててあーちゃん」
「いつもこんなだから気にしないでください。どうしても一番にアイギスの匣を開放したという名声が欲しいって常日頃からボヤいているので……」
「ああん?」
「はいはい」
あーちゃんと呼ばれている気が短い性格が明らかな女性は、もう一人のメンバーによって少し遠巻きに距離を取らされた。
「本当にごめんなさいね。でも私達は、それほどにあの匣に賭けてる。いろんな理由があって、話すと長くなるけれど、それは本当のことなのよ」
フィルはエリスに助け舟を求め視線を送るが、どうぞお好きにとばかりに視線を視線で跳ね返される。
「分かった……。その条件を飲もう。どちらにせよその中身が無ければあの二人からは何一つも情報が得られないんだからな」
フィル達も、目の前の三人組のどちらも情報を得るか、相手の未知数な危険性から恐れて情報を一つも得ないという二つの選択肢を天秤にかけて、前者を選択する。
この時点で行き詰まるよりも、先を越される可能性はあっても情報を得ることで先へ進むことが出来る道を選んだのだ。
「ありがとうございます……!」
驚きで、交換条件を提示してきた女性はフィルの手をガバッと握り締め、頭を深々と下げてお礼をする。
「これからどうしましょうか……? 私達は外で待っていた方がよろしいですか? それとも中でおふたりと共にお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「……そうだな……。一緒に聞いていてくれた方が話を何度もしなくていいだろう。それに偽の情報を掴まされたとかいう苦情はこっちにも言えないだろうからな」
「分かりました……! 本当にありがとうございます」
もう一度女性は頭を下げて感謝の意を示す。
「それではこれをどうぞ」
袋を差し出されたのでエリスが受け取る。早速中身を確認すると、それは確かに二人が今まで見たことのない金属的な輝きを反射させる物体が入っていた。
「凄い綺麗だよ、これ……」
複雑な構造を持つにも関わらず、全てが規則的。それはフラクタルな構造を持つようでいて、自然に形成された金属だとすれば、これが高価で貴重だという話は、誰しもが何の抵抗もなく受け取ることが出来るだろう。
「迷惑がかかると申し訳ないので、話は私が代表して聞かせていただきます。早速……」
「そうですね。早速話を聞きに行きましょう。もう夜も耽ってきましたからね」
そう言えば、クランベリーピストリーナへと向かったはずのフェムトとエアの二人はどこへ行ったのだろうか。いい加減夕焼けは消えてしまい夜の帳が下りてきたのだ、今夜はこの集落に一泊することを考えれば、二人と早いうちに合流したいという気持ちもある。
しかし、女性の提示した条件を飲下したからには、優先順位はそちらが上。
遠巻きにこちらを臨んでいた二人は、一定の距離を取ったままこちらのあとを付けていることがこれもまた不気味であったが、一先ずアーミスの祖父母の家に舞い戻った。
ドアを二度強めにノックして扉を開ける。
「え……! もう取り返してきてくれたのかい?」
第一声は驚きのあまり、上擦った音も同時に発せられた。
「これをどうぞ」
「本当に取り戻してきてくれたのかい……! ありがとう……!」
「んなこたァどうでもいい! その後に突っ立ってる女は誰だ?」
早速お爺さんの目にとまる。
「初めまして。私はイオナ・ルーシュと申します。その盗まれた荷物を取り返した張本人です」
「おまんがこれを取り返したってーのか」
「そうです」
「だったらお前ら二人に情報を渡すわけには行かねーな! 取り返したのが他力だってーのにテメェのもんにするってぇのはちょっくら虫が良すぎるんじゃねぇのか」
「ちょ……」
「それは違いますよお爺さん」
エリスとフィルが口答えするよりも早く反論の言葉を言い切ったのは、その思考を植え付けたイオナ本人だった。
「なにがだ」
「私達は、あの強盗犯を追い掛けていたこのおふたりに出会わなければ、そもそもお爺さんがアイギスの匣についての情報を持っているということすら知り得なかったのですから」
