間 ギプフェル南方耐久戦

 ギプフェル南方耐久戦


「このままだともたないって言ってるでしょう、スカーレットさあああああん!!!」

 雄叫びを上げたのは、防衛軍より、スカイ・レフェル隊員。スカーレットが隊長を務める第一小隊に所属する隊員だ。

「どうするんですかスカイさん。隊長がいるからこの南方をたった一個小隊で任されてたんですよね。流石にあの戦闘バカがいなくなれば、どうなるか分かりませんよ……?」

 そう疑問を投げかけるのはハイメル・フォート同小隊隊員。

 隊員からも戦闘バカと言われるほどの物好きなスカーレットだが、実力が伴っているからこそ今回のような非常事態に陥る。

 尤も、常に彼と行動を共にしているから、

「なんとかしろ!」

と言われる事には慣れたが、今回ばかりはそうはいかない。

「ただでさえ敵は未知の力を使うんだ……! 我々でどうしろと……」

 敵は、今まで戦ってきたような動物や暴徒の制圧、時々起こる侵略戦争のような対人戦がほとんどの中、未知の領域を提案してきた。

「うじうじうるさいわね……! 倒せば食えるわ」

「流石に食べたくはないが、倒せば家畜の餌にはできるんじゃないか?」

 ガサツ……と言うと殴られるから控えるが、短気で直線的な感情のみを持ち合わせている第一小隊に二人居る女性隊員の一人、セア・ルーセイス。加えて、ガサツと言っても殴られないから敢えていうが、短絡的な思考回路と直感のみで動く隊員、アクマープノーク。

「取り敢えずは足でも切るか、膝でも割るかして、敵を足止めするのが先決です。幸い動きは早くない、未知の能力と直接相対さなければ勝機はあります。」

 第一小隊最後の一人、シエロ・エイサー。この小隊の頭脳であり紅一点。……紅一点である。

「南門はどうだった? あそこにもいくつだかは記憶してないが、小隊は常駐してはずだろう? 今何やってる?」

「ボロボロでしたよ。それはもう見るも無残な姿でした。まあ、城壁は石でできてるくせに、あの門だけ木製ですからね、敵の破壊攻撃を受けて、既に炭化していたり、氷漬けにされていたり、鋭利なもので無数に傷つけられていたりと……」

「いや、もういいや……。どうやって戦えばいいかわからなくなってきたよ……」

 そう言いながらも迫る敵と対峙する他ない。頼りない副隊長を見て、シエロはしょうがないとばかりに指示を出す。

「取り敢えず近接武器はとにかく足元です! スカイ、ハイメル、セア! 有難いことに相手は過去戦った中で最大の相手です。ちょうど人を斬る感覚で戦えば善戦はできるはずです!」

 左手に、「行け!」とばかりに空を撫でさせる。

「アクマー! あなたと私は後方から支援します。そもそも銃をゼロ距離で撃てばいいという訳では無いでしょう!?」

「火傷はさせられるかもしれないだろう?」

「確実に急所を狙って、最小弾数で倒してください。今回ばかりは数が数です。どこからともなく湧いてくる……!」

「しょうがないな……! それならシエロの弾もくれれば俺が余計に撃ってやるぞ……?」

「余計なお世話です」

 シエロは無駄話をしてしまった、と後悔しながら先に指示をした三人に目を向ける。

 言った通り体躯が巨大であるおかげで、その見た目通りのパワーをほこり、敏捷性は持ち合わせていない。そのためか、普段から鉛玉が飛び交う戦場を駆ける彼らは、怯むこともなく、一撃一撃着実にその巨躯に攻撃を加えていく。

 後方からは、指示を出した時よりも後方へ下がり、固定砲台となって、先程まで手に抱えていた回転式小銃から、遠距離型のライフルに持ち替えていた。先程は急所を確実に狙えと言っておきながら、その急所は未だに判明していなかったことは見え見えなようで、様々な部位に命中させ、一発一発反応を確かめていく。

