第一章 第一の匣

1-1 ギプフェル

 ギプフェル


「前衛! 崩されるな! 報告通りならそいつらはまだまだ雑魚に値する!」

 山頂に立つ城、そこから円形に広がる城下町。総称「ギプフェル」。そして、ギプフェルに侵入した大量の巨大なモンスター。

 様々な罠が張られた城壁や、防衛隊のお陰で、他の小さな街や村に比べれば被害は少なく済んでいた。それでも、被害が出なかった訳では無い。どこからともなく現れた大量の魔獣は、波状攻撃の如く幾度もの段階を踏んで訪れる。必死な想いで、第一陣を全て倒したかと思えば、息付く暇もなく第二陣が現れ、倒した屍体を踏みつけ、むしろそれを利用して高位からの攻撃を繰り出す。

「無理ですよスカーレットさん……! 馬鹿力ならともかく、火を打ち放ったり、水を吹き出したりと、未知の能力と対峙するのは初めてなんですよ!? 対処法も分からず常に後塵を拝しているような状態なんです!」

「それでもだ! それでもなんとかしろ!」

 名前通りの真紅の鎧を纏う戦士・スカーレットは、自身でも無茶苦茶なことを口にしているとわかっていても、それ以外の発っすることのできる言葉が見当たらなかった。

「既に西方は城壁が破られ、前衛隊は壊滅し、敵はギプフェル中心へと進軍している! これから私はそちらへ加勢に向かう! 必ず戻ってくるから、その間だけでもなんとか持たせてくれ……!」

 空を舞うように、軽やかに跳躍し、今いた南方から西方へと最短距離で向かう。東を除く三方から攻撃され、西方が一番の激戦区であった。

「未知の能力を使う敵に、どうやって勝てばいい……!」

 ギプフェル軍部では、最高位に立つスカーレット。彼自身の能力も然る事乍ら、その気さくである人柄からも人気を集め、今やギプフェルの守護神として崇められていた。

 であるから、当然負けることなどできない。敗北を喫すれば、このギプフェルは一瞬で陥落する。

「チッ……! 考える暇も与えてくれないか……!」

 やぶられた城壁から、円形の城下町の中へと扇状に広がりながら侵略を進めている。このため、スカーレットが魔獣と対峙するまでの時間は、想像よりも短い。

「ッ……アア!!」

 軽やかに跳ねるスカーレットを、地面に叩きつけるように振り下ろされる魔獣の右腕。

 その右手をザクりと切り落とす。そして、自身に攻撃が向かないように、相手の視界を奪い、二筋の血涙を流させた。

「こいつらにとって、我々を攻撃する理由はなんだ……?」

 魔獣の中には腹を好かせたのか、逃げ惑う人々を喰らう者もいる。しかしそれが全てではなかった。建物のみを好んで壊す魔獣もいれば、逆に建物を壊さずに人のみを投げ捨てるように扱う魔獣もいる。

「やめろオオオオオ!!!」

 その叫びと同時に、人間食べようとしていた魔獣の手に組み付き、握られた拳の中から街人を助け出す。

 その光景を見た街人からは、「スカーレットが来た」という歓声が上がる。

「早く逃げるんだ……! ここは私が何とかする」

 お決まりのセリフを発し、鋭く研がれた、青の光を反射させる剣の切っ先を敵に向け、一瞬でも長くの避難時間を取る。

 しかし、その歓声と対峙した時の挑発のためだろう、相手は純粋な武力ではなく、未知の能力を用いてスカーレットに攻撃を仕掛ける。

「また、火を放ってくるのか!」

 差し出すように伸ばされた手からは、特徴も変哲もないにもかかわらず、スカーレットを襲う炎が発せられた。

「予想出来れば避けるのは他愛もないが……ッ!」

 回避ざまに魔獣の視界外、足元に小さく回り込んで突き上げる様に剣を突き刺す。

 しかし、その痛みではまだ敵を征服することは出来なかった。

「なっ、まだ動くのか……!」

 ズドンと地面を響かせるほどの衝撃を与える、両手を組み完成された特大のハンマーを振り下ろす。これも大きなモーションだ。避ける事は他愛もない。しかし、耳に届いたのは「ピキピキ……」という不自然な音だった。

「この音は……、氷か……!」

 気づいた時には既に先手を取られていた。

 一対一で対峙していたその奥にいた魔獣、同じ茶色の体毛を持ち同種であると勝手に判断していた。しかし、それとこれとは話が別。どうして、氷を使い足止めをするなどと考えるだろうか。

