間2 エリスの悪夢(二)

 エリスの悪夢(二)


 魔獣の右手には、途轍もない衝撃がエリスの放つ二段突きから伝達された事だろう。

 ふわりと靡かせている薄生地のドレスを纏ったエリスは、軽い足取りで着地すると、身体を前に倒れ込むように傾け、一気に加速して魔獣へ追撃へ向かう。

 一方、当の魔獣は状況の理解が追いつかない、それどころかエリスの攻撃による反動が未だに身体を宙に浮かせ、時々地面に着地するかと思えば回転運動させるのみにとどまり、停止することは叶わなかった。

「なんでここにエリス様が……!?」

「……っ……。はぁ……」

 肩に手をかけ、支えにされて体重をかけられる。 それに驚き振り返ると、そこには先刻城へ向かったケイラス隊長が息を切らしていた。

「隊長!?」

「はぁ……はぁ……」

 生唾をゴクリと飲んで、会話ができるまで息を整えることに専念する。

「間に合ったな。エリス様足が速くて、俺だけ遅れをとってしまった……」

「城へ向かったのはエリス様に助けを求めるために……」

「ああ。信号弾を撃たなかったのはナイスな判断だ。お陰でエリス様の元へ簡単に向かうことが出来た。撃ってでもいたら厳戒態勢が敷かれて外には出してもらえなかっただろうからな」

「軍部の通信を使わなかったのも……!」

「あれで応援を要請しようとすれば、どこかで止まるだろうからな。エリス様をどこの誰が最前線に立たせようとするんだ」

 そんな会話をする目の前では、俊敏性に長けた猫を模した魔獣と、エリスの一騎打ち戦が繰り広げられている。

 魔獣の手数を掛けた攻撃を、必要数正面で受け切ると、一瞬の隙を見て懐に潜り込んだ繊細な突き技を披露する。剣戟が閃く度に付けられる黒地に紅という配色をもたらす傷は、一方的に増えていく。

 そして徐々に魔獣の俊敏性が失われ、自身のその急加速、急停止を活かした攻撃をも発動できなくなったとき、迎撃部隊は門扉を開け攻撃に参加しようと試みる。

「迎撃部隊出撃!」

 陣形を組んで、魔獣とエリスが戦う、門扉から離れた領域へと進んでいく。

「相手は弱ってきている! だからといって油断するな! 目で追える速度の攻撃を必ず打ち返せ!」

 本来の迎撃部隊を構成する人数よりも少ない隊員数でエリスの加勢に向かう。

 その事態に気付くのはエリスよりも魔獣の方が早かった。

「来るぞ……!」

 本能からか。

「前衛構えろ!」

 複数の殺気からか。

「後衛、攻撃用意!」

 それとも。

「敵を排除しろ!」

 急加速する魔獣。当然の如く、その行動に誰もが驚かされた。

 しかし、魔獣はやはり疲労と負傷が蓄積していたようで、四肢は構造を放棄し、加速した黒と白の物体は、重い塊となって体当たりという形で迎撃部隊に襲い掛かる。

「なんで扉から……!」

 そう言うのはエリス。しかし、急加速してしまった魔獣にはエリスの瞬足を持ってしても追いつくことは叶わない。

 魔獣は迎撃部隊が構える盾を吹き飛ばし、数人を巻き込んで石壁へと打ち付けられる。巻き込まれた兵は、意識を失い、それどころか一瞬にして骸となってしまったものもある。

「まだ動けたのか……! まだだ! 盾を構えろ!」

 吹き飛ばされた数人を除いた隊は再び、縮小しながらも陣形を作り直し、ズルズルとゆっくり足をずりながら前進していく。

「ダメ! 動かないで!!」

 エリスの忠告虚しく、前進を続ける迎撃部隊に対して、魔獣はピクリと身体を震わせたかと思うと、再び急加速し、恰も一つの塊のように隊をおそう。

「……ッ……!!!」

 不運は重なり、偶然にも魔獣の加速地点とエリス、その二点を結んだ直線上に迎撃部隊が入ってしまった。そうなれば、迎撃部隊を巻き込んだ塊がエリスを襲うのは必然。咄嗟に構え、水平切りを閃めき、魔獣そのものからは回避を遂げたものの、巻き込んだ兵士と衝突し倒れ込む。