 一方シエロは、アクマー同型のライフルを持ち出し、一撃一撃前方三人の行動を制限しないように足止めするために膝を狙う。

 しかし、スカイの一瞬の制止により、三人はシエロとの位置まで後退し、攻撃モーションすらなかった敵と距離を取る。

「ビックリするくらい硬すぎるわ」

 後方からは感じられなかった印象。

「刃が通りませんか……?」

「いや、そういう硬いじゃないんだよ。撃ってて違和感はなかったか?」

「特には……。人に当たったのと同様、当たれば弾は体内に届いて、ダメージを与えていたような感覚でしたが……?」

 そう言って、自身の握るライフルを撫で、その感覚が自信の中になかったことを確かめる。

「そう……か……。ただ、直接斬ると表面だけに傷が出来ている感覚で、骨までは到達しないんだよ」

「それは無駄な皮膚が暑いとかではなく……?」

「そうですねぇ……。言うなれば、鉄心にまとわりついた水を斬っているような感覚ですよ。斬っても斬っても水のように張力が復活して元通り。やっと骨まで到達したかと思えば、傷一つつけられないほどの硬さが待っているんです」

「ああ……。そのせいで膝を割るなんてのは夢物語だぞ? 恐らく二人が撃ってる弾も表面で止まってるだろうな。中までは到達していない気がする」

 後方から射撃していたはずのアクマーが、上方からストンと降りてくる。

「こいつは急所がねぇな。スカイの言う通り、何発撃ってもどれもこれも表面で止まってるからか、ピクリとすら反応しねぇ。まだ殴ってる方が効く気がするぞ」

「そうですか……。それではどうしましょう……」

 撃つのもダメ、斬るのも駄目。鱗のような硬さであればそれこそ狙い目は存在する。しかし、どこを狙おうと攻撃が吸収されてしまうのであれば、それそのものが無意味なのだ。初めは吉だと思っていた巨躯が凶と出てしまった自体なのだ。

「目は……?」

「当然狙うさ。ただ、目を潰した後に頭を貫通するかといえば疑問だよ」

「そうね……。水の奥は直接骨があるなら、頭の中に脳的役割をする中枢があるとは限らないわ。その奥も同じような体液で満たされていれば意味は無いわ」

「じゃあ、アクマー、一応数撃は目を狙って攻撃が通用するかどうか確認してください」

 そう言われたアクマーは早速その場から離れ、魔獣の目を確実に撃ち抜ける位置を確保しに行く。

「さて……、こっちはどうする? 具体的な策はないぞ……?」

「狙うなら……」

 頭に思い付いた言葉を、とにかくフィルターにかけずに発する。

「狙うなら、直接コアになっているところを叩くしかない」

「魔獣なんだぞ? 人みたいにここに心臓があるとわかっているわけでもないのに」

 そうスカイは、自身の胸をトントンと叩きながら言う。

「もちろん、胸部にコアが必ず存在しているとは言いません。もしかすれば腕や足にあるかもしれない。運が良ければ目から貫通できる位置に存在するかもしれない。わからないなら攻略法を見つけるしかないんですよ」

 こんな根性論が敵に対する策ではないことは本人ですらわかっている。しかし、術がないのだ。敵にあらがう術が。

 話を次の段階に進めるべく、スカイが話を切り出す。

「もし、コアが胸部にあったとしよう。そうであるなら、コアは堅い胸骨に阻まれているんじゃないか?」

「ええ……。そうですね」

「そうなれば手出しはできないぞ。武器が金属製だろうが何だろうがあの硬度は人にどうにかできるもんじゃねえ」

「その硬さって、跳ね返るような硬さでしたか? それとも、ブナやケヤキのような、瞬間的力を吸収されるような硬さでしたか?」

 問いかけたのはシエロ。

「その二択なら間違いなく後者だ」

「ああ。もちろん骨の周りに纏わり付いているもののせいっていうのもあるのかもしれないがな」

「そうですか……」

 戦場において、判断を下すには短い三秒間、頭の中で思考を張り巡らせてから頷く。

「敵の表面をできるだけ多く削ぎ落してください。一瞬でもいい、骨が露出するくらいに」


   ***


「狙うなら……」

 第一小隊員から離れ、魔獣の目を確実に狙い撃つべく、相手の攻撃が届かないかつ、その対象を視界から逃さない位置へと走る。見据えるのはギプフェルの中心。その街の名を関する城・ギプフェル城。

「屋根に上ってしまえば……。あそこからなら、南方どころかこの街を一望できる」

 頭の中では、第一隊隊長・スカーレットのことを考えていた。

「あの人はどうやってあれだけの跳躍力を得たのだろうか……」

 アクマーは今、城下街の中でも極力人と出会うのを避けるため、裏路地を最短距離で走って城へと向かっている。しかし、自身の記憶にも新しいようにスカーレットは軽い跳躍で目の前の家にも飛び移ることが可能だ。そのどうにして得たかわからない能力のお陰で、散々迷惑をかけられてきた。

