1-12 クレインでの手掛かり
クレインでの手掛かり
「塔……?」
頭の中に無かった言葉に、目的地であるアイギスの匣を目指す上で必要な手掛かりに関係しているのではないかと思い、聞き返す。
「あれ……? 違ったんですか?」
「塔なんて知らないよ……?」
「詳しく教えてくれないか!」
「ごめんなさい……。私も詳しくは知らないんですよ。何せ、どこから聞きつけたのか、あの塔を目指してうちに寄られる人は沢山いましたけど、その人が帰ってきたというのは聞いたことがないですから」
「誰一人……?」
「え、ええ……」
「聞くからに怪しい……」
「も、勿論全員が全員亡くなったとは思いませんよ。ここに戻らずに帰られた方もいるかもしれません。でも、ここが最寄りなので、食糧や装備品の点検などはここでやっていく人がほとんどなので……」
「その塔は昔からあるんです?」
「いやいや、それが発見されたのはちょうど一年くらい前……って言ってた気がしますよ」
「一年前」
その塔とやらは魔獣が現れた一年前に発見され、人を飲み込むほどの難易度を持つ所。
「手掛かり……?」
「本命家はわからないが十分な手掛かりだろう」
「詳しいことは、第一発見者の爺ちゃんに聞いた方がいいですよ。家の裏の裏の爺ちゃんが見つけたらしいですから」
「そっか……、ありがとね店員さん」
「いえいえ! ところで……」
「?」
「武器はどうされます?」
しっかりと覚えていた。
「そうだった……っていってもちゃんと決めてあるわよ」
よいしょと背伸びをして、比較的高所に掛けられている剣に手を伸ばしている。
「ふむー……!」
唸りながら、絶妙に手の届かないエリスの横からフィルは手を伸ばして、かけられた剣を取り渡す。
「こ、これにするわ」
「またレイピアみたいな……」
「レイピアじゃないわ! エストックよ」
「大して二つに変化はないですけど、剣身が菱形なのがエストック、ほぼ円に近いのがレイピア……って感じですからね」
目的はほぼ同じ、レイピアの前身がエストックといわれているほどで、エストックは両手突き剣であることが大きな違い。
「これは私が作ってるので、エストックに寄せたレイピアのイメージです。名付けるならばレイトック」
「幾ら?」
「わぁー! 待ってくださいよ! レイトックレイトックレイトック!」
買えそうになかったので話を聞こう。
「エストックは両手剣ですよね? でもレイピアは基本片手剣。このレイトックは、エストックのように両手で扱える上、しかし、レイピアのような軽量感を持っている……。だからスピーディーな攻撃と繊細な動作が、片手でも両手でもできるという優れモノなのですよ!」
「それは便利で良さそうじゃない! エストックはどうしても重いから片手じゃあ操るのは難しいからね」
レイトックの特徴についてさんざ述べた。
「これにするわ」
その話を聞いて、性能は勿論、物珍しさも相まってエリスの購入意欲は高まり、決断を下した。
「ありがとうございまーす!」
早速、エリスはエストック──もといレイトックを腰に差す。飛んだり跳ねたり走ったりと身体を揺らしながら装備感を試すと、より納得がいったようで、会計を早く済ませて外で剣を振りたくてしょうがないといった、新たなおもちゃを得た子どものようにはしゃいでいる。
「メンテナンスが必要になったら、うちに来るか、家と同じ店に行ってくださいね! 結構色んなところに家の『クランディルク』の名前を見ることが出来ると思いますよからね! ちなみに私はアーミスって言います。クランディルクの店でいえばわかると思うので、使ってやってくださいな!」
「ありがとう、大事にするよ」
「塔のことは、裏の裏の爺ちゃんって言いましたが、あの爺ちゃんもなかなかな偏屈さを持ってるので、私の名前を出した方が早く事が進むかもしれません」
「うっ、そうなの? じゃ、じゃあ、その時もそうするわね」
「是非是非! ありがとうございましたー!」
店をでて裏の裏、通りを一本移した先へ移動する。
「ふっふふーん……!」
見るからに浮かれて、緩みきった表情筋。しかし、その気持ちはよくわかる。
しかし、その表情筋に力が入り険しくなる事件。
「だ、だれか……! その人を……!」
典型的な強盗。道で倒れゆく老婆に、焦点があった視線。その中間に、せわしなく蠢く物体。その物体は正しく目の前で起こった強盗事件の犯人。
「強盗!?」