「それでこいつらにも話を聞かせろってぇか」
「あなたも損はしないでしょう? 私達はそれによってお互いウィン・ウィンの関係を築いていますから、その関係に混ざりたくはないですか……?」
「そのウィンはレアな鉱石って訳だ」
「不服ですか?」
「いーや、そんなこたァねぇよ。いいだろう話してやるから、とりあえず座りやがれ」
「素直に最初から話してあげればいいじゃないですか……」
台所で食器を布で拭きながらつぶやくお婆さん。
「うるせぇやい」
今でも夫婦は仲がよろしいようで何よりだと思いながらも、大切な情報を一言一句逃さず記憶に留めておくべく椅子に腰掛け集中する。
「よし、それじゃあ話してやろう」
お爺さんは一つのあるものを取り出した。
「おまんら、これはなんだと思う?」
そのあるものとは、一枚の鋼鉄のような硬さの、オレンジがかった中に燻る紅色が目に優しくない、薄く平べったいもの。
「鱗だ……! どこでこれを……!!」
イオナの大人しい印象を崩す興奮のしよう。
「落ち着け……。そして、これはお前の言う通り鱗だ……」
「何の?」
「それは分からん。その、未知の塔の麓にポツリと一つだけこれが落ちていたからな」
「何かがそこで落としていったのか……。それともそこに運ばれてきたのか……」
「この鱗が落ちていた場所。それが近頃その話を聞きつけて人がわらわらと集まってくる場所だ。何度も言っとるが命の保証はせん」
「それはどこにあるんでしょう……?」
「場所は、この集落の東南部の道を進んでいった先だ。初めは獣道だったが、人の往来……専ら往が多いが、そのせいで見分けやすい道になっちまった」
「早速そこに行ってきます……」
「死ぬと言っておろうが!」
「そこにしか手がかりがないのなら、今すぐにでも」
話のすべても聞かずに、場所のみで挑もうとするほど、何を焦っているのだろうか。先程の口が悪いメンバーのひとりと同様な様である。
「ありがとうございました。有益な情報でしたよ。お二人もまた会う時があったらよろしくお願いしますね」
ニコリと微笑みを浮かべてそそくさと立ち去る。
「何じゃあいつは……。折角人が話してやっとるというに……」
「私たちが続きを聞きますから、是非お願いします」
「そうじゃな……」
怒りが募ったと言うよりは、不信が募ったことによる一瞬の感情の揺れのようで、お爺さんはすぐに続きを話す。
「この塔の大きな特徴じゃ」
「それは……?」
「遠くからでは決して見えないように作られているのだ」
「……?」
「言葉のそのままじゃぞ?」
「遠くからは見えない……ってことは近くからは見える?」
「そう。だから元々そこにあったが気づかなかったのかもしれん。見つけたのが一年前と言うだけだからな。それなのに先走って、なんちゃらのかんちゃらってーもんに釣られて命を粗末にしよる」
なんちゃらのかんちゃらは確実にアイギスの匣を指しているのだろうが、フィル自身もやはり、その年月の関係性は疑ってしまう。この辺りはバロールの出現によって大きな様変わりはしていないにしても、それ以外の変化がしていない保証はない。世界的に大きく変貌を遂げたのだ。
「その塔は根本に近づき見上げればその高さを眺めることは出来る。しかし、少しでも離れてしまえばそこにあるはずの塔は忽然と消えて見える」
「なにか障壁のようなものがある……とか?」
「鋭いな小娘」
「障壁……?」
「鈍いなぁ小僧」
「遠くから見えないのなら、当然視覚的に作用する何かがあるでしょう? 障壁のような何かがあるはず」
「そんなもの見たことないぞ……?」
「障壁自体は珍しいらしいわ。何でも、自身の障壁を持っている魔獣もいるって情報板で貼られていたほよ。それでも今まで数件しか無かったもの」
情報板の主となっていたエリスだからこそ分かる情報だ。
「その魔獣とやらも実際に拝めたことがないからなんとも言えんが、それに近いものだろうな」
「しかし、視覚的な障壁なら別に」
