第37話 包囲突破

「さて、どうしたものかな。」


うしろは壁、前にも押し寄せた人の壁

ユウキの小さな身体でも抜け出る隙間などはない。


「とりあえずもう少し離れないと・・・」

ちらりと後ろの扉を見ると玩具の剣を手に家の壁に沿って駆けて行く。


先程拾った剣は既にユウキの手にない。

マリーンを押し込んだ扉に突き刺してかんぬき代わりに使ってしまっていた。

そうでもしなければ直ぐに追いかけてくるに決まっているからだ。


それに、実剣を持っていては相手に怪我を負わせてしまうかもしれない。

聖者の盾の人たちが炎に取り込まれる所を見ては、誰であれ傷つける気になれなかった。


「しょうがないかな。」

溜め息交じりにそんな言葉が漏れる。


痛みも苦しみも恐怖すら避けられれば人は自分の思うままに行動する。

その上で自己保身欲の薄いフェンネルであれば例え命が危ういとしてもこんなものだ。

かなり絶望的な状況にもかかわらずユウキの表情に悲壮感はなく、むしろマリーンの安全が確保できたことで気持ちが軽くなっていた。



小さな体が群衆に向かって駆けてゆく。

狂った様に押し寄せる人々はどの顔も苦しそうに歪み、その動きは鈍い。

伸ばされた手がもう少しで届くかと思われた時、小さな姿はその直前で深く沈み込み、戻る力を利用して剣を振り抜いた。

真紅の水流がその勢いで一瞬だけ暴徒を押し留め、顔を覆って視界を塞ぐ。


「飛炎斬・・・もどき?」

ゴーザの剣技・飛炎斬は離れた敵を容易たやすく両断するが玩具の剣にそこまでの威力はない。


「だけど・・・これで十分。」

惨劇は望んでいない。

今は相手の勢いを殺し目くらましができれば十分だ。


振り抜いた反動で回転するままに地面を蹴ると窓枠に足を掛け、もう一度蹴って高く宙に踊る。


途端に注がれる視線を水流で塞ぎ、目星をつけていた人の肩を蹴ってまた跳び上がる。



「振って・撒いて・跳ぶ。振って・撒いて・跳ぶ。振って・撒いて・振って・撒いて・蹴って・跳んで・・・」

閃光から回復してユウキを捕まえようとする人が増えてゆくが剣から水を飛ばしては目くらましに使い、伸びる手を時に蹴り飛ばしながらすり抜けて行く。

まるで踊っている様にあちらに跳び、こちらに跳びを繰り返す。


「あっちは女の人が多いからこっちに跳んで。この人は頑丈そうだから強く蹴っても大丈夫。うゎ、あの人病弱そう。肩を踏んだら折れそうだから隣りの人に乗る・・・」


ユウキだけを見ていれば無邪気に飛び石を踏んで小川を渡るのかと錯覚しそうになるが下は人の海。

しかも伸ばされた多くの手は目くらましの水を受けて真っ赤に染まっており、まるで死者の国にいるようだ。




「あと二歩・・・」


目指していたのは家並みが途切れた狭い路地。

人が一人通れるだけの狭い空間なら囲まれて周り中から攻撃されることはない。


もっともその後をどうすればいいかはユウキにも分からない。

路地の向こうにも人が押し寄せている以上、逃げる場所など何処にもないのだ。


だけど

それでもユウキは諦めない。

ゴーザから教えられた探索者の姿そのままに最後の一瞬まで前に進む。




ひと際大きな肩に足を着け、深く沈んで力を溜めるとたわんだ若枝が跳ねる様に全身の筋肉に力を込める。

無骨な手に足を掴まれたがもう一方の足が鞭の様に打ち払うと回転しながら肩を蹴って跳び上がる。


ユウキの視界が目まぐるしく流れて行く。

この状態で方向を把握する事などできるものではないがドールガーデンの感覚は通常とは異なる。

前後左右上下を一度に認識する感覚は元々人間のものではなく、コルドランで臆病な事しか武器がない魔物・リューケンの観ている世界に他ならない。

前後左右上下が入れ替わっても、例え五感を全て狂わされても即座に対応して生き残ってきた小さな魔物の感覚には視界が移り変わる程度の事は何ほどでもなかった。




寸分の狂いもなく目指した男の肩に降りると最後の跳躍に向けて膝を曲げる。

身体の回転を殺して前を向き、蹴り足に力を込める。

だが回転を止めた逆向きの回転力はユウキの足元から伝わって土台にした男のバランスを崩していた。

そこに跳躍の力が加わるとあっけなく男は崩れ落ちた。

仰向けに倒れた男の上にユウキが落ちる。

幸い下の男がクッションになって怪我はないがもう頭上に跳び上がる事はできない。

路地まではあと1シュード。

ユウキは腕で頭を庇うと目の前の足元に強引に身体を捻じ込んで行った。

身じろぎできないほど人が詰めていても体の構造上足元には隙間ができる。

強引に押して行けば子供一人が通る事は何とかできるはずだ。

何人かはユウキの意図に気づいたが足元の子供に手を伸ばす隙間などなく、ましてや奥に行けば足元のそれが追いかけていた当人だと気付かれることもなくなった。

ユウキは最後の一人を躱して路地に転がり込むと奥に向かって走って行った。



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