犯人はこちらに向かって一目散に走ってくる。
身体を歩く人に何度もぶつけながら、その目の意味があるのかという程である。
「捕まえるよフィル!」
「……はいはい」
フィルは歯切れの悪い返事をする。もちろん、捕まえまいと思った訳では無い。どれかと言えば、その猪突猛進に突き進むエリスに、呆れるほどの眩しさを感じたくらいだ。
「路地に入る……! 挟み撃ちにしようよ」
「じゃあこっちから遠回りして行くぞ」
「了解っ!」
その猪突猛進さがフィルに募らせる心配といえば、新たに手に入れた腰に下げるレイトックなる剣が火を吹かないかということくらいか。
そんなことを考えていれば犯人に逃げられてしまう、無駄な思考も程々にして、路地の行き着く先へと先回りする。
「この集落の人間か……、でもそれならこの小さな集落ではすぐに犯人とバレてしまう……」
であるならば、犯人も地の利がないどこか近郊に住む人間と見るのが妥当。
「こっちか……?」
犯人に地の利がないからとはいえ、それはフィルも同じ。しかし、この集落の人間で無いとすれば、逃げた先にある道から走り抜ける可能性が高い。
「ここだな」
フィルは一点に狙いを付けて、強盗犯が近づいてくる瞬間を待つ。頼むから犯人を真っ二つにしないでくれよという願いを込めつつ、ある疑問が思いつく。
「それにしても何でこんなに廃れた……けふんけふん……集落でわざわざ強盗なんて目立つ真似をした? そりゃあ捕まる可能性は低いと言っても……」
「フィル!」
思考を遮るエリスの透き通った声。
目の前で仁王のごとく立っているフィルには気づいていながら、その歩速を変えることなく一直線に向かってくる。
「フィル! 避けろ……!」
避けろ。
そういったのは間違いなくエリスだった。
「っ……ヒヒ」
影が覆う光の乏しい世界。ホコリが舞う裏路地では、僅かに差す太陽光を反射した金属的な瞬刻の煌めきに気づくまでに時間を要してしまう。
「……ッ……!?」
上半身だけは回避行動が間に合う。
耳元で風が切られ、左後方の髪も少々切り取られる。その突如襲った出来事に、なんの反応をすることも出来ず、後方に遠ざかっていく強盗犯。
「フィル……!?」
その後を追って接近していたエリスは、強盗犯の追跡を止めフィルの元で立ち止まると、顔をペタペタと触り、傷がないかを確認する。
「どこも切られてないよね!?」
「大丈夫だよ! なんだ突然!!」
エリスを不本意ながら払い除けると、強盗犯が逃げた方向に鋭く刺さる視線を向けて状況を確認する。
「逃げられたか」
「そりゃ避けろって言われたら、避けますよ?」
「フィルは悪くないよ。あれには真っ向から向かって戦うにはあまりに分が悪い……」
「分が悪い……? たかが強盗一人くらいに……」
「あれは魔素的な効果があった」
魔素的な効果とは。
「正確に魔素による現象なのか、それとも全く別のものなのかまでは判断出来ない。けれど、何か……腐敗……? 化膿? させるような特殊な力をナイフに込めているのは間違いない」
「追っている時に何かあったのか……!?」
「人間じゃないよ……幸いなことに。あいつ自身に驚いて羽ばたいた食用鳥を一振り浅く傷つけたと思ったら、その形が崩れるように脆くなった……っていえばいいのかな」
「だから、腐敗……か」
「そう」
どこか悲しげな表情を浮かべ、フィルを引き起こす。
「持って行かれたものも取り返せなかったし、あのお婆さんもことの顛末が気になるだろうから、残念な結果だけど教えてあげに行こうか」
フィルが待ち伏せのために入り込んだ路地から、広く人通りもある集落を十字に貫くうちの一本の道へと出、事件の発生現場に向かった。
そこは野次馬が数人いる程度、残りは倒れたおばあさんに付き添っていたりと、優しい世界が見えている。これも集落という特性なのかもしれない。
「ごめんなさいおばあさん。追いかけたんだけど逃げられてしまった……」
「ありがとうおふたりさん……! なにかお礼でもしないと悪いわねぇ」
エリスの謝罪の言葉を遮って、陽気な様子で話しかける。
「え……、でも……」
その言葉にも様子にも雰囲気にも困惑して音を漏らす。
「気にしなくていいのよ……? 取り返そうとしてくれただけでも嬉しいもの……! どうお礼をしようかしら……」
「そうねぇ…! 私のうちにでも来て、なにか振舞ってあげましょう。大したものは出せないかも知れませんけれど、どうか私の気を収めるためだと思って! ねぇ、どうかしら……?」