 頭に浮かぶ度コメカミの血管も浮く思いだ。

 城へと続く唯一の掛け橋を通り、城内へ入ると、螺旋階段を上り、最も中心、最も高い円錐状の屋根を目指す。

 城内は民の避難場所伴っていることから人でごった返し、想像以上の時間を要した。

 そんな城内を抜け、迫り出したベランダから屋根に飛び移ると、先客がいた。

「ナラハ隊長……!」

 角度の急な円錐状の屋根にも関わらず、仰向けに空を眺めてのどかに昼寝をしている様子だ。

「んあ……」

 図太そうな神経をしている見た目の一方で、僅かな囁きとして発した彼の名前を発したアクマーの声に気づいたようで、声にならない音を発してこちらを向く。

「スカーレットんとこのアクマーか。何のようだ……?」

「あ、いえ。敵襲ですので、ここから狙撃に……」

 内心、緊急事態だというのに、なんというほどマイペースなんだと思いはしたが、それを伝えてもどうにもならない。

「敵襲か……。どれ位の敵だ? 強いのか」

「敵は人間ではなく、魔獣です。今まで生きてきて見たことも無い、そもそも考えつかないような未知の能力を持っています」

「……」

 その会話が一旦遮られ、寝転がったままのナラハとアクマーの間に数秒の時が流れる。

「……未知の能力?」

 そして反応した言葉だった。

 興味津々なようで、身体を起こし、こちらに続きを話せという眼差しを向ける。

「自身でご覧になった方が早いのでは……?」

 アクマーはそうして北方から南方まで指で差して示すと、ナラハはその光景を見て驚いた声を発する。

「なんだこれは……。火に水に……」

 その声からは、どこか嬉々とした感情を感じ取ることが出来た。

「うちの隊長が一人で西方を制圧しようとしています。そちらに援護に行ってください」

「……ん。それもそうだな。こりゃあ間違いなく緊急事態だ」

 そう言って、脇に置いてあった剣を杖がわりにして立ち上がると、城の屋根から一足で飛び降り、即座に西方へ向かった。

 その光景を城内から見ていた街の民からは悲鳴も上がっていた。

「そりゃあこの高さから降りれば誰だって投身自殺でもしたのかと思うわ……」

 そんなことはさておき。

 そう思って南方へと集中を向けようとした時、その南方から大きな爆発音が耳を劈いた。


   ***


 敵の移動速度が異常なまでに遅いことは、誰にとっても喜ばしく感じることだった。

 しかし、そうと言えど、敵が常に待ってくれるわけもなく、気付けばブリーフィングをしていたすぐ側まで近づいていた。

「散開しろ……! とにかく、表面を狙え……!」

 シエロの提案を、全員が飲み込まざるを得ない状況になり、それぞれが一定の距離を保ち敵の体躯の胸部を狙い斬る。

「私が戻ってくるまで、どうにか耐えて……!」

 そう言って、シエロは頭に思い浮かべたものを探しに、アクマーの後を追うように城へ向かう。

「女王が持つ宝石に確かあったはず……。後は錬金術で出来た薬品を……」

 城へと続くメイン通りは、城へと逃げる人々で溢れかえっていた。人混みを掻き分け必死になって城へたどり着くと地下へと向かう。

 この世界で盛んに行われている錬金術。

 その中ではたくさんの新たな物質が生み出され、有効に使用しようと何度も何度も錬成がなされているが、その中で生み出されたものの一つに硫酸と名付けられた酸性の物質がある。最近生み出されたばかりのものだが、だからこそ研究に用いられ、大量に生成されているはずだ。

