1-11 クレインの集落にて

 クレインの集落にて


 バロール戦地から南東へ二十分ほどメリディオナリスの森を歩いた頃。エリスの活躍もあって、森を炎上させることもなく平和な世界を進んでいた。

 幸いにも、いや、必然なのか魔獣とは出会わない。

「このバロールの支配が切れるのもすぐだよねぇ……」

「常にこれくらい平和だったら良いんだけど」

 栗毛色の艶やかな髪を揺らすエリスと、対照的に短くボーイッシュに切られた黒髪をつんけんさせているエアの二人の脳内を占領してしまうのは、カストラムの街から始まった四人小隊の旅路で嫌という程襲われた餓狼種などの魔獣。

「この辺りに人が暮らしてれば、バロールが支配していてくれたおかげで魔獣に襲われることも無かっただろうからな。これからは大変かもしれないな」

 魔獣の中にもやはり上下関係は存在してしまうのだろう。自身より強大な力を持つ魔獣には決して近づかない、弱肉強食のピラミッド世界を形成しているのかもしれない。

「餓狼種かぁ……。嫌で嫌で仕方が無い魔獣の一つだよ……」

 エリスが漏らす。

「何で……? 他の……っていってもあんまり種類見たことないから、比較対象少ないけど、今となっては格好の獲物じゃない?」

「うーん……。なんて言うか、他の魔獣にないあの速さが慣れないんだよね。狂獅子は加速度的だけど、餓狼種は総じて瞬間移動みたいな速さで「ビュッ」て移動していく感じだから、目が追いつかなくて……」

「エリスでもそんなに悩むことがあるんだな」

「悩むよ……! あの子達には、相当手をやかされるからね? 速さもそうだけど、群れで襲ってくるわけだし……」

「囲まれると厄介なのは分かるな! 正しく四面楚歌って感じで燃えてくるぜ」

「……燃えはしないけど、何よりあの大きさが、森の中で姿をくらませるのに最適だから、人間からすればどうしても後手後手に対応が……」

「まあ、視界外に逃げ込むのが得意だからな。あの速さは常軌を逸してるのは間違いない」

 僅かに会話が噛み合わない瞬間も存在したが、その会話は森の中に現れた一枚の看板が切り分ける。

「この先……クランベリーピストリーナ! だって!」

「ほらぁ、さっき言ったから人が住んでるのが確定しちゃったじゃないの!」

「いや、俺のせいじゃないからな!? そ、それよりもピストリーナって……」

「パンを売ってるお店だよ。パン屋さん!」

「クランベリーをメインにしたパン屋ってことか?」

「多分クランベリーと、バロールと戦ったところの近くにある湖を掛けてるんじゃないかな……?」

「湖?」

「あの湖は鶴の飛来地にもなってるんだよ。だから、時期が来ればメリディオナリスの森の上空を優雅に舞う鶴が見れるの。鶴が来るにはまだ少し早いから今は見られないけど……」

「そうか。クランベリーって、鶴の好物だったから鶴を意味するクレーンとベリーを合わせた言葉……みたいな話を聞いたような聞いたことがないような……」

「そうそう! だから、この近くで取れるクランベリーと、鶴の飛来地ってことを掛けてクランベリーピストリーナって言う名前にしたんだと思う」

「そんな話ばっかされると腹減ってきたな……」

「戦いでつい忘れてたけど、朝から何も食べてないもんね。日も傾いて、もうすぐ四時くらいにはなるんじゃない?」

「そりゃ腹も減って仕方が無い訳だ!」

 目を輝かせるフェムト。

「ハイハイ。よればいいんでしょ? よれば」

「やっぱり、そうだよな! そう来るしかないよな!」

 二つのことを同時に考えられないフェムトだということはこの二日間で身に染みて知った。とはいえフィルもエアもエリスも、朝以降食事をとっていないことも確か。フェムトの雰囲気に便乗して、「私はお腹が減っていないけどフェムトがそういうなら仕方が無い」という表向きな感情を出して、クランベリーピストリーナへ向う事にした。

「しっかし、こんな森の辺鄙な、誰も通らねぇところに看板が出てるとは思いもしなかった」

 一応四人は湖から繋がる道──と言っても獣道のような細道を通っては来ていた。しかし、その道は人が通った形跡は無い。獣道と言っておきながら獣も通った形跡もない。あくまで、少々開かれた道であるという程度だった。であるから、尚更不思議なのだ。