「ぜ、是非是非お邪魔させていただきます……」
喜ぶに喜べない状況の中、多弁なお婆さんの次から次へと間欠泉のように勢いよく噴出した言葉に、断る選択肢もなくその言葉に了承する。
「それは、良かった! こちらに来てくださいな」
そうお婆さんに案内されたのは、先ほどまでいたクランディルクにほど近い、まさに裏の裏という辺りの一件の家。
「さあさあ! お入りなさいな」
促されるままに「失礼します」と発して家に入る。
「何じゃおまんら」
扉を潜った途端、奥の一室から声が聞こえる。これはもしやと、二人の頭に思い浮かぶのはアーミスが言っていた偏屈な爺ちゃんではないかということ。
「このお二人は私が強盗にあった所を通りかかって、追いかけてくださったんですよ! 恩人ですから威張り散らさないでくださいよ?」
お爺さんが掛けていたテーブルにつき、空いている椅子に二人並んで座る。
古ぼけた外見とは違い、内装は調度品が過剰なまでに置かれていることが目に痛くもあるが、飽きない部屋ではあるだろう。
「丁度、作ったばかりの焼き菓子があるのよ。是非食べて」
置かれた焼き菓子は、一見カリッと焼き上げられたクッキー様のものに見えたが、食べてみると意外や意外、ふわりとした食感が口に広がり、マドレーヌやパウンドケーキに近いものだ。見た目から与えられたイメージと掛け離れた口当たりに驚く間もなく、溶けるようにそれは口の中で消えてしまう。
「何これ……すごく美味しいですよ!」
「あらそう? それは良かったわ!」
フフフと笑いながら柔和な表情を浮かべて、喜びを表すお婆さん。
そんな穏やかな雰囲気を崩したのは、それをするならば誰もがこの人と思うお爺さん。
「ところで……だ。見ない顔だなあおまんら。何をしにここまで来た」
ついに来たと、フィルは少し背筋を伸ばして答える。
「ここに来たのは偶然ですが、ついさっきクランディルクという店で、裏の裏の爺ちゃんが一年ほど前に出来た塔について、聞けば教えてくれると聞いてきました」
「おまんらもその口か」
「と言いますと……?」
「最近はあの塔に向かうものも増えた。誰一人として帰って来たものはおらんと言うとるのに、聞きはしないからな」
「教えてやらんことは無い。が、教えるからには見返りがいる」
「見返り……ですか?」
「そんなの私が助けてもらったことでいいじゃないですか」
「いいや足らん。それ程これは簡単に言ふらすような真似をするべき代物ではないのだよ」
お爺さんはひとまず息を落ち着けようと、夏にもかかわらず湯気の立ち上っていたお茶か白湯かを飲み、声を上げた後、要求を提示する。
「今日うちの婆さんが盗まれたものを取り返してきてくれ。それが塔について話してやる唯一の方法だ。それ以外は何も受け付けん」
「そんなの今どこまでいったか……!」
「フン、知ったことか。聞きたければ取り返してこい」
「それが取り返したいから言っているのか、言いたくないから言っているのかわからないですが、盗まれたものは何だったんですか?」
その質問を投げかけると、お爺さんとお婆さんは一瞬視線を合わせ、すぐに逸らす。
「孫へのプレゼントだったのよ。珍しい鉱石だったのだけれどね……」
「鉱石……?」
意外な答えだった。
「クランディルクの店で聞いたと言っていたな」
「ええ」
「アーミスはわしらの孫じゃからな。もうすぐ奴も十五になる。そこでプレゼントの一つでも贈ってやろうと、やつの欲しがっていた珍しい功績を仕入れてくれるように頼んだのだよ」
「そうね……。でも盗まれてしまったからねぇ」
「一つ助言をしておいてやろう」
「何でしょうか」
「恐らく強盗犯は、婆さんがもっとった物が何か知っとったから奪い取ったんだ。これの意味が分かるな?」
「強盗犯はそれを必要としていた……? それそのものを利用するのか、お金として売り捌くのか……」
「前者であれば、危険だと言えるだろう? それに孫へのプレゼントも無くなってしまったからな。二人が取り戻した暁には党のある場所を教えてやろう」
鼻たかだかなのが少々癪に触るが、塔の場所がアイギスの匣に繋がるかもしれない。その条件を飲んで、塔への手がかりを聞き出すことにした。
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