其之八 運命の攻防
鳴り響く
「何とせっかちな!」
自分の交渉結果を待つことを事前に確認しておいたのに、城内のこの
城内からの応答がない上に諸葛玄が戻らない。それを
私的理由で兵を退かせようとしたと
家族の情報を伏せたのはそんな理由からだったが、それがまた誤算を生んだ。
諸葛玄が駆ける通りの上に男たちの集団ができていた。
「
「皆、各自の持ち場へ急げ」
「おう!」
兵士たちではない。この
城門に近付くにつれ、道に建物に矢が突き刺さっているのが目に入った。
矢先は燃えている。火矢だ。また新たな矢の雨が上空から飛来してきて、諸葛玄の足下に、建物に、不吉な音をたてて突き刺さった。
諸葛玄は慌てて建物の影に身を隠した。思わず、毒付く。
「
諸葛玄は上空を
「陸太守!」
陸康は敵軍の城門突破に対抗するため、城門の脇に用意してあった幾多の
「おう、諸葛殿か」
「これは?」
「見ての通りでござる。申し訳ないが、外に出るのは次の機会にしてくだされ」
諸葛玄は言葉を失った。これでは徐州の二の舞である。
孔明が探すまでもなく、鼓の音が鳴り響く中、
「良かった。今、君を呼び戻しに行こうと思っていたんだ」
「戦が始まって、店が休みになりました」
こんな状況だ。全ての商店が臨時休業を決め、
「うん。君はご両親の
孔明はそう言って、自身は城門の方へ走り出した。
「そちらは危ないですよ」
「大丈夫、確かめたいことがあるんだ」
孔明は王祥の忠告を受け止めながらも、足を戻すことはなかった。
確かめたいこと――――孔明が予想した通り、城内に
そこに
城外からは敵兵の喚声が聞こえてきた。しかし、不思議と孔明の体に何の変化も起きなかった。息苦しさが襲ってくるわけでもなく、吐き気を
団結力。連帯感。戦況を自分の目で確認し、強さの要因をその身で感じたことで、漠然とした安心感が生まれてそれを防いでくれているのかもしれなかった。
ともかく、それを体感した孔明は廬江に留まる方が安全であることに確信を持った。叔父がどう判断するか分からないが、意見を求められた時の判断は決まった。
孔明は矢に当たらないよう、そのまま城壁沿いを走って行って、城門前に石を積み上げる作業を手伝っていた叔父の姿を見つけた。
「叔父上」
「亮、何をしている?」
諸葛玄は驚いて、孔明を叱るように言った。
「戦が始まった。ここは危険だ、すぐに屋敷へ戻るんだ!」
「廬江に留まるのですか?」
「こうなったら仕方ない。しばらく留まって、折を見て、外へ出る」
「分かりました。それを確認したかったのです。姉上も不安がっていましたから」
孔明はその叔父の判断を聞いて、ひとまず安心した。城内の様子を確かめたし、自分の意見も不要になった。孔明は叔父の言いつけ通り、太守府の屋敷に戻ることにした。
上空に留意しながらも、
戦が始まって十日余りが過ぎた。依然四方の城門は堅く閉ざされ、城兵と民兵が協力して敵の侵攻を防いでいる。しかし、日を追うごとに死傷者の数が増えていく。それは敵側も同じ状況であったが、数に劣る守備側に不利に働いた。散発的ながら、火矢の攻撃は昼夜続けられた。特に
寝静まった頃に火矢が射かけられ、見張りの兵士と夜間警邏に従事していた男たちが消火班の男衆を叩き起こして、消火作業に動員する。これが連日続いて、各班の中高年の男衆に疲労の色が目立ち始めた。用意してあった消火用の水も底をつこうとしている。
「……ようやく敵の攻撃が収まってくれたわい。また夜に仕掛けてくるであろうが」
夕刻になって、数日間、ろくに寝ずに陣頭指揮を取っていた陸康が太守府に戻ってきて、鎧を外して息をついた。