「クランベリーピストリーナ……。あっ、集落が見えるよ!」

「何っ!?」

「……集落……か」

 それぞれが口にした言葉で、その集落があったことに対して同感情を抱いたかが薄らと感じ取れる面もある。

「意外と……でかい集落だぞ?」

「本当だね。言ってたとおり防衛施設は皆無みたいだから、魔獣に襲われたら大変なことになるけど、こんな森の中にある集落にしては大きいね」

 それは四、五十軒ほどの屋根が見て取れる集落。教会や露店と言った、規模の小さな集落には見られないものも存在しているようで、四人の中には自ずと期待が膨らむ者もいた。

「ここで剣売ってるのかな……」

「いやぁ……」

 流石に逆茂木程度の防衛施設すらままならない集落に対して、その点では過度な期待は禁物であると言えよう。もし売っているならば、その理由をぜひ尋ねたいところだ。

「クランベリーピストリーナは、あの集落の中っぽいね。こんな時間だからもう閉まってたりしてないよね……?」

「なっ……! それは困るぞ! 俺の腹が満たされない」

 どう反応していいか困るが、これを真面目に本気で心から言っていることがその顔から明らかであるために憎めない。

「はいはい。早く行きましょうねー」

 エアは、フェムトの背中を押して歩みを早めさせる。

「二人はどうせエリスの剣を見たいんでしょ? あるかないかは別として、探してみてきたら? 私達で二人の分も買っておくから気にしないでさ」

 エアはエリスの懸案事項を解決させるべく、気を使って言葉をかけた。

「ありがとうエア。じゃあ私は剣を探してくるね。小さい集落だから、あるかないかはすぐ分かるだろうしね」

 エリスとフィルは二人で、先を早足で行くエアとフェムトを眺めながら集落へ進む。

「クレイン……の集落」

「正確な基準は知らないけど、この集落にカストラムみたいな石壁を建造したら街って名乗っても遜色ないと思うんだが……」

 それほどに大きな集落なのだ。見下ろす形で遠くから見ていた時よりも広く大きく感じる原因は、建物のサイズが一般的な建物に比べ一回り大きいということだろう。近づかなくては判明しない天井の高さ。

 そして中へ進むと驚かされる。

「露店も出てたけど……、まさか第三次産業的なものが見れるとは……」

 既に集落という語義の範疇を越えている。

「少しは期待できるんじゃない?」

「そ、そうだなぁ……」

 ウキウキ気分が増してきたエリス。それに対して本当にあるのか、内心はやはり心配性が発動しているフィル。

「あ、あそこだ……!」

 軒先に吊るされた、木製の剣を模したオブジェクトを見つけたエリスは、そのお店にまっしぐら。

「ふっふふーん……」

 木製のドアを、蝶番の軋んだ音をさせて開ける。中へ一歩踏み込むと感じる違和感。

「……?」

「どうした?」

「う、ううん。何でもない」

 しかし、剣が並ぶ陳列棚を見れば、それは明らか。

「!」

「どうした??」

「これ……」

 エリスは一本の剣を指差す。

「これがどうしたんだ……?」

 至ってシンプルな剣である。十時に噛ませた唾にはレリーフが施されているが、それ以外、剣身にも柄にも特別な構造が組み込まれているわけでもないのだ。

「……!?」

 しかし、値段がべらぼうに高い。

「何でこんな高いんだ……!?」

 運良く店員さんがいない。店員の目の前で今の言葉が発せられるのは、毛の生えた強心臓を持つフェムトくらいだ。一方で無神経という言い方もあるが。

「ううん、違う。この剣ならそれくらいの値段はついて当然だと思う。シンプルだけど、だからこそ、使ってる鉱石で値段が変わってくるから、それだけ良いものを使ってる。大事なのは……」

 エリスはくるりと一周見渡す。

 それに釣られフィルも共に見渡す。

「粗方同じ様な価格設定してるな」

「そう!」

 指を立てて興奮を露わにする

「しかも軽く見た感じ粗雑品は一切扱ってない……。こんな魔獣にも襲われない様な集落なのに……」

「……! 確かにそうだ」

 それは明らかにこの集落の雰囲気と釣り合わない。広く、比較的大人数が過ごしているということは容易に想像がつくが、ただそれだけでは説明しきれない何かがあるということだ。

「いらっしゃいませー!」

 中から出てくる一人の若い少年。

 溌剌とした第一印象を持たせる口調は、その違和感を些か掻き消す効果を持つ。

 その少年は横で髪を一つに結んでいる。紺色の作務衣に白いショートエプロンという格好は、どこか職人気質な側面を持たせているような心象を持たせる。

「すいません!」

 突然謝罪の言葉を口にする少年。

「?」

 至極当然二人はわけも分からず見つめあってしまう。

 しかしその真意は次の瞬間判明した。

「よいしょっ……!」

 腰の革鞘から短剣を抜いて間合いを一気に詰める。その速度は決して早くはない。しかしそれでも店内という特殊な場と、唐突な攻撃に不意を突かれ反応には少々の時間を要する。

「……っ!?」

 フィルは無論驚く。その驚きが失われる前に、左腰に下げられたグラディオ製の剣に手をかける。

 すると、剣に乗せた右手を覆うようにエリスが手を乗せる。

 再び驚かされてエリスを見れば、店員へ視線を送ったまま首を一度横に振り、フィルの行動を制止した。

「っとぉぉおう!」

 その一振りは、刃渡り十五センチメートル程の剣身の切っ先がようやく到達するような浅い剣閃。

「……っえ!?」

「っふふ……!」

 しかし、剣を奮った方が驚かされた。

 エリスはその剣閃を避け、店員の腕を直接掴み、身体を寄せたかと思えば足を掛けて床に押し倒す。そのまま、少年の足の付け根を膝で抑え、両腕を両手で固定して身動きを取れなくする。

