第5話 壊れた心 3

事件の事は”はぐれ神による襲撃”として周囲の者に説明された。

何かのきっかけでユウキに目を止めた神が、過激なイタズラを仕掛けてきたのだと、更にユウキを混乱させるためにアラドーネの姿をして現れたのだと・・・。

少しの真実混ぜる事で肝心な事を誤魔化したのだが、こんな詐欺師の様な話にしなければ騒ぎを収める事ができなかった。


ユウキが襲われてからしばらくの間は傷の治療に専念した。

魔導具によって驚異的な治癒ができると言っても心の事は別問題だからだ。

周囲の者もユウキが負担に感じない様に気を配り、しばらくは穏やかな生活が続いた。


そして、ひと月ほど経つ頃に、『とりあえず大丈夫だろう』と判断してゴーザは朝の訓練を再開した。


『・・・ほぉ!』


現れたユウキを見てその変貌に驚いた。

今まではゴーザが平服だったことに合わせたのか、動きやすくても”あくまで普通の服”を着ていたのだが、この日のユウキは皮の防具をつけて来ている。

今までも防具を着ける事を禁止していた訳ではないが、あえて「着けろ」とも言っていなかった。

ユウキの態度にも大きな変化があった。

追い詰められたような必死さが影をひそめ、どこか”太々しく”さえある落ち着きが態度に現れている。


剣を交え始めてその印象は益々強くなる。

まず、驚いた事に恐れが見えない。

多くを経験した大人であっても、死にかける様なケガをするとしばらくは動きに固さが出てしまうものなのだが、ユウキの動きは滑らかでむしろ以前よりキレが増してさえいる。

今まで見え隠れしていた”媚びるような甘さ”が消えたことで、一つ一つの動きが伸び伸びとしている事も関係しているだろう。

それにこの冷静さはどうだ!

目の前、鼻先1キルド(掌くらいの長さ;1/10シュード)の所を切先が抜けたと言うのに瞬きすらしていないではないか。

身体ができていないのでパワーとスピードは足りないが、生半可な大人相手であればいい勝負ができるだろう。

剣を振る度に鋭さを増すユウキにゴーザも徐々に自分の動きを上げていく。

『どこまで着いて来られるかな。』

期待で久しぶりにワクワクしてくる。


剣の軌道を半キルド程近づける。

反応なし

即座に反撃。

良く見えているし、動きにも余裕が感じられる。


更に近づけて、速度を上げた剣が皮膚をかすめる様に振りぬく。

今度は半歩下がって避ける。

「いい判断だ。今のは避けなければ衝撃で皮膚が裂けた。今度は当てるぞ!しっかり受けろ!」

更に剣速を上げる。

避ける余裕は与えない。


カンカンカンカン


頭上・足・胴・腕、立て続けに繰り出す剣戟をユウキは自分の剣で受けきったが、流石に対応が遅れてきている。

続けて顔へ放った突きはギリギリで”払い”が間に合ったが、右耳をかすめた太刀風は恐ろしい唸りを上げた事だろう。

流石に顔色が変わり、視線だけが剣を追う。

そして、ゆっくりと右目の瞼が閉じられていく。


良くやった方だが戦いにおいて目を閉じてしまうのは致命的だ。

視野が狭くなって、攻撃も防御も制限される事になる。

とは言え、子供でここまでできれば大したものだろう。


あの事件がどんな後遺症を残しているか心配していたが、ユウキの中で上手く昇華できたようだ。

剣を振るう覚悟が生まれ、男として壁を一つ越えた様に思えた。

課題はまだ多いが、これでロジックサーキットを自在に使いこなす様になればまだまだ伸びる。

ユウキの変化は思いのほか良い方向に向かっていたが、更に鍛える為にも欠点を突いて打ち負かす方が効果的だろう。

ゴーザは打ち込みと共に突進し、フェイントでユウキの意識を左側に誘導、そして素早く死角になる右側に回り込む。

ユウキからは突然ゴーザが消えた様に思えたはずだ。

そこに見えない角度から足を打ち、怯んだところで掴んで投げ飛ばす、そう考えていたのだが


カーン!


