第48話 覚悟と誤算

40歳くらいなのだろうか。

目の前の男は父親のカイル・フェネルよりも上、祖父のゴーザよりは下だと思うが細かい事は分からない。

仕立ての良さそうな綺麗な服に瓜の様なタプンとしたお腹を押し込んでおり、こげ茶色の顔の中から濁った眼が見下ろしていた。


「頭まで手が届かないか。得物がないとつらいなー。」


手を伸ばしてもその男の顔に指先がどうにか届く程度なので最も効果的な頭部への攻撃は諦めるしかなかった。


子供の身体は戦う事に向いていない。

今の様に身長差があると攻撃できる場所が限られてしまう。

その上成長しきっていない身体は脆くてユウキが全力で殴れば指の骨が砕けてしまうし、筋肉や腱も常に傷ついてゆくなどの弊害が付きまとう。

治癒の魔導具で無理やり戻しているから保っているようなもので、そうでもなければすぐに動けなくなる事は真昼の黒鳥の様にすぐわかる事だった。

それにパルス達のサポートがなくなった事も悔やまれる。

ただの板でも得物があれば大人の頭に届いたし、拳を痛める―――それでも方々の骨が軋んだりヒビが入るのだけど―――心配をしなくても良かった。

後半は怪しくなってしまったがパルスが居ればこんな背の高い人は格好の的としてユウキの所に来る前に球弾で沈めていた。

「短い間だったけど結構いいチームだったのかもしれないな。」

目だけが少しだけ笑いの形になっていた。



男が踏み出したタイミングで足を蹴ればバランスを崩してあっさりと倒れた。

目の前を通り過ぎる頭に手のひらを当てればダンと首が曲がって白目を剥く。

一歩前に・・・と思う前に詰め寄った次の人が居るので半歩踏み出して、今倒れた人のお腹に足を乗せる。

猫の様に爪を立てた白い手首を掴んで引き寄せると奥に向かって押しだす様に送り込む。

すれ違い様に頭頂部をパァーンと叩いて意識を奪えばよろめく様に壁際に横たわる。


直後ダンダールが殴り掛かってきたのを受けると流れるままに身体を回転させて次の人に肘打ち。

足を払って倒すと気絶させるために頭を蹴る・・・と思ったが途中で止める。


「ダナエちゃん達がいないのだから無理に気絶させる必要はないのか。」


今まではすぐ後ろに折れた板を交換するためにダナエがいた。

殺気だった人々の中にいては思わぬケガをすることもあるし何より炎に触れてダナエが取り込まれる危険があったので意識を刈り取るまでしていた。

もっとも炎の意思に縛られた人はユウキだけを狙うので後ろに逸らしてもダナエには直接の危険はなかったし、パルスなどからすれば無防備な背中を攻撃できるのでむしろ都合がいいぐらいだったがどんな切掛けで敵意が向くか分からないのだから危険を冒す気にはなれなかった。


しかし今、ダナエはいないのだから無理をする必要はない。


気絶させなければ後からも攻撃される事になるが、すでにダンダールがいるので今更だろうし、むしろダンダールが攻撃するときに邪魔な動きをしてくれるかもしれない。

それに、トドメを刺さなくていいなら1~2手は省略して進むことが出来る。


目の前に来た人に対して腹でも足でもいいから一撃。

相手が動きを止めたところを引き倒す。

場所を入れ替えて次の人に攻撃。

引き倒して、入れ替わって、攻撃して・・・

合間にダンダールの攻撃を捌くか、捌き損ねて殴られる。

治癒の魔導具で治しながら時間のかかるダンダールは無視して前を向く。


身体に蓄積していく疲労やダメージは治癒の魔導具があればごまかす事ができる。

心配なのはセレーマに影響する精神の疲労だが、ロジックサーキットをローテーションさせた上にストレスをタルタロスサーキットに流してしまえばかなり耐える事ができる。

この調子であれば一日中でも動き続ける事ができそうだった。


繰り返し


繰り返し


繰り返し


ガンッ!


急に錆びついた様に動きを鈍らせたユウキが前から向かって来る人に殴られてよろめいた。

直ぐに体勢を立て直して倒したが明らかに動きに精彩を欠いていた。


ユウキの誤算


ユウキの左ひじには先程まではなかった赤黒い炎が燃えていた。

素手の攻防は彼我の距離が近い。

どうしても身体の接触が多くなり、相手の胸で盛大に燃えている炎を避け続ける事はできなかった。


タルタロスサーキットが健在である以上意識を縛る能力は効かないし痛みも意識に上がることはない。

だが痛みに対して身体が無意識に反応する事とそれに引き摺られてセレーマの収束が鈍る事は避けられなかった。



殴られ、蹴られる事が多くなる。

魔導具の効率が落ちて疲労とダメージが増えてゆく。

進む速度が落ちれば前後から詰め寄る人との距離は近くなり、その結果さらに背中や足にも炎が着くことになる。


まだ路地の半ばでしかないのにヒタヒタと迫る人々にユウキは飲み込まれようとしていた。





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