「マズイ……。壊さなくては……!」

 ジャリジャリと氷を削るように切っ先で削いでいくが、なかなかその体積は減らない。

 時を数秒流せば、目の前には火を放つ、背後には氷を使う魔獣。うじゃうじゃといるそれらは他にどのような未知の能力を持つか判明していない。

「ゥ、アアアアア!」

 足を取られたままの格好で力の限り捻った身体から、渾身の突きを氷の魔獣に喰らわせる。

 その瞬間。

「ガアアアアアアアアアア!」

 魔獣は耳を劈く雄叫びを発する。その声には、スカーレットを挟んで攻撃を繰り出そうとしていた炎を放つ魔獣も耳を塞ぐほどのものだ。瞬く間の光が網膜に飛び込んだかと思えば、氷の魔獣は屍体と成り果てた。

「何故だ……? 今私の身に何が起きたんだ……? この剣から何が発せられたというんだ……!」

 それは確かに剣から発せられた「何か」だ。光を伴い、たった一突きの攻撃にもかかわらず、何倍にも威力が増したその感覚が、刹那的に身体中に染み込んだ。

「これがあれば……!」

 そう思い立ち、スカーレットはその感覚を忘れぬうちにニ撃目を炎の魔獣に打放とうとする。

 再び身体を目いっぱいに捻り、低い姿勢から切っ先が届くギリギリまで威力を一点に集中させ、単発の突き技を放った。

 しかしその力は発動せず、氷漬けの足のまま、炎の波を直接浴びることになる。

「うぐうぅぅぅあぁぁぁぁ……!」

 身体の前で交差させて顔を守る。炎の圧力は、足元を固定した彼にとってそれだけでも苦痛である。その上逃げるという術を持たない彼は、必死にその熱に耐えるしかなかった。

「団長おおおおお!!!」

 遠くから、高速で迫るように、微かに聞こえたその声。

 そして、対比的に極寒の如く温度が身体の表面を吹き荒ぶ。

「遅くなってごめんよおおおおお!!!」

 人一倍大きな声と、人一倍辺りに響きわたる透き通った芯のある声の主はシアノ。第一隊隊長兼第一団団長という肩書を持つスカーレット直属の部下であり、ギプフェルを防衛軍第二隊の隊長である。見た目から取れる華奢なディティールでは想像出来ないような攻撃を繰り出す女性隊長。

「本当に遅かったぞ……」

 内心死ぬかと思っていたスカーレット。

「うわっ、酷いやけどだ……。跡つかなければいいんだけど、これだけ広範囲で深そうだとそういうわけにもいかないよねえ……」

 いくら鎧をつけていたからと言っても、それは耐熱であるはずも無ければ、むしろ内部は蒸し焼き状態、直接火に炙られていた腕や腹部は火傷が酷いという想像は可能であっても、痛みの無さがその感覚を昇華させていた。

「鎧が溶けるほどの火力とは恐れ入ったな、団長さんよ」

 スカーレットの背後から、刀身の太い剣からどろりと粘性の高い血液を垂らしながら足取り重く近づいてくる男。

「無事だったかナラハ……。お前の事だから、まーた城の天辺から眺めているだけかと思っていたのにな」

「おいおい、俺をなんだと思ってやがるんだ」

 ナラハはシアノに次ぐ第三隊隊長、この通り、やる気とリーダーシップの欠如のために火力要員となっている。しかし、スカーレットとシアノからは信頼されている。ひどいサボりぐせのせいで信頼はこの二人と、ごく一部からしかないが。

「ポンコツ」

「カーッ、いってくれんねぇシアノ」

 笑いながら両者が発する冗談交じりのその言葉を聞いて、ナラハは頭をポリポリと掻きながら、その場を去るように西方の門へと向かう。

「気を付けろよ……! お前は飽きると戦い方が雑になる!」

 丸まった背中で無言の返事をして去っていく。

「それにしても何なのこいつらは! いきなり襲ってきたと思えば、よく分からない能力を使って、街がめちゃくちゃだよ!」

「そうだな……」

「なにか思い当たることないの?」

 感嘆符を発して、焼けてしまった鎧を外しながら考える。そうしてやっと、自身の火傷の酷さに気づき、自身でも寒気が増すほどの爛れ具合に思わず目を背けた。

 しかし、頭を巡らせていたスカーレットは唐突に一つの言葉を口にした。

「アイギスの……」

「アイギス……? アイギスって言ったら、子供の時に読んだ昔話で見たことがあるかもしれない……」

 そこでハッとして、二人は顔を見合わせた。

「昔話が現実になっているんだ……! 厄災に解き放つパンドラの匣と、魔を喰らい尽くすアイギスの匣のあのお伽噺が……!」

「待ってよ、あれってハッピーエンドな物語だったはずじゃない?」

「あれは物語で出てくる勇者がアイギスの匣を解放していたからだ……。あの内容通りなら、つい最近、ここ数時間のうちにアイギスの匣が閉まってしまったというのか!?」

「えっ……。そもそも昔話の世界の物なんだよ? そんなものがこの世界に本当に実在してるっていうの?」

「いや、もちろん定かではないよ。しかし、その可能性を排除する方が愚かだろう。あくまでも昔話だ。誰かがその事実を伝記として書いたが、いつの間にか昔話のファンタジーと成り下がった可能性は十二分にある」