「何故だ……! 何故まだ動くんだ……!」

 エリスには遠くともそう発する迎撃部隊長の声が聞こえた。

 身体を痺らせる痛みを堪え、即座に立ち上がり声を上げる。

「全員動くな!」

 その言葉にはその場にいた全ての人間が反応し、一切の行動を止めた。

 すると、暫くたっても魔獣は再び加速をすることなく、大きく穿たれた堀の手前でうずくまっているだけだった。

「下に落ちている羽だ! それが直接神経のように感覚を伝達してる!」

「羽……?」

 そう口にしながら迎撃部隊長は、中腰で止まった姿勢から足元で微風に揺れている羽に手を伸ばそうとする。

「触るなア……!」

 力の限り、声の限り、その行動を制止する。

「それに触れれば再び魔獣が襲い掛かってくるぞ」

 そうして、無言の時が流れる。

 どうしてわざわざ敵にやられるために門扉から出てきたのだと悩みながら、しかしそれは意味の無いことだと頭ではわかっている。

「慎重に慎重を期して魔獣と戦っていたというのに……」

 そう。エリスが一人で魔獣との戦闘を続けていれば、不用意に立ち入って魔獣の羽を踏みつけて攻撃の対象になることもなく、怪我人も死人のひとりも出さずに事件はひとまずの収束に向かうはずだった。それなのにそれを邪魔し、死人を出させてしまった迎撃部隊長に対して、フツフツとこみ上げる怒りを抑え込み、蹲ったままの魔獣に剣先を向ける。

