1-6 旅立ち

 旅立ち


 目的は、大隊を壊滅させた魔獣の討伐。

 なんでも、エリスによれば、一年前彼女が隊長を務めた部隊は二個大隊を結集した連合大隊で、人数は二百人を超えるほどの規模だという。そして、その人数を一瞬で壊滅させることを簡単に行った魔獣、バロールは人の背丈ほどの体高しか持たない餓狼種とは異なり、天高くそびえるような印象すら持たせるそれを持ち合わせるという。

「竜巻と……、水に着火するような能力っていえば分かってもらえるかな……?」

 生憎未知の能力も持ち合わせているという情報も手に入れ、カストラムの街南門から、門扉を潜って視界を奪うメリディオナリスの森へと足を運ぶことになる。

 情報板に併設されていた酒場に訪ねてきたエリスは、何一つ準備は出来ていない状態だった。その上、朝からここまで歩き時刻は夕方に差し掛かろうとしていたことから、一泊をカストラム内で過ごし、明朝日が昇ったならば出発をしようと決めていた。

 ということで。

「うおおおおお! 晴れてっぞおおおおお!!」

 小隊初の出陣としては上出来な天候に恵まれた。それを身体中で表現するフェムト。

「珍しいことが続くと少し不気味ですけどね」

「そういうこと言うと本当に何かありそうじゃねぇか……!」

「確かに……!」

 ハッとした顔をしてエアは言う。

「二人共おはよう」

 事の次第を知らないフィルが、何故か深刻そうな顔をしているエアを気に掛けないようにして二人に挨拶を交わす。

「お……早うございます……」

「エリスを連れてきた」

 肩を竦めて縮こまったエリスにら、昨日の大口を叩いていた彼女の影もない。

「お、おはよう……ございます……。エリスさんどうしちゃったんですか……?」

「昨日の威勢はどこいった」

「一晩考えたら気が変わるかもしれないと思って早朝訪ねたら案の定……」

「トラウマなのよ」

「だそうで」

「まあ……」

 正直、ここにいる誰もが彼女と同じような境遇を体験してしまえば、その事態は常に脳裏に蘇るトラウマとなって付き纏うことはまちがいないだろう。

 昨日は売り言葉に買い言葉。しかし、行くと言ってしまった手前行かないわけにもいかない。

「せっかく行くと決めたんだ。あの生活に入り浸ってこれからを過ごすのは嫌だって、一瞬でも思ったんだろうからな」

「むー……」

 むくれてる彼女だが、一挙に二百人の死を目の前にしたのだ。近づかなくて済むのなら二度と近寄りたくない気持ちは痛いほどわかる。

「とにかく行こうぜ、何分距離があるんだ。チンタラしてたら日が暮れちまう」

 方に軽くのしかかる程度の重さの空気を、フェムトはその手でいとも簡単に払ってくれた。

「そうですね……! いつ雲行きが怪しくなるかなんて分からないですからね!」

 フェムトは自身の頭を掌で軽く手を叩き、「かーッ」と言いながら天を仰ぐ。

 その行為が何を示していたのかはわからなかったが、取り敢えずは石壁の外へ向かう。

「……」

 感慨深げに街を見回すエリス。前を往くエアとフェムトの二人との歩行速度の違いから徐々に二者間に距離が生まれてしまうが、エリスはここを離れ暫くの間アイギスの匣開放に向けて冒険をすることになる。最後となるかもしれない故郷から早く離れろと口に出すことなど出来ないし、そう思いもしない。フィルは彼女から一歩引いて後をつけるように歩き、その横顔を眺めている。

「何じろじろと人を見て」

「え? あ、いや。じろじろ見ていたつもりは無いんだけど、今まで生きてきた故郷を離れるのはどんな気持ちなんだろうって……」

「フィルにも生まれ育った街はあるでしょうに」

「そういう訳でもないんだなぁ、それが」

「そうなの?」

 当然の答えではないものが返ってきたので、エリスは思わず振り返る。

「その話はまた後でしよう。別に何か闇を抱えて生きてるわけでも、不遇な過去があるわけでもないからな?」

「悪いこと聞いちゃったかと思ったわ」

 フィルの想像した王家出身の姫といえば、自己中心的で自意識過剰。その上高飛車というイメージが勝手に蔓延っていたが、目の前にいる元姫、エリスは言葉の節々からもその要素は感じ取れない。