「太守、無理をされますとお体が持ちませんぞ。少しお休みになった方が……」
陸康の帰還を待っていた諸葛玄が老齢を気遣って言った。老健だったはずの陸康の表情にも明らかな疲れの色が見て取れる。
「敵がそうさせてくれんのでござる」
「本格的な攻撃ではありません。
「なるほど。言われてみれば、確かにそんなふうではある。諸葛殿は兵法に通じておられるのでござるな」
感心する陸康に、諸葛玄は幾分恥じ入って答えた。
「いえ、これは我が甥の言でございます。甥は太守の安泰こそが廬江防衛の最大の要素だと言っています」
「ほぅ、この体を気遣ってくれるのは有り難い。それにしても、何とも聡明な甥子でござるな。いくつでしたか?」
「十四です」
「十四? もっと上かと思っておった」
陸康は孔明の背丈と
「あの子の成長には私も驚くばかりです。何と言いましょうか、子供らしくないのです。責任感がそうさせているのでしょうか、
「多感な時期ですから、いろいろな経験がそうさせているのでしょうな。知識が身に付き、血肉になっていく時期でもある。不安は分かるが、成長は悪いことではありませんぞ」
「そうですが……」
孔明は多感な少年期を戦乱の中で過ごしている。
故郷の
そして、学んだ知識を家族を守るために総動員している。戦乱の世の中を生き残る。そのための能力が今、孔明の中で開花しようとしていた。
諸葛家と
屋敷に諸葛玄が戻ってきて、孔明は叔父に戦況を尋ねた。孔明は叔父の言いつけを守って、この一週間は敷地の外には出なかったので、情報は叔父に頼るしかなかった。
「戦況はほぼお前の想像した通りだ。火矢の攻撃が散発的に続いている。お前の意見を伝えてみたが、陸太守は仮眠を取ってからまた出て行かれるそうだ」
「そうですか」
「消火用の水が不足してきたことを悩んでおられる。城内の池の水を民衆たちに運ばせるようなことを言っていた。私は孫策に宛てて書簡を
諸葛玄は孔明にそれを伝えると、屋敷の書斎へと足を運んだ。孔明は独りになって、屋敷の庭をぶらぶら歩きながら、火矢を防ぐよい手立てがないかを考えた。
『雨が降ればいいんだけど……』
孔明はまた空を見上げた。
快晴というわけではないが、雨の降らない日が続いていた。その間に空気は乾燥し、火矢の攻撃には不利な状況が廬江を包み込んでいた。ふと、移ろう孔明の視界に
白米をよそった茶碗と野菜料理が盛られた皿をのせた盆を両手に持っている。
それは孔明にも見慣れた光景だった。太守官邸には陸議たち陸氏の三族と王家の家族が住んでいる。その上、諸葛家を住まわせることになったので、陸康は屋敷に戻ることはせず、政務室で寝泊まりしていた。孔明が陸議を呼び止めて聞いた。
「ちょっと聞きたいんだけど、この地方は秋に長雨になることはあるのかな?」
「はい、ありますよ。多分、あと半月もすれば」
陸議はそれだけ答えて、慣れ親しんだ屋敷の廊下をすたすたと歩いていった。
「半月か……。う~ん……」
それまで陸康や中高年の民衆たちの体力が持つだろうか。何か積極的に打てる手はないだろうか。孔明はまた思案に暮れた。
『雨……。水……。水は陰気を象徴した物質……。あの霊宝は陰気の力をより大きな形で引き出すことができる』
己の連想にハッとした。青龍爵の力で雨を
夜陰。昼夜の交代は潮の満ち引きと似ている。人や動物が寝静まり、静寂が辺りを包む深夜は自然界の陰気が満ちた状態である。天空に浮かぶ月もまた陰の象徴であり、月光が
「これだけ大きく育ったのは、この下に気脈があるからだ。恐らく
葛玄が言って、水を満たした青龍爵を天に掲げ、銀杏の木の下に置いた。
自然の中に身を置いて陰陽の
〝