「ガンッ」

 その光景を見て止めの一撃とばかりに、木製の鞘に収められたままの剣を、少年の耳元の床に力強く叩き付ける。

「うひぃっ……」

「どうしてこんなことをした少年」

「うー……。おふたりが本当にお強いのか確かめたかったのですよ? うちの商品はいいもの揃いだと自負してるんです! そんなとっても素晴らしい商品を私なんかの剣も躱すことが出来ない様な剣士かぶれに、売ってやる気は微塵もないのですよ!」

「それで私たちを襲ったんだ?」

「そうです! 強くて安心しましたよ!」

 エリスはその言葉を信じたのか、易易と少年を解放してしまう。

「良いのか……? そんな簡単に……」

「大丈夫だよ……。多分……。ねっ?」

「もう襲わないですよ?」

 いつの間にか短剣は腰元の鞘に戻し、両手をあげて首をふるふると何度も横に振っている。その度に揺れる横に縛った髪とショートエプロン。

「まあ、それはいいとして……」

 フィルも剣を腰に差し直す。

「こんなこと人が来る度来る度やってたら頭おかしい奴らが怒りだしたりすることないのか?」

「ああ……」

 頬をポリポリとわざとらしくかいて視線をそらす。

「まあ、そんなこともありましたけど、基本そういう人は私よりも弱いので店から叩き出して二度と来るなと追い払いますよ!」

「一人でその年なのに危ないことするなぁ」

「本当に強い人は、私が襲い掛かっても殺そうとしたりすることは無いですもん。多少反撃を受けることはあっても、そちらの方みたいな納刀状態だったり、軽くあしらわれたり……。少なくとも私の勝てない人は、殺気がないことに瞬時に気付きますからね!」

「十分危険な橋渡ってるぞ、それは」

「まあよく言われます。けど、やっぱり私が打った剣を大事に使ってくれない人に売りたくないですもん!」

 襲われた理由は平和的なもので良かった──のかは分からないが、平和的な解決をしたのは良かった。

「それにしても……」

 その店員は目を輝かせる。

「その剣……グラディオ……!?」

 フィルは察した。これはどこに行っても、エリスやこの店員のように反応されるんだと。

 その感情は横に置いておく。

「そうだ。カストラムで手にいれた剣だ」

「み……、見せてもらえちゃったりしませんか……!?」

 特に断る理由もないので、剣を差し出した。

「すっごぉ……」

 鍛冶師や剣士からすれば垂涎の的なのだろうか。

「ここまでいいものは私には打てませんが、負けないくらいの鋭さを持つ剣がいっぱいありますからね!」

 ありがとうございますとお礼を言われながら返される剣。

 ふとエリスに意識を向ければ、既に店の三分の一を見終わり、自身が次に握る、旅の新たな相棒とも言える剣を探していた。一本剣を手に取っては、

「ちょっと重い……」

といい、次にめぼしいものを見つけたかと思うと、

「これじゃ剣身が厚い……」

と発する。

「ああ……素材が前のレイピアより劣ってるなぁ……」

 こんな独り言を何度も何度も繰返しながら自身が求める最善の剣を探す。

「不躾かも知れませんけど……、なんであちらの方は剣を持たれてないんですか?」

 素朴な疑問。やはり、一人が名のある剣を下げているというのに、自身瞬時に制圧するほどの手練な人物が剣を持たずにいることは不自然なのかもしれない。

「少し前に彼女の愛剣のレイピアを砕いてしまったんだ。敵と戦ってる最中に」

「なるほど……。それは災難でしたね」

「相手も相当な敵だった。だから多少の無理が祟ったんだろうな、残念ながら……。そんな中、この街を見つけたんだけど、まさかこんなに揃ってる武具店があるとは思ってなかったよ」

「そう言ってもらえるとは……! 確かに、そこまで毎日のように多くの人に訪れていただける訳では無いのです。ただ、やはり必要としてくれる人は多いですからね!」

「少年一人で店を切り盛りしてるのか? さっき自分が打った剣だというような類の言い方をしていたけれど……」

「あ、因みに……」

「フィルは少年って言ってるけど、この子女の子だからね?」

「そうだったのか!?」

「は、はい。そうですよ! 一応これでもあるものはあって無いものはないんですから!」

「いつから気づいて……」

「押し倒した時、膝に無いものがちゃんと無かったからね」

「はぁ……」

「それもあって、離しても平気かなぁって思ったからすぐに解放してあげたって言うのもあったんだ」

「全然根拠になってねぇ」

「まあまあ」

 求める剣から一切視線を切らずに、体勢すら変化させず会話するエリス。

 勝手にボーイッシュな髪型から決めつけてしまっていた。

「尚更、よくこれだけの数の……」

「しかもこれだけ良質な剣を打ったものよ」

「あ、ありがとうございます……!」

 単純に剣を打つという作業は体力が必要である。それにもかかわらず一人で打ち続けてきたと思うと関心を越えて尊敬する。

「それにしても……」

 一旦言葉を止め、間を作って言葉を続けた。

「お二人は、剣を持ってここに来られているということは、あの塔を目指してやってこられたんですか?」

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