「まあ……」

「まあ……?」

「あなたは冷静に見えるけど、実際冷静だけれども、意外と精神論翳すって言うのはよく分かったからね」

「心外だ」

 ニヤリと少し口角を上げて見つめあって笑うと、少し二人の間の氷は溶けた気がして、石壁への足取りは加速した。


   ***


 ある日、毒の煙を「目」に浴びて、その「目」は視界のほとんどを奪われた。幸いだったのが、視力の殆どを失ったのが「左目」のみであるという事だろう。

 しかし、その日を境に私は嫌われ者になってしまった。何故なら、その「左目」で誰かを見てしまえばそのものをたちまち、その意識がなくとも死に至らしめてしまうという力を持ってしまったのだ。だからこそ、誰も近づかなければ何一つ被害は発生しない。

「うあああああ……!!!」

 毎日、孤立した私は人目もはばからず──生憎人目のない所に押しやられたせいで、そのようなものないと言っても過言ではないのだが──泣いていた。

「何でこんな……。何でこんな……!」

 そう言いながら忌々しい「左目」を殴り続けたが、それでも中心に僅かに存在する視界は消えない。それどころかその行為により身体は自然と危機意識を持ったのか、人間には有るまじき、第三の目とも呼べるものが額に現れた。

「なあ、お前は何故そんなにもその目が嫌なんだ? 俺ならほかの誰も持っていない力なんて喜ぶんだけどな」

 悪魔の囁きだった。

 これが発端で私が住む街は、正確には住んでいた街は壊滅したのだ。

「これがあれば、大事な人を殺してしまうから、だからずっと独りでいるし、こんな辺鄙な洞穴で暮らすんだ」

 たった一言、そう発してしまったから。

 次の日、私が住んでいた街である事件が起こった。

「止めてくれ……!」

「なんでお前は……、こんなことをするんだ!」

 それは私に向けられた言葉ではない。その悪魔の囁きをした人物に向けられた言葉だった。

 異常事態を示すサイレンの音は洞穴にまで届く。

 その音を耳にした私が駆けつけた先での光景だった。

「お前達が存在することで、苦しむ人間もいるのだよぉ……! それすらも分からない人間に存在価値があると思っているのか……!」

 「大事な人を殺してしまうから」そういったばっかりに、私の大事な人を皆殺されてしまったのだ。

「なぜお前が怒るのか、俺には皆目見当もつかない。お前をこの窮屈なセカイから解放してやろうという俺の優しさがこうさせているんだぞ?」

「こんなの……、こんなの優しさじゃない……!」

「何を言ってる。お前はこれで自由だ。忌々しい枷から外され、何処へでも行くことが出来るんだからなぁ……!」

 そこでわたしは理性がはち切れた。

「うああああああああああ!!!」

 怒りのままに相手に殴り掛かる。手に持つ枝で切り掛る。それを繰り返す度、はじめは柔らかな風が。それこそ、髪すらも靡かせられないような微風が起こる。

 徐々にその強度は増し、ある時竜巻が引き起こされた。

「この悪魔があああああ!」

 竜巻に巻き込まれ天高くまで上昇する人間。

 二十メートル、三十メートルまで浮き上がり、空気抵抗と重力以外にかかる力がなくなったその人間が、踏み固められた街中の地面との衝突で助かる術は何一つなく、その人間は首を折り、身体の次は意識をも天高くまで昇華させた。

 怒りのままに、涙が濡らすままに家々を薙ぐ竜巻は、誰ひとりとして存命者のいない田舎街に対し破壊の限りを尽くした。

「これじゃあ私も同罪だ……」

 わたしは街そのものも火葬してしまおうと考えた。

 そう思うと身体は、体内が煮え滾るように熱を持ち、水を燃やす火を生み出すことが出来てしまう。

 その悩みを抱え続けた元人間は街の存在していた森の中で、今も風や火を起こし、その力を用いて悪夢から解き放たれようと破壊をしているという。

 彼の名はバロール。


   ***


「それはどこまで脚色されているんだ……?」

「雰囲気もへったくれもないな」

 フェムトはムードメーカーなのか、ただの天然ボケをかますことを得意とする人物なのか未だに判断がつかない。

 そんな昔話を教えてくれたのは、バロールと対峙したエリス本人。

 石壁から出る時は、門兵に対しても、街に対しても一礼ずつ頭を下げて思いを置き去ってきたエリス。しかしそれでも、バロールとの再びの対峙が刻一刻と近づいていることは確かであり、会話の節々や、視線などで心持ちが不安定になることがあることはおそらく二人も気づいているだろう。南門からメリディオナリスの森に立ち入り、一直線にバロールを目指している。だからこそ、エリスが当時通った道と重なり、心境を揺らがせているのだろう。