  木製の扉を開けて、錬金術専用の部屋へと入る。中では、この緊急事態時だからだろう、さすが錬金は行われておらず、城で勤める人物の避難場所となっていた。

「最近作られた硫酸はどこですか?」

「そんなものなに……」

「今すぐに必要なんだ!」

 見つけるまでにそう時間はかからない。なにせ、多くの利用用途のために、誰もがそれを使用するために目立つところに置かれていた。

「次は女王のところへ……」

「私がなんですか? シエロさん」

 声が聞こえる方を咄嗟に振り向く。するとそこには探し求めていた女王が立っていた。それどころか、国王や姫までもがここへ集っていた。

「ここに避難なさっていたのですね」

「ええ、城の中であればここが一番安全ですからね。でも何故あなたが私を探しに……?」

「そうです……! 女王がお持ちの宝石の一部を頂きたいのです……!」

「宝石をですか……?」

 淑やかな声で質問を返す女王は、その手に大切なものを入れたケースを持つ。

「はい。蛍石でできた宝石を頂きたいのです。それがあれば、一個小隊のみで戦闘をしている南方を制する切っ掛けとなるやもしれません」

 皺のない、年齢を感じさせない顔に、一瞬皺を刻ませた。

 それは当然の反応だ。誰だって自身の生涯収集に精を出すほどの宝物としてきたものを、今の一瞬で差し出せと言うのだから。

「分かりましたわ。街を守るためですものね……」

 寂しそうな顔を浮かべる女王は、その箱から小さな二つの指輪を差し出す。

「どちらも蛍石ですよ。」

 差し出された二つの指輪は、一方はハッキリとした濃い緑が中心から滲み出るような、もう一方は透明な蛍石で、さらに黄色や橙の蛍石を封じ込めたような二層構造のものだった。

「何でも、蛍石の中の不純物のせいで色が変わるらしいわ」

「ありがとうございます、女王。必ずや街を闊歩する敵を討ち封じてご覧に見せます」

「ええ……。頼みますわ」

 シエロは一礼してその場を後にする。

 第一隊と敵との衝突現場まで戻るには行き以上の困難さであった。息を切らせないように小さく息を切って、再び人混みを掻き分けて先へ戻る。到着すると、巨躯かつ未知の敵複数相手に三人ではかなり押され、城側へ後退していることが分かる。

「遅くなりました……! ハイメル……! セア……! 一旦こちらへ来てください……。少し頼みたいことがあります!」

 そうして、今後の作戦に必要な行動を二人に伝えるべく、シエロの元まで後退するように指示をする。

「えっ……!? 俺一人……!?」

「数秒頼みますよ!」

 蚊帳の外のスカイには一人で頑張ってもらう代わりに、最大限の営業スマイルでキラキラを弾け飛ばせる。

「よぉぉぉぉし」

 スカイは突然活気に溢れ、敵を攻撃する手数は三人で攻撃していた時と劣らないほどのものを繰り出している。

「セアさん。あなたはこれを、私の合図で敵にかけてください。もちろん狙うのは敵の……」

 そこでシエロは言葉を止め、トントンと胸を叩いて、狙うのは露出した骨だということを無言で伝える。

 それに応じてセアは無言でコクリと頷く。

「ハイメルも私の合図でしてもらうことがあります。この街は、火災時に用いる水栓が張り巡らされています。きっとそれはここのどこかにもあるはずです」

「なるほど……。それを破壊して水を吹き出させればいいんですね……?」

「そうです」

 その言葉を聞くとハイメルは即座に、付近に乱立しているはずの水栓を捜索に向かった。

「オーケー。簡単じゃないか」

「欲を言えば、その瓶の中身は一体に対して全てを使わないで欲しいです。予備は持ってきてますが、また城まで取りに行くとなると相当時間がかかりますからね」

「おっと難易度上げすぎじゃないか……?」

 笑いながら言葉を交わす。

「セアさんなら大丈夫ですよ」

 セアは息を漏らすような笑いを一つ発してから、敵へと向かい、再度敵の表面を削り落とし、鉄のような強度の骨を露出させる作業に戻る。

「あとは私が……」

 女王に直接手渡された蛍石。それを手持ちの布に包んで地面に力の限り叩きつける。

 すると、それはいとも簡単に指輪から外れ、蛍石は僅かな凹凸の残る平面を残し、いくつにも割れていた。

 割ったものを、弾丸に込め、薬莢を詰め、簡易的な蛍石弾丸にする。

「よし……」

 サッと立ち上がり、あたりを見渡せば、ハイメルはどこにいるのか把握できないが、セアはこちらからいつ指示があるのか、今か今かと待ち望む視線を投げ掛けていた。

「セア! 敵にかけて!」

 その一言と同時に、セアは瓶から液体を直接敵の露出した骨へとかける。

「外すな」

 シエロ自身にそう暗示をかけるように発した言葉。同時に回転式小銃の一発を液体をかけた所へと撃ち込むべく、引き金を引く。

 敵に命中した一発の特製弾丸は、非常に高い硬度を持つ骨に当たることで砕けると、共に込められていた蛍石と液体が反応し、辺り一体に響き渡るような爆発音を唸らせた。

 その爆発に少し驚かされ、腕で顔を覆うように守りながらも続けて言葉を発する。

「今です、ハイメル……!!!」

 最後の仕上げとばかりに、どこにいるか分からないハイメルに対し、最大の声量で合図を送った。

 そしてその合図はしっかりとハイメルの耳にも届いていたようで、一秒も立たないうちに、金属と金属の火花を散らすような甲高い音が鼓膜を揺らしたかと思えば、少しのラグもなく水は上空へと高く高く吹き出し、雨のように周囲を濡らす。