「兵はさっさと門内へ行きなさい」

「しかし……!」

 反射的に、背後に視線だけを送り、言葉を封殺するべく睨みつける。

「ああ、分かったよ」

 そうして、再び一体一の格好を取り戻す。

 打撲した脇腹を抑える。一瞬でも触れると痛みを感じる程の負傷では、長く持たないことは自分自身理解している。

 だから短期決戦を。

「ふぅ……」

 一息を吐き、足元でまるで揺り籠のように風に囁かれる羽を一突き、手持ちの剣で刺す。

 案の定、魔獣は最後の力を振り絞ってか、純白の羽をはためかせ、低い姿勢から滑空するかのように羽を広げて急加速する。

 羽のある位置に直線的に向かってくる相手。

 それにタイミングを合わせ、最後の一撃、身体が使用できる限界の一撃を撃ち込むことで、容易にカタは着く。

「フッ……フッ……フッ……」

 魔獣が右前脚を地面につくタイミングで、刻んだ空気を吐き出す。

 同期させた感覚を剣に正確に伝えるため、指先で、レイピア状の剣をクルクルと回す。そして、回転を含めた一撃で仕留めることを決める。

 きっと対峙する魔獣もこれが生きるか死ぬかの最後になるとわかっているのだ。数百メートルという距離を、ギアを複数回上げて最高速に達する。

「……ッ……ハァ!!」

 その最高速を撃ち砕く音は、不快感の欠けらも無い、たった一つ「ズン」と周囲を震わせる、重く密度の濃いものだった。そのまま、音もなく魔獣を掻き裂く。

「ぐるるるるるるるるるる……」

 喉を鳴らし、最後の声を発した魔獣は、身体はピクリとホメオスタシスを発生させ、それが最後の命ある行動となった。

「いっつつ……」

 少し無茶をしたな。そう思いながら痛みを発する脇腹を抑える。

 一瞬ではあるが、久々に痛みを忘れる戦いが出来たことに感謝すら覚え、門扉へと向かう。

「ギギギ……」

 そう古ぼけた門扉を支える、これまた古ぼけた蝶番が苦しそうに悲鳴を上げて扉は完全に開いていく。

「エリス様」

「ケイラス・デイル……。よく私に伝えてくれました。久々にいい戦いができましたよ……!」

「そう言っていただけてよかったです。この街を統べる姫の御一方に前線に出ていただくなど、やはり本来あるべき我々の姿からは外れてしまっておりますが……」

「その話はもういい。別に気にすることではないだろう? 街の平和が守られたのだ。私としても本望だからな」

「ですが……」

 更に自身らに戒めの言葉を放とうとするケイラスを遮って続ける。

「しかし、突然私の部屋に押しかけてきた時は、何事かと思いましたよ……。本当に……」

「あれは緊急事態でしたので……。本当に申し訳ありません」

 話題を変えようとして、見事なまでに自責の念を増幅させることをしてしまったことに悲しみを覚えつつ、さっさと城へ戻ることにした。

「私は城へ戻る。はやく戻らないと近衛共がうるさいからな。その魔獣は一度祓ってから同化するか考えた方がいいだろう。狂獅子の類に見える」

「狂……獅子ですか?」

「何かのお伽噺で見ただけだ。その中で狂獅子と、書いてあった。それに似ている容姿をしていたからな。名前を付けたければ勝手につければいい」

 エリスはそう言って城への帰路へつく。

 残念ながら、明るい髪色のせいでただ歩いているだけでもエリスと気付かれてしまう。それを悪く思わないのも、また彼女である。


   ***


「では我々は」

 街中での護衛を務めたケイラスの部下達は、城内に立ち入る前に近衛にエリスの護衛を変わり、その言葉をあとにして立ち去った。

 無言のまま階層を三階へと移し、人通りの少なくなったところで近衛と会話を始めた。

「また姫ちんは無茶やったんだ?」

「止めてよルー。無茶したつもりは無いんだよ?」

「でも脇腹抑えてるじゃないか!」

「いや、まあそれはそうなんだけどさ、プー……」

「ほらー! 無茶してるじゃんか! 子供のときからエリーの世話してきたんだから、なにか隠しても無駄なんだからね!」

 言葉のとおり、ルーと呼ばれるルールとプーと呼ばれるプロープは、家系のせいもあってエリスとともに育てられ、成長とともにエリスの世話をする立場に変化した。しかし、三人は年齢も同じ、過ごして来た時も同じという運命を辿っていることから、現在も人前に立つ場以外では昔のように話している。

 言わば親友というものである。

「それにしてもまた脇腹とは」

「前も痛めてなかったっけ? もしかしたら癖がついたのかな……。治すの大変だぁ」

「分からないけど、人が飛んできた時にぶつかって体勢も悪かったし、相手は鎧きてたから硬かったし……」

「人が飛ぶ!?」

「そうだよ? 敵があまりにも圧倒的だったから、迎撃部隊は壊滅レベルだったし……」

「あれでも対人戦においては長けてる人物なのに」

「対人戦だけでしょ? 久々に……と言うよりあんな魔獣と戦ったのは初めてだったけど、神経使うし、身体も鈍ってるし……。やっぱりしばらく前線に行かないと……」

「ダメ」

「えー……」

「あのねエリー。エリーが勝手にどっか行って大変なのは私たちなんだからね! 分かってる?」

「記憶の片隅には」

「今この口でなんて言ったあああ」

 ルールは口を両手で広げて、恨みを込めるようにじゃれ合う。

「ひゃめへ……! くふく……っ」

 プロープはサッとルールの首根っこを掴んでエリスから引き剥がす。

「やめろこの年増あああ!」

 楽しみを奪われて必死の抵抗をするルール。

 しかし、咄嗟に発したその言葉はプロープの怒りを買う。

「今この口でなんて言ったあああ」

「ひゃめほおおおおおお」

 どこかで見た光景。

 三人は笑いながらエリスの自室まで辿り着くと、エリスの脇腹に対する処置をして、任務を終えたと楽しい時間を終結を惜しみながらも自身らの別の仕事をこなすために近衛詰所に踵を返した。

 エリスは、先ほどの光景を思い出して微笑みながら、汚れたドレスを着替え、ベッドに窓を正面にして座る。

「久しぶりに楽しかった……」

 両手で拳を握り、それを開きを繰り返し、戦闘の感覚を思いだすように腕を一度振る。

 外を見れば、石壁の外も臨める高度の高さにあるエリスの部屋のお陰で、深く穿たれた堀がよく見える。美しかった筈のメリディオナリスの森はその影のみを残し、一部を壊滅させている。

 それを見て、戦いの楽しさと同時に、この街の危機を思う。

「一匹なら……なぁ」

 確実に仕留めることは出来た。今回も他者からの応援という名目の邪魔が入り、怪我を負う羽目になってしまった。

「でもそんな理由無いよなぁ……」

 ルールとプロープと読んだ昔話を思いだす。

 どれを取っても魔と付く名を持つ者が、その単一個体だけのものであった試しがない。あるとすれば神と呼ばれる存在だけ。どの種族であっても、繁殖を繰り返し、繁栄を願う。神が単一であるのは、永遠というものを既に手中にしているからである。