「あくまで昔話、と言っても物語だろう。フェムトの言う通り、作者によって脚色はなされているだろう。これは子供に倫理を教える時に使われる話でもあるからな」

「これから会いに行くバロールもそんな過去があったりするのかな……?」

「本当のことを言えば、あの姿を見て、咄嗟にバロールと類似していると思ったから口にしたまでなんだ。あの街の人間なら誰でもその説明で分かり、どんな力を使うかも確かだから、そうなっているのだけど、実際のところは誰にもわからないもの」

「その実際にあったバロールはどうなんだ? 力は竜巻を引き起こし、水を燃やすことが出来ると聞いたんだが……」

「間違いない。大きな石斧を持ち、体躯からは想像し難い俊敏さを持ち合わせている魔獣……、と言うよりは魔神か」

「石斧が武器なのか……」

「あれはその巨躯という特徴を最大限生かした武器の上、バロールの能力を何倍にも増幅させる手段の一つだった。ただあの石斧は壊すことは出来ないだろうし、せめて遥か遠くまで吹き飛ばすことでもできれば、勝機は見えてくるんだろうけど……」

「さすがに斬れないよな?」

「無理」

 即答である。

「鈍だからどうこうじゃなく、純粋に刀身の長さが足りないと思う……。岩を斬る剣なんて聞いたこともないけど、それでもやっぱりあの大きさはこちらにとっては振り以外の何物でもないんだよ」

「あの後……、昨日エリスと別れた後、グランツ隊長が俺達のところに来たんだ」

「グランツさんが?」

「ああ。そこで、餞別だって言って俺たちに置いてったのがこれなんだよ」

 フィルは腰に下げていた剣を指して言う。

「それ……」

 フィルの腰元に向く視線。そのエリスと剣との距離はどんどん詰まる。

「これ……、グラディオの剣……」

「グラディオ……?」

 三人ともに聞き覚えのない名前だ。

「一言で言えば、バカ高い剣を作ってる集団よ。高い代わりに能力も高いけど、実店舗を持たないし、街を行き来しているからなかなか手に入らない代物よ……?」

 目を潤ませるエリス。

「こんなものを三本も揃えるなんて……」

 チラッと剣から視線は外れ、フィルを見る。

 腰元を見るために屈んでいた姿勢を戻す。

「おほん」

 口元に手を当てて、躊躇いを持って言う。

「振らせてくれてもいいのよ?」

「ダメって言ったら……?」

 エリスはエアの持つグラディオ製の剣とフェムトの持つグラディオ製の剣を見てから、ブリキのおもちゃのようにかくついて首を回してフィルの方を見る。

「こうする」

 タダでさえ至近距離だったにも関わらず、その点から遠ざかるように駆け抜けてしまっては、フィルも対処が全くできなかった。

 エリスは腰元の剣を引き抜き、そのままターンを決めて距離をとる。

「あっ」

 しかし、見事に剣は木に刺さる。

 と誰もが思った。

「嘘……」

 そう発したのはエリスだった。

 その言葉の真意に気づいたのは、エリスがこちらに剣を寝かせて向けた時。もちろん敵意ではなく、剣が木に刺さっていないという証明のための行為だ。

「木を……」

 かさかさ、パキパキと葉や枝が擦れ折れる音がし始めたかと思えば、その数はだんだんと1次直線的に増え、木が轟音を立てて斜めに切り落とされた。

「そんな馬鹿な……」

 その場にいる四人全員がその光景に唖然とする。

「こ、これ多分その中で一番軽い部類だと思うからこれを選んだんだけど、それですらこの威力……。フェムトとエアの持つ方が、重さも相まって威力は高いんじゃないかな……?」

「それなら石斧も斬れるんじゃ……」

「だからそれは無理」

 潔いまでのフェムトの斬られっぷりに笑うしかない一同。

「使ったら相当楽に魔獣の相手ができるのは間違いないな」

 フィルはエリスのように木を目標にして剣を中段に右手のみで構える。

「ッ……!」

 手首のスナップを最大限活かせる、比較的軽めのグラディオ製の剣は、右上から左下へ一閃、残像を映したかと思うと、木を斬った感触を手に伝え、木を二つにする。

「綺麗に斬れすぎて、なかなか倒れないってすごいね……」

 少しずつ、断面に沿ってズレていく。

 しかし、頬を撫でる風が一瞬冷たく、吹き荒んだかと思うと、ゆっくりと動いていたはずのフィルが二つにした木はその方向など無視して宙に浮いていく。それどころか、その周辺の切れ込みすら入れられていない木々までもが、根から、枝から、幹からと力尽くで宙に浮かされているように感じ取れる。

「何が起きている……!?」

 風の強さに目を細め、砂塵から視界を守りつつ四人を襲う謎の現象を解き明かそうと頭を回転させる。

 しかし、頭の回転がフルスロットルになる前にその回答は示された。

「巨大な……魔獣……!」

「バロール……」

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