「じゃあ魔獣が使う未知の力は魔法……」

「ああ、そう呼んでもかまわないだろうな……」

 二人が子供の時に読んだ昔話。

 その中では、二人の神様の争いについて描かれていた。そしてたしかに、二つの『匣』が登場していた。勿論、魔獣や魔法といった不可解な能力も。

「そうだ、シアノ」

 柔らかな口調でシアノに頼み事をする。

「ここまであのバケモノ共を連れてきてほしい」

「え……? スカーレット、その火傷でまだ戦うつもりなの……!?」

「ああ。なんだかんだ、シアノもナラハもここら辺のは倒してくれているからな。西方から侵入しようとする魔獣はナラハに任せておけば大丈夫だろう。ならば、後はこのあたりに残っている残党狩りだけだ」

 だんだんと口調に凄みが増す。たった数分前の感覚を再び自身に投影させるべく、記憶と怒りを含めた感情を露わにする。

「はあ……」

 呆れ顔のシアノには、若干申し訳ないと思いつつ、頼みを受領してくれたことを見届けて目を瞑る。

 火傷をして熱を持つ右腕で剣を握り、炎によって溶けた氷が脚を守ったお陰で、まだまだ軽やかなステップを刻む。

 重量感のある物体が空気を切る音が徐々に増していく。そして。

「ゼロ」

 たった数十秒でどこからか数匹の魔獣を引き連れてきたシアノが、目を瞑るスカーレットとすれ違うと同時に発した言葉を合図に脚を巻く。

 三匹の魔獣と対峙し、位置を正確に把握する。

 水平な脇構えから、正確にニ撃ずつ躰の中心の同じ点に攻撃を叩き込む。

 攻撃が魔獣と接触すると、刹那的な光の発振が起こったかと思えば、その巨躯は地面に突っ伏すように倒れ込む。

「今度は……ハァ……、しっかりと、発動したぞ……」

 一瞬で体力の殆どを持ってかれた程の疲労感に襲われる。剣を支えにして倒れずにいるのがやっとだ。

「大丈夫……!? それよりも今のは……!」

 その後瞬時にスカーレットの元にシアノが駆け寄り、腕を肩に回す。

「ああ、これが……魔法だ……!」

「何で……?」

「分からないが、ふと敵を攻撃した時に変な感覚に襲われてな。その感覚を研ぎ澄ませてもう一度やったらこの通りだよ」

「これだけの強大な力があれば、魔獣にも太刀打ちできる……!」

「そうかな……? 一度意識的に使っただけでこのザマだ。大量の敵を相手にすれば、そう易々とは使ってられない。言ってしまえば諸刃の剣だ」?

「そっか……」

「まあしかし……、このやけどは想定外だったな……。二段突きも外すところだった。それくらい感覚が鈍くさせられた」

「そうだね。早く冷やさないと、もっと酷いことになる」

 そうしてふらつく足取りの中、シアノの首筋に直接当たる腕はひんやりとした感覚が訪れ、どこか気持ちが良くなる。城の中にある医療所へと向かおうとした。

 ドドォォォォォン……。

 突如、ナラハが向かったはずの西方から、何かが崩れ落ちるような轟音が鼓膜を震わせた。

「なんだ……!」

 首だけで背後の様子を伺う。

 そこでは、西方の門周辺の城壁が×字に断ち斬られ、ズルズルと音を唸らせながら崩れ落ちようとしている。

 しかし、その異変に気づくまでにそう時間はかからなかった。

「ついに魔獣の中に武器を持つ奴が現れたのか……!?」

 切断面が途轍もなくきれいである。

「いや、あれは……」

 頭をポリポリと掻く、既視感を覚える動きをする。

「あれは……?」

「あれは……、多分ナラハじゃないかな……。今まさに雑になってる……」

「あ」

 そうして頭の中からすっぽりと抜け落ちていた、昔の話を思い出す。

「前科があったなそういえば……」

 ハァと大きなため息を吐いて、頭でアチャーというジェスチャーをする。

「たしかにあいつは火力要員ではあるが、どこの誰が自分の暮らす街の城壁を壊す男がいるんだ……」

 呆れながらも、その光景は見なかったことにして、一旦城内に引き返す足跡を残した。

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