「ああ、大したことは無い。実際その障壁を跨いだからと言って外に出てくることが出来ないというわけでもないからな。ただ、外から見れば塔のある領域は木々が繁っている森なのにも関わらず、中から外の世界を見ようとすれば、真っ黒な暗黒世界が広がっとる」
「暗黒世界……!?」
「空もない、木々も見えんし地面も分からん。地面を歩いているという感触はあっても、それを見ることは不可能。不気味な領域だった……」
その時の光景を思い出して感慨深げに思い出にひたるお爺さん。
「他には何かありませんか?」
「そうだなぁ……。これといった特徴は思いつかんが、この鱗の持ち主ではないなにか動物が中を蠢いていたくらいだな。塔の中への入口は見つからんかったし、何かがいると思ったもんじゃから塔から離れて帰ってきた。だから生きとるが、外から昇れる螺旋階段があるんだ」
「塔に巻き付くように作られている感じですか?」
「そうだな。その表現は間違っていない。幅の広い、一段一段が踊り場のような階段がずうっと上まで続いているんだ。まあ、空が見えないせいで具体的な高さは分からんが、相当高かったのは確かだ。もしあれが唯一の入口だとしたら、登るだけで骨が折れる」
物理的に、と口に出したかったが怒られそうなので止めた。
「精神的にも物理的にもな」
本人に言われてしまった。
「とにかく、あれはそんな塔だ。その骨の折れる螺旋階段を上って行ったのかは知らないが、帰ってきた者はいないんだ」
「それは本当なんですか?」
「嘘を言っとるというか!」
「違います違います! ただ、聞いてる限りそれほどの難易度を誇るものでは……」
「馬鹿にしよって。甘く見ておると痛い目みるのは世の常だぞ? 帰ってこないという事実があるのだ。それくらいは信じてくれ」
場を支配する静寂。
話に夢中になっていて、お婆さんが気づかないうちに置いてくれた冷たいお茶は温くなっていた。
「予想じゃが……」
「はい……」
「ワシはこれでも狩人として生きてきた。その感覚が言っとるのは、あの塔の中に何かがあるってことだな」
「入れない中へ通じる入口がどこかにある……と」
「わざわざ外側に、しかもむき出しに螺旋階段を作る阿呆が、中に何も作らずに完成させるわけがない。何科があるから外側に螺旋階段をつくったにちげぇねぇ」
お爺さんは指をパチンパチンと二度鳴らして、家の奥を指さした。
「今度はあれを見てみろ」
示したのは一つの罠。見た目は一本の筒にしか見えない。
「あれは俺が作った筒虎挟みって言うもんだ」
再びパチンと指を鳴らす。
「一見ただの筒だが、あれを地面に刺しておいておく……。すると、四足歩行する動物の足があの筒にハマるんだ」
「虎挟みってことは、中にそれが……」
「そういうことだ。中にそれがついているから抜けられない……」
「あれに近い構造がそこにあると言いたいんですね」
「あくまでも予想だがな。今頃は熟思うよ」
背もたれにどっかりと凭れかかり、低い木目の天井を見上げるお爺さん。
「あのとき引き返していて助かったってな」
「入ったら出られないなんて待ち受けているものは簡単に想像つくもの……」
「……っハハハ」
お爺さんは噴き出すように笑う。
「どうせおまんらもその塔に行くんだろう? いくら止めてもな」
思わずフィルとエリスは顔を見合わせる。
「間違いないですよ」
目の前で止める人がいながら、その言葉を口にして良いのかとも一瞬思いはしたが、嘘をつくよりも正直に言ってしまえば良いだろうという思いが先行する。
「まあ構わん。おまんらが死のうが生きとろうが関係ないからな。しかし、忠告はしたぞ?」
「なにか対策をしてから行きますよ」
「あら! 何か装備が欲しい時は是非クランディルクに行ってあげてね……!」
商売上手で孫思いなお婆さん。
「せっかくだからな。死んで帰ってくるなんざ百年早いってことを覚えておけよ」
その顔は今日出会ってから最も真剣な眼差しと表情。
「忠告は、確かにしたぞ」
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