霊宝の力を使おうという申し出を承諾して再び孔明に青龍爵を託すと、自らは陣頭指揮へと戻って行った。
「霊宝とは陰の霊気が結晶化したものだと言われている。まずはその固く結ばれた霊気を
葛玄は孔明に教えるように説明し、月明かりの下でその方法を実践して見せた。
おもむろに銀杏の枝を拾って、それで地面に〝
古代、
「一つは河図だ。河図を気脈の上に描くことで、大地の陰気の出口とすることができる。そして、もう一つが
葛玄が目を閉じ、呼吸を整え、心を無にして再び精神を自然と調和させる。
無為自然。そして、過去という陰に繋がるべく、
「
屈原は戦国時代末期の
一方で、彼は
「
足は
まず左足を踏み出し、次に右足を左足の前に出す。そして、左足を右足に引き付けるようにして一歩と為す。今度は右足を踏み出して、左足を前に出し、右足を左足に引き付け、二歩。これを繰り返す。
「
葛玄は禹歩を踏みながら、屈原の祝詞を唱え、河図の周りを周った。
孔明は葛玄の
銅爵にデザインされていた
「
動き出した龍の彫刻は次第に動きを速め、ぐるぐると
「
龍は噴き出す陰気を受けて勢いよく上昇しながら、体を肥大化させ、急激に成長を遂げる。それに伴い、枝を彩っていた銀杏の葉が弾けるように散って、その全てが舞い落ちた。黄色の葉が大粒の雨となって地上に降り注ぎ、孔明の視界を閉ざす。
再び視界が開けた時、龍は銀杏の大木の上空高くまで昇っていた。それは月明かりを受けて輝く巨大な雲の塊のように見えた。
単に秋の長雨の季節と重なっただけか。それとも、本当に神器の加護に
厳しい寒さの中、戦況は
しかし、長引く雨と戦が城内の人々の心を
「……お願いします、城門を開けてください!」
「またお前か。何度言ったら分かるんだ。さっさと帰れ!」
冷たい
「お願いします。母が病気なのです。栄養があるものを食べさせないと……!」
王祥はこのところ、毎日のように城門へ詰めかけて開門を願った。王祥の父母の体調が悪化し、特に母の衰弱が目立ってきた。居ても立ってもいられない。もう城内には十分な食糧はなく、滋養あるものを食べさせようと思ったら、それは城外に求めるしかなかった。
「しつこいぞ。どんな理由があっても、駄目なものは駄目だ!」
また門兵に突き飛ばされて、今度はうつ伏せに倒れ込んだ。また泥が
「気の毒だが……」
門兵とて、子供相手にこんなことはしたくない。ただ開門の許可がないだけだ。
「……」
言葉がない。城壁の上の陸康は繰り返されるその様子に胸を痛めた。
大漢を
陸康が手元の青龍爵に目を落とす。龍が不在となった銅爵だ。
「……うぅ!」
苦悶する陸康の胸に電流が走った。陸康が苦悶に顔を
冷たい雨の代わりにやってきたのはしんしんと降り続く雪の毎日である。
城外は膝を覆うほどの雪に埋まり、もう戦どころではない。すでに兵たちの戦意が失われて久しい。それでも、孫策は兵を退くことなく包囲を続けた。
城外で戦陣を張り続ける孫策のもとに
過去、董卓討伐に向かう孫堅が家族を廬江の周家に預けたことがあった。
孫策と周瑜はその時に出逢った。互いに十五の時である。共に大志を抱いていた二人は息が合い、固い友情で結ばれた。
「寒いな。早く中へ入れてくれ」
冬空に
薄い
対照的に孫策は父に似て
「それは陸康の頑固爺さんに言えよ」
「陸康殿は我が
「よしてくれ、そんな話。ここが公瑾の故郷じゃなくて、俺が血も涙もない男だったら、とうの昔に落城させている」
孫策は
「分かっているさ。だから、助けに来た。まずは停戦を頼むよ」
親友だけあって、周瑜も孫策の気持ちはよく理解している。周瑜はその非凡な才能を見込まれて、袁術のもとに呼び出されていた。周瑜は孫策が力押しに踏み切る前に穏便に廬江攻略を図るその方策を袁術に進言して、それが認められて派遣されたのだった。