 すると、その雨に濡れた魔獣は、手を胸に当て痛がるような仕草をする。

「神経があったのか……? これは、直接効いてるということか!?」

 胸元で僅かな白煙を生じる。

「スカイ……! その剣で……、その手でトドメをさせ……!」

 シエロが珍しく命令形で言葉を発したかと思えば、一瞬で脚力の限界まで飛び上がり、空中で姿勢を変えず突きのモーションに入る。

「ハアアァァァァァァァア……!」

 気合を込めた声を発しきるとともに、精一杯の突きを骨が溶けて脆くなった胸骨に突き刺す。

 スカイの持つ剣は、先程までとは打って変わり、根元までしっかりと刺さるほど敵の中心を捉えた。

「スカイ……! 離れろ!」

 セアの声がその通り一体を吹き抜け、スカイに襲いかかる事態が忌々しいものであると判断するのは容易である。

 スカイは、深く刺さった自身の剣に支えられるように魔獣の肉体上に留まっている。それを狙ってか、両腕で鷲掴みにしようと手を移動させ始めた。

「スカイ! 手を離せ……! 早く!!!」

 しかし、彼はその手を離さない。

「スカイ!」

 後方から眺めている事しか出来なかった二人は、思わず目を瞑る。

 しかしその瞬間、彼女等のさらに後方、そして天高くから一つの重く響くような銃声が空気を伝った。

 そして銃声と共に発射された弾丸は、魔獣の胸元にいるスカイを躍起になって殺すべく見開いていた左目に見事命中し、その機能を失わせることに成功した。

「アクマー!」

 シエロもセアもすっかり忘れていたが、城の円錐屋根を眺めると、銃を構えたまま、如何にも「しょうがねぇ奴らだ……」と言っていそうな態度を滲ませている。

 続けてアクマーが放った二発目の弾丸は、辺りを伺い知ろうと開けていた右目に命中。両目の機能を奪ったところで、スカイは敵の肉体を足蹴にし、剣を引き抜き距離をとると、その魔獣は動作を停止し、肉体は手前に倒れてくる。それを仁王立ちして眺めていた。

「良かった……!」

「攻略法ですね」

「なんで敵に攻撃が通ったんだ……?」

「強力な酸のお陰です。蛍石に濃硫酸、それに水が反応して強い酸を発生させた……はず」

「はずって」

「正直上手くいくかは分からなかったですけど、錬金術士と話していた時に、濃硫酸で物質を焦がしたという話をしたので、さらに強くすれば、もしかしたら骨も溶かせるのでは? と」

「はあ……。私にわ思いつかないわ。まあ、随分危なっかしい攻略法だったけどな」

 敵を倒せるということを知れた第一隊メンバーの間に一瞬の喜びの感情が伝播するが、それも束の間、次の立ちはだかる敵へと意識を向けて戦闘を始める。

 そこからは早かった。

 一体目はハイメルに水栓の解放に向かってもらったために戦力が落ちていたが、それも元に戻り、確実に一体一体にかける時間は短縮されていた。

 そして倒した数は数十体に上る頃。

「これで……、最後だ!」

 南方、この一群最後の一体と思われる魔獣にスカイが止めを刺す。

 次の敵の侵入を防ぐべく、それでも容易に突破されてしまうかも知れないが、南方の門に僅かながら手を加え、大きな身体では通れないようにバリケードを張ると、スカイ、ハイメルと、いつの間にか前線まで戻っていたアクマーは、「疲れた疲れた」と一旦城戻ろうと足先を向けた。

 それに付いて行くように、三人の後を少し距離を開けて歩いていると、セアに声をかけられる。

「あんたもあんなことできるようになったんだねぇ」

「あんなことと言うと?」

 そう尋ねると、セアは彼女渾身の笑顔を浮かべ、一瞬星が周囲で弾けるような幻覚を覚えるほどだ。

「ああ……」

「笑顔だけなら安いですよ……?」

「魔性の女ね」

「お互い様じゃないですか」

 二人は数秒見つめあって、「フフフッ」と笑を浮かべると、一度後方を振り返り、事態の過ぎ去った光景を見て安堵しながら、三人の後を追うように白の中へと戻った。


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