第47話 立ち塞がる者 2

古着屋で手合せした時からユウキには分かっていた。

締りのない外見からは想像できないがこのダンダールと言う人は相当強い力を持っている。

政治的な影響力を意味する“権力ちから”の事ではない。

探索者の本分であるコルドランでの生存能力としての力。

知識、判断力、一瞬の決断力、速さ、諦めの悪さ、運、そして戦闘力。


本来であればユウキとマリーンに古着屋のアンナが加わったとしても一瞬で倒されてしまう程の差があった。

先の手合せのでは結果的にユウキ達が勝利することが出来たが、そもそもダンダールの方には戦っているという意識さえなかった。

女の子を守ろうと健気に向かって来る男の子がいたので『面白そうだから軽く稽古をつけてやる』くらいの軽い気持ちでしかなかったのだ。


そんな男があふれ出る憎悪に顔を歪めてユウキの前に立ち塞がっている。


かなうはずはなかった・・・本来であれば


少し考えれば分かる事だ。

どうして何十人もの人間をユウキが倒してこられたのか。

幾ら大人に匹敵する力を使う事ができ、英雄と呼ばれるゴーザから手解きを受けていたとしても果たしてそんな事が出来るものだろうか。

もちろん高価な治癒の魔導具で継続能力が大幅に増強されていたり、マルチロジックサーキットによって瞬間的な認識力が常人とは異なると言うプラス要素はある。

けれどもその程度の事で覆せるほど緩い状況ではなかったはずだ。


今まで対峙してきた人たちは、意識はユウキへの憎しみで覆われていてもその動きは鈍く、攻撃においても防御においてもまるで手足に結ばれたロープで後ろに引っ張られているとでも言う様に精彩を欠いていた。

そして、崩れ落ちる瞬間に見返す顔はまるで感謝を伝えるように和らいでいた。


(みんな無理やり意識を塗り替えられていても心の奥底では抗っている。自由にならない身体を、心を引き留めようとして・・・顔を歪めながら・・・。それなら僕にもこの人に勝てる可能性はある。本来のダンダールさんの意識が僕を守ろうとしてくれていれば十分な実力を出す事はできないはずだから。)


ユウキは先程投げ捨てた板の一枚を拾い上げると覚悟を決めて足を踏み出した。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




衝動の命じるままに動き、大勢の中に混じっている事は心が安らいだ。

胸の炎によって焚き付けられた憎悪、“炎の意思”は文字通り身を焦がす様に疼いたがそれさえも心地良い。

自分の中で探索者としての責任感が意義を唱えているが―――― “護衛していた”ユウキを“護衛ではない理由で追いかけている”のだから本来のダンダールであれば我慢できなかっただろう―――しかしそれも『仕方がない』と思う自分の声に打ち消されてやがて声は聞こえなくなっていった。



コルドランにいる時はともかく普段のダンダールはかなり自堕落な生活をしている。

自分の欲望に忠実だと言い換えてもいい。

心配したアーキスはよく注意をしているし、アスミなどはあからさまに罵っているのだがそんなことを素直に聞き入れる様子は毛さき程も見られなかった。

仕事とのけじめはつけているので二人にしてもそれ程―――強制的に改善させる程―――強く言う事はできなかったということもある。

だがそんな生活に馴染んでいた事もあってダンダールの意識には“湧き上がる欲求に従う”事に抵抗が少なかった。

やがて酔いにも似た微睡の中でダンダール本来の意識は溶けるように曖昧になって行った。



『炎の意思』は心を縛ると共に同じく心を縛られた全ての人々の思考を繋いでいた。

一人一人は個でありながら一人の想いが全体に伝達されて行き、集団を一つの生き物の様にまとめていた。

もっとも、数千人に膨れ上がった思考はスープの様に入り混じっていたので一つ一つの想いを区別できる者などいなかったのだが、唯一ユウキに関する事だけは塗り重ねられた絵具の如く補強されて浮き上がる様にはっきりと感じられた。

『ユウキが何処にいた』『何をした』と伝えられる度に集団は方向を変え、ついにユウキの近くまでダンダールを連れて来ていた。


小さな身体が殴り掛かる男をあしらっていた。

子供とは思えない見事な体捌きは流石は英雄ゴーザの血筋だと感心させられたが、同時にどこか不自然に動きを制限している様にも思われた。

(何かを庇っているのか。)

「ソノスキヲリヨウスルコトハデキナイダロウカ。」

二つの考えが意識に上がり、炎の意思が全体に伝えられる。

最前列にいた男が動きを変えたが瞬く間に倒されてしまった。

倒れて行く男にユウキが軽く体を当てると意識のない男の身体は“くの字”に折れて崩れる様に静かに地に伏せる。

一瞥したユウキの視線がすぐに前を向く。

(悲しみ?安堵?今の男は地面に頭を打付けると思ったが、態々姿勢を崩させたのか。この状況で随分余裕があるのだな。)

「コチラヲキヅカウトイウナラコウツゴウダ。ソノスキヲリヨウシテヤル。マエノニンゲンガヤラレタラジメンニムカッテツキトバセ。」

炎の意思と同時に伝えられた思いは動揺、悲しみ、拒絶。

結果的には全体の動きは更に鈍る事になり、突き飛ばす隙もなく倒されて行く。


それからどれ程の時間が過ぎたのだろう。

路地の入口まで来たユウキはそこから先に行きあぐねていた。

それも仕方のない事だ。

狭い路地と異なり広い通りで詰め寄る人数は常に4,5人はいる。

一人を倒してもユウキが進む前に次の人間が隙間を埋めてしまう。


もう直ぐダンダール自身がユウキの前に立つと言う頃、焦りが判断を狂わせたのかユウキが手にした板を手放した。

一旦下がって距離を空けたユウキは勢いをつけてこちらに突進しようとしていた。


足元を向く視線で自分の目ではない目が見た光景が脳裏に浮かぶ。


(また足元に潜り込むつもりなのか?)