 だからこそ、また魔獣は必ずこの街を襲うことになる。

 それが一体一の勝負であればまだしも、複数となれば今回とは話が変わってくる。その上、今のカストラムが持つ部隊では、あの魔獣にも今後対応は出来ないだろう。

「はぁ……」

 どうしようかと外を眺めたまま溜息をつき、敢えて時を無駄にする。


   ***


 日は傾き夕方を迎えよとしている頃。

 いつの間にか重い瞼に負けてしまい、ベッドに寝転がっていたが、その間に事態は一変する。

 いや、誰もが同じ思考回路を持っていたと立証されたのだ。

 扉は乱暴に開かれ、バタンという音が眠っていたエリスに意識を点灯させた。

「エリー……!」

「ん……?」

 荒らげた声を投げたのはルール。

「ん……? じゃないよ!」

 早く来て。そうされるがまま手を引かれ、眠気の残るエリスは朧気な足取りのまま廊下を目的地不明なまま駆けていく。

「どこ行くの……? ルー」

「ここ!」

 ルールはドアを二度ノックして、先ほどとは一転して慎重に最小限の音のみを立てて開ける。

 軍……部……?

 エリスは目を擦り、心の中で思ったその目的地を確認し直す。

「なんで……ルー……?」

 エリス自身、姫の一人として訓練所に通わされ、そこで剣の腕を見出し、自身の剣技を高めてきた。

「ああ……もしかして昼間のが……」

 街を統べる家系に身を置くひとりの人間であるエリスが、身勝手に危険な対魔獣戦に出向いてしまったことを叱られるのだろうかと、ひとり不安になる。

「私は中には入れない……ごめんねエリス」

 そもそも軍部とは街全体の警備を行う組織の頂点に立ち、部隊全てを統括し、それらに対して指示を出す位置にある。

 ルールやプロープもその統括される部隊に属していることから軍部の司令は絶対、逆らう事はならない。

 エリスも軍部の人間と面会するのは実に二年ぶり。訓練所を卒する時に祝辞を述べた時に、一言二言話し掛けられた時以来である。「覚えているか?」と問われれば誰一人覚えていない程度の記憶しかないのだ。

「失礼します」

 薄く開いた扉が徐々に取り込む光量を増し、エリスの白い肌を照らし出す。

「まあ、入れ」

 その言葉で一定の緊張を覚えながらも、二年間し続けてきた、人前に出ることになる公務から起こる慣れにより汗をかく程ではない。

 しかし。

「プロー……」

 地面に倒れ込むプロープ。その身体は動かず、意識も無いように感じられる。

「生きておるよ。そこまで野蛮な集団では無いからな」

 シワと傷を幾つも刻み、顔の迫力は誰にも劣らない最上座に座る老人は言う。

「我々の用があるのはお前だ、エリス」

 プロープに駆け寄って状態を確かめたい気持ちをぐっと抑え込む。

「何の御用でしょうか?」

「今日の昼間だが……」

 ああやっぱり。

「南の門に出向いて部隊員の死傷者数を緩和してくれたと聞いている。それは感謝しよう」

 プロープの状態とは裏腹に、これは褒められる流れなのかと一瞬期待する。

「しかし、貴殿が倒したあの魔獣。それどころかそれ以外の新種のものも含めて、この周辺で多数見かけられることが偵察部の報告で判明した」

 やはり私の予想は間違っていなかったんだ。そう心の中で思いながら話に耳を傾ける。

「会議の結果、街に直接損壊を与えられる前にこちらから出向いて、メリディオナリス方面で敵の侵攻を防ぐべく、討伐隊を出兵させることにした」

「討伐隊……ですか」

「そうだ。その連合大隊長として、貴殿を指名する」

「……」

 連合……大隊の……長?