驚いた事に死角からの打ち込みに対してユウキは振り向きもせずに反応し、完璧に受けて見せた。

それどころか受けた剣を跳ね上げて逆にゴーザへ打ち込んでくる!

充分早くて重い。

まだゴーザに余裕はあるがとても8歳の子供の力とは思えなかった。

それから数合、攻守を繰り返したがユウキはその全てに対処できていた。

右目を閉じたままだと言うのに見えないはずの打ち込みにもしっかり反応している。

これ程激しく動いていると言うのにユウキの顔からは表情が消え、まるで作り物の仮面の様に見えた。


「ドールガーデンを使っているのか。」

打ち合いの僅かな合間に問いかける。

「お爺ちゃんの動きについて行くには必要だと思ったので・・・」

胸元から皮ひもに繋がったリューケンの鏡を取り出し、ゴーザに見せる。

リューケンの鏡は高価な魔導具だが、長年探索者をしているフェンネル家にはいくつか予備が置いてあったはずだ。

それを何処からか探して来たのだろう。


ドールガーデンを発動させるにはかなりの集中力が必要なので、戦闘中に展開する事は通常では不可能だ。

ロジックサーキットを割り振ればゴーザには使う事が出来るだろうが、目の前の状況を確認するのであれば五感と閃きに頼る方が簡単で早い。

それにゴーザの戦闘スタイルはロジックサーキットを使って、二刀流の剣戟と魔導具による攻撃や強化を行う事にある。

周囲の状況を認識する為にあえて系統一つを使う事はできなかった。


ドールガーデンを展開して全方向に視覚以上の認識領域を作り、高度の見切りをする。

そして相手のしぐさや筋肉の動きから行動を予測して自分に有利な流れを創り出す。

粗さはあるものの方向性としては見事な戦闘スタイルだと言える。

しかも誰もまねできないユウキ独自の戦闘スタイルだ。

これを人に教わる事も、ましてや既存のモノを真似る事もせずに考え出すとは・・・。


訓練が終わるとゴーザは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

ユウキは体力を使い切ったのか、ふいごの様に荒い呼吸をして座り込んでおり、まだ動けそうにない。

ここにはもう、親に褒めてもらいたくて足掻く、憐れな幼子はいない。

自分で進むことを選び、強くなるために工夫し努力する・・・一人前の男がいた。


「強くなりたいか?」

「アイツは・・・リューイが・・・フェンネルを・・・継ぐために・・・僕が・・・邪魔だと・・・言っていた。」

未だ息が上がって満足に喋れないが、それでも一文字づつ吐き出す様に言葉を紡ぐ。

「リューイが・・・神様が予言した・・・子だと言うなら・・・リューイにも・・・大変な・・・事が起こるのでしょう?・・・僕は・・・リューイを・・・護りたい・・・」


『死にたがりのフェンネル』

利口な者であれば当然の様に逃げ出す状況で、あえて死地に飛び込んで行く事から一部の者が陰で言っている事だ。


フェンネルの名を持つ者はロジックサーキットを持つが故に自分の利害と切り離したところで物事を判断することができる。

それは”客観的に物事を見る”有用な能力なのだが、重要な場面であればある程”自分の利害”に対して執着心が薄くなる傾向があり、結果的に損をする事が多くなってしまう。

ゴーザがかつて金竜を迎え討つ事になった様に、例えそれが自分を死地に送り出す事だとしてもだ。

ユウキは選んだのだ。

境遇を嘆く事でも、自分の命を惜しんで逃げ出す事でもなく、ただリューイを守る為に強くなることを。


  『お前もフェンネルなのだな・・・』


想いを言葉にすると、不安定に揺れていた心がストンッと地面に着いた様な気がした。


ならば・・・

強くしてやろう。

誰にも負けない様に、

大切なものを守れる様に、

くじけない心を持てる様に、


そして、


決して死なない様に・・・




この日、ゴーザは長年胸に刺さった棘が抜けた気がした。

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