前の時はすぐに路地へと抜けて行ったが今度はどうするつもりだろう。

ここには人の居ない場所など何処にもない。

しばらくは進むことはできても遠からず行きづまり、起き上がる事もできないまま踏みつぶされるだろう。

(止めさせなければ。)

同時にダンダールの中で炎の意思からも声が上がる。

「ココマデキテニガスモノカ。」


炎の意識と本来の意識が共にユウキの行動を止めようと重なり予想外の力が湧き上がった。ダンダールは人を押しのけて飛び出すと腰を落としたユウキの顔目掛けて力一杯蹴りを放った。


「ヤットオレノバンガキタノダ。ニゲラレルトオモウナヨ。」

(坊主はボロボロじゃないか。俺たちが護らなきゃいけなかったのに。)

再び別れた二つの意識は、今度は身体を操ろうとせめぎ合う。

しかし力の差は明らかでダンダールの意識は勢いを失くしてゆく。

主導権を取り戻した炎の意思はユウキに殴り掛かったが易々と躱された。

ダンダールがギリリと奥歯を噛みしめる。


「モットチカラヲヨコセ。」


途端に炎の意思が力を増し、本来のダンダールは曖昧なものになって行く。

幾分勢いを増した拳をユウキは上げた腕で防いだが力任せに壁に叩きつけられた。

『ガハッ』と息を吐くユウキを更に逆の腕で殴ると路地の奥へと押し込んでゆく。


『マダダ!モット、モット・・・』

本来の意識は最早見分けもつかないほど薄くなった。

立ち上がったユウキに感じた憐みもすぐに消えて行く。


もはやダンダールの表情には隠しようもない愉悦が現れていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



立ち上がったユウキがキッと前を向く。

口の中を切ったのか唇の端から血がしたたり落ちた。

今のダンダールからは愉悦しか感じられず、どこかアグリオスを連想させた。


「ダンダールさん!」


呼びかけても何の反応も返ってこない。


「ダンダールさんはアレトゥーザ様にだってケンカを売ったと古着屋のお婆さんが言っていたじゃないですか。その炎はアグリオスに移されたもの。確かに神族になったのかもしれないけど崇める人もいない神様の炎になんか負けて悔しくはないんですか!」


ユウキの叫びに答える返事はない。

ただ、薄れゆくダンダールの意識にスザナの言葉が浮かんだのかもしれない。

動きを止めたダンダールは低く唸ると“喜んでいるのか悲しんでいるのか分からない奇妙な形”に顔を歪めていった。


それから、ユウキとダンダールは殴り合いを続けている。

手にした板はとっくに折れ、今はお互いに素手だ。

殴り、受け、躱し、時には蹴る。

ダンダールの攻撃は5回に1回程しか当たらないのに対してユウキは3回に1回はまともに攻撃が入っている。

先程の呼びかけが効を奏しているのだが元々の実力に差があり過ぎてこれでようやく互角と言うところだ。


お互いに決定打がないまま時間だけが過ぎて行く。

そして二人とは関係ない所で、押し寄せる群衆が二人の戦いの場を徐々に奥へと押し込んでいった。


「お兄さん!それ以上来られたら間に合わないよ。」

ユウキには珍しく全てのロジックサーキットを目の前の戦いに向けていて周囲の状況を観ていなかった。

そこまでしなければ互角にすらならなかったのだ。

気付けばパルスを運ぼうとするラットが直ぐ後ろに居た。


「ラット!早く、早くパルスを運んで。」

「これ以上は無理だよ!」

ラットは泣き出しそうになりながらも懸命にパルスを担いで運んでいるが小さな身体には負担が大きすぎた。

倒れている人に躓きながらではこれ以上早く動くことはできそうになかった。


「前に進まなきゃ。」

だが今でもギリギリでダンダールの相手をしているのだ。

これ以上どうしようもない。

そうしている内にもダンダールが更に一歩前に出て殴ってきた。


もう下がる事はできない。


拳を躱すとユウキは大きく前に踏み出してダンダールに並んだ。

ここでダンダールに攻撃しても致命傷を与える事はできないのは分かっている。

だからユウキは目の前の男、ダンダールの後ろに居た人のわき腹に畳んだ肘を叩きつける。

くの字に曲がる身体が倒れる間も惜しみ、その腕を掴んで引き倒すと空いた隙間に足を滑らせる。

そしてまた、次の男のあごに下から掌底を突き上げると身体を入れ替える様にして前に出る。


要はダンダールが現れるまでやっていた事を繰り返すだけだ。

大したことではない。

今まで進んだ距離が元に戻っただけの事だ。

パルスの援護がなく、得物にしていた板がなくなって進む速度が遅くなっただけだ。

足元には倒れた人がいて踏込みに力が乗せづらくなっただけだ。


そして


残されたダンダールが無防備な背後から殴り掛かってくるだけの事だ。


悪化した状況であってもユウキは前に進むしかなかった。

進まなければ無関係な命が消えるのだから。


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