「それはどう言う……?」

 エリスが一言の説明で意図の全てを飲み込め無かったことに不満げな表情を顕にし、手にしていた葉巻を新たなものに更新して言葉を出す。

「意味などそのままだ。それとも拒否権があるかと聞いているのであれば、当然そんなものは無い。既に決定事項、貴殿の剣の腕前は重々承知している。だからこその大抜擢だ」

 彼なりの精一杯のリップサービスをしたつもりなのだろう。

「連合大隊とは……?」

「これから人員は組む。まあ、人数は大隊二つほどのものだ。それの総指揮を勤めろと言っている」

 これでも分からないか、と言いたげに灰皿を叩く。

「分かりました……。その役目、全うさせていただきます」

 これ以外の言葉が見つからなかった。

「ダ……ダメ……」

 掠れた声が転がるプロープから聞こえる。

「プロープ……!」

 その言葉と同時に、プロープの頭を直近に座っていた、こちらも傷と皺を無数に刻んだ白髪の老人が踏む。

「グゥッ……!」

「止めて……!」

「我々の命令に背くのでな。手荒な真似で悪いが、口答えは許さん」

 何一つ悪いと思っていない悪人面が声を出す。

「その汚い足をどけなさい」

 エリスはとっさに声を上げる。

「貴殿も命令に背くか?」

「命令とプロープは関係ない」

 軽蔑の眼差しで軍部室そのものを睨みつける。

「そこの近衛の女は、貴殿がこの作戦を指揮することを反対していたのだよ。強ち無関係とは言えんな」

 プロープはわたしを守りたかったのだ。

「私はその命令を受け入れた。それでも無抵抗の人間を侮辱するというか」

「ふむ……」

 一理あることを認めることを願う。

「しかしだ。そんなもの、貴殿は軍部所属ではない、その近衛は我々の統括下、それだけで説明がつくとは思わんか? 我々も貴殿と近衛二人の仲が良いものだと聞いて任命したのだ。それは構わんが、余計なところにまで口出しすることは姫の一人と言えど無用で願おうか」

 話しても埒が明かない。

 目の前で今まで共に過ごしてきた親友が侮辱されているのを、ただ見て、それを飲み下せという命令は連合大隊長を引き受けることとは違い、することは出来ない。

「その足を退かせ」

 距離を詰め、男が腰に下げている剣に手をかける。

「逆らうのか」

「私に逆らうのか」

 相手が軍部としての権力を行使するなら、エリスは姫としての権力を行使する。

 しかし、言葉の返答はなく。

「ぐふっ……!」

 痛めた脇腹に、鉄の塊のような重さの衝撃が襲う。

 その痛みに顔を歪め、攻撃した本人を見る。

「対峙する人間から視線を切るとは、随分と舐められたものだ……」

 ずいと顔を近づけていう。

「掻い潜ってきた死線の数が違うのだよ」

 力尽くで剣を抜こうとしても、抵抗する力が強く、得ることが出来ない。

「ごめん、プロープ」

 エリスはプロープを踏み付ける足を思い切り払い退ける。その擦られる感覚は当然痛みを伴う。それに対する謝罪。

 その後、男の足を椅子の背に叩きつけ、一瞬の息を吐き、その後の空気を吸い込む刹那的秒間を狙い剣を引き抜く。

 問答無用で引き抜いた剣を、プロープを踏みつけていた足に突き刺す。

「ぐううあううっ……!」

 顔面を痙攣させるように引き攣らせ、痛みをイラつきを露わにする。

「掻い潜ってきた死線が多いなら、自身のこの呼吸のタイミングも分かっていたはずですよね?」

 ニッコリとエリス渾身の作り笑いを発し、相手の怒りは頂点に達する。

「貴様アアアアア!」

 その言葉を遮ったのは、ガラス製の灰皿が叩き割れた、繊細なから響き渡る圧倒的な音圧を発した最上座の男。

「もうどうでもいいわ」

「エルツァー。お前も随分と落ちぶれたようだな」

 はぁ、と一つため息をわざとらしく吐く

「今回は大人しく命を受けてくれたことを立てて、近衛を不問にしてやろう。その熱意が勝ち取ったと思え、エリス姫よ」

 不満そうな顔は、エルツァーという、足に剣を刺された男に対してなのか、私に対してなのかわからないが、無駄な先頭に発展せずプロープを取り戻せたのは心を撫で下ろせる点だ。

「ルール……!」

 ドアの外に居るであろうルールを呼び、プロープを外に運び出す。

「失礼しました」

「ああ。あとのことは追って伝えよう」

 もう二度と会いたくないその顔を記憶から抹消する。

 その後、プロープをエリスの自室まで運び、ベッドに寝かせた。

「ごめんね私の為に……」

「プーは、エリスに危険な目にあって欲しくないからね……。もちろん私もだけど、戦いが楽しみなのは分かってる」

「むかしっからプーはうるさかったもんね……」

 その気持ちには感謝しきれないが、少しでも癒せればと頭を撫でる。

「エリーは少しでも早くその怪我を治して……。プーは私が見とくからさ」

 エリスは脇腹に手を当て、その痛みの感触を確かめる。内部で針状の何かが無数に突き刺さる感覚。痛みに慣れ、その状況下でもで集中が可能なように、いつ出るかわからない討伐戦の連合大隊の参加に備え、自身の持つレイピアや予備の武器なども含め準備に向かった。

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