第2話 英雄の孫

赤ん坊の泣き声が聞こえると父親になったカイル・フェネルは部屋を飛び出していった。


一流の探索者としては考えられない程ぎこちない動きを見せ、何もない床に何度も躓きながら部屋を飛び出して行く。


子どもが生まれた事で喜び・浮かれているのか、責任におののいているのか、あるいは待っている間に義父ゴーザが振りまいていた重圧から逃げようとしているのか・・・。


 娘婿の事を『しっかりしできないのか』と情けなく思いながら、ゴーザ:フェンネルはゆっくりと立ち上がった。

娘婿を追って部屋を出ようとした時、控えていた初老の執事に呼びとめられて振り返る。


「旦那様。これを」

差し出されて小さな箱を頷きながら受け取ろうとしたが、自分の手が強張る程握りしめられ、掌が汗に濡れていることに初めて気づいた。

これでは婿の無様を笑う訳にもいかない。

執事を見ると目だけが優しそうに笑って手拭いを渡された。


何も戦いに行こうと言うのではない。

孫が生まれた喜ばしい日なのだ。

こんな威圧的な雰囲気をしていては出産を終えたばかりの娘にいい影響はないだろう。

掌を拭って執事から小箱を受け取ると幾分雰囲気を和らげて足早に歩いていった。



フェンネル家はフェダーン伯爵領カウカソスの街を拠点にする”探索者”の一族だ。

神素が満ちる森”コルドラン”で魔物を狩り、”エリアル”と呼ばれる神素の結晶を採取しており、富と名声と未知の神秘を求める生活をしている。

特に当主のゴーザはこの国でも有数の実力を持ち、英雄として畏怖と尊敬を得ていた。

今、その娘に子どもが、英雄の血を継ぐ孫が生まれたのだ。


部屋に入ると娘のアラドーネはベッドで体を起こし、腕に抱えた赤ん坊を愛おしそうに見つめていた。

産後の疲れは見えるがその表情は満ち足りて輝いている。

夫のカイルがアラド―ネに頬を着ける様にして赤ん坊を見ては笑いかけ、アラド―ネ見ては良くやったとねぎらい、また赤ん坊を見ては笑いかけていた。

アラドーネの母親でゴーザの妻であるエリスは少し離れたところでそんなやり取りを眺めては嬉しそうに微笑んでいる。


それははまさに”しあわせな家族”の絵のような情景だった。


出産を手伝ったメイド長が役目を終えた道具や布をまとめ、治癒院の神官と一緒にひっそりと部屋を出ようとしていた。

ゴーザは神官に向き合ってお礼とねぎらいの言葉を述べ、入れ違うように部屋に入って行った。


「お父さん、ほら元気な男の子よ。」

ゴーザに気づくとアラドーネは赤ん坊の向きを変えて顔を見せてくれた。

生まれたての顔は湯だった様に赤い上に皺くちゃで,まるで子ザルにしか見えないが直ぐに可愛い笑顔を見せる様になるだろう。

「目元はあなたによく似ていますよ。」

この状態で似てるもないだろうと妻の言葉に呆れもするがそのつもりで見れば不思議と娘には似ているような気がしてくる。

それにゴーザとて言われればうれしい気持ちはある。

娘夫婦に比べれば冷静に見る余裕はあるがこれもまたしあわせには違いない。

「よく頑張ったな」と娘をねぎらって喜びを伝え、先程執事から手渡された小箱を開いて布に包まれた物を取り出した。

それは”オプティの瞳”と呼ばれる魔導具で指の関節2つ分程の透明な球形をしている。

その場の全員がやや緊張して見守る中、ゴーザは球状の魔道具に直接触れない様に注意しながら赤ん坊の胸にそっと乗せた。


オプティの瞳はコルドランで神素の状態を把握する為の魔導具だ。

ある理由からコルドランに入る者は必ず携帯しなければならないので割とありふれた魔導具であり、探索者以外にも広く知られている。

もっとも、それなりに高価な上に、コルドラン以外では使い道がないので大抵は探索者になった時に用意される。

しかしフェンネル家では本来の用途の為にこの魔導具を用意したのではない。

フェンネル家以外では知られていないが、この魔導具は個人用に調整される時に特殊な反応をする事がある。

調整の為に触れた者がフェンネル家固有の才能であるロジックサーキットを持っていた場合、その系統数に応じて光条が現れるのだ。

ちなみに英雄と呼ばれるゴーザは3本の光の筋が現れる。

アラドーネは才能を受け継いでいないので特に反応はしないしカイルは血筋が異なるのでそもそも条件を満たしていない。



今、赤ん坊と触れた魔導具はその者の意識となじみ個人用に”適用化”される。

皆、その時を固唾をのんで見守っていた。

そして・・・

「おおっ!これは・・・」

「1,2,3・・・お義父さん!10条もありますよ!この子も”フェンネル”です。」

「すごいわ。お父さんの3倍よ!」

現れた光に誰もが狂喜していた。

英雄の3倍以上の素質を持つと示されたのだ。

どれ程の傑物になるか期待が膨らむのも無理はない。



「やはりこの子が予言された子なのかもしれない」

睨むにらむかのように赤ん坊を見つめ、ゴーザは心に湧き上がる思いを悲しむように憐れむように噛み締めて小さくつぶやいた。



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