「先日、諸葛玄という男が降伏を勧めに中へ入ったが、しくじったらしい。公瑾なら、説得できるのか?」
「俺は陸太守の性分をよく知っている。その諸葛玄という人物よりは上手くやれる」
「……分かった」
「停戦文書は俺が書く。その方が都合がいい」
「ああ、好きにやってくれ」
周瑜に絶対の信頼を置く孫策はそれをあっさり認めて、自らは幕舎に引き揚げた。
城内も戦の継続が困難な状況であった。二度にわたる長期的な包囲を受けて、蓄えてあった食糧や物資が底をついた。餓死者が出るほど深刻で、その上、肝心の陸康が病に倒れ、高い士気と強固な団結力を誇った廬江の官民たちの間に動揺が広がっていた。
「陸太守、お体の具合はいかがですか?」
諸葛玄は陸康を見舞って、太守府執務室を訪れていた。
「……ご覧の通り、寄る年波には勝てぬ」
陸康は
「……昨夜、そんな文書が届いた」
陸康が卓上の
「停戦ですか。周公瑾という人物が城内に入ることを求めていますな」
「公瑾はこの舒の生れ育ちだ。あの者のことは知っている。騙し打ちはないと思うゆえ、これを受けようと思っておる」
陸康の許可が出て城門が開かれ、周瑜が故郷に招き入れられた。孫策軍が動くことはなかった。周瑜はすぐさま太守府を訪問して、陸康と面会した。
「陸太守、周公瑾でございます」
周瑜が拝謁して、敬意を表す。
「此の度、叔父・
「……それはめでたい」
周瑜からの停戦文書でそれは知らされていた。陸康はあえてその報告を喜んでみせた。漢王朝の力が
周瑜の叔父は袁術によって、太守に任命されたのである。しかし、それが漢王朝からの正式な任命ではなく、ほぼ間違いなく袁術が私的に任命したものだと想像はついていても、確認する
「諸葛玄殿はおられますか?」
「私だ」
陸康の
諸葛玄の顔を確認した周瑜がおもむろに向き直って、
「諸葛玄殿は新たにこの廬江の太守に任命されましてございます」
「私が?」
唐突な周瑜の報告に驚かずにはいられなかった。袁術に従って間もない。袁術に対してまだ何の功績を挙げたわけでもない。その上、
「……なるほど。……諸葛殿、おめでとうござる」
陸康が微かに口元を緩めて、諸葛玄の処遇を素直に喜んだ。声を発す度、残り少ない陸康の体力が削られ、失われていく。
「いや、しかし、何故……」
諸葛玄は戸惑うばかりで、それを受け入れられない。
「袁公は名士を優遇されているのでございます」
周瑜がそんな説明をしたが、それでも諸葛玄は就任を
陸康から太守の印綬を取り上げようという袁術の狙いは分かる。袁術自身が名家の出だ。名士を優遇するのも分かる。周氏は三公を輩出した立派な家柄だから、納得できる。しかし、袁氏や周氏と比べたら、諸葛氏の名声は霞んでしまうほど小さく、無力だ。陸康がそんな諸葛玄の背中を押すように言った。
「……よいではござらぬか。諸葛殿に廬江を託せるというのなら……私も……従いたい」
陸康の声は益々弱くなっていき、それはまるで遺言のように聞こえた。
その言葉を引き出して、周瑜は端正な
陸康は頑固だ。孫策もまた功を挙げようと頑なになっている。これは両者の意地の張り合いと長引く戦を終結させるために周瑜が袁術に献策したものであった。
「諸葛玄殿が廬江の印綬を受けることによって、この戦を穏便に終わらせることができます。廬江の民のためにも、お引き受けください」
周瑜の言葉に陸康が同意するように頷いた。陸康の気持ちをうまくなだめ、終戦に落ち着かせるその落とし所として、周瑜が選んだのがこの諸葛玄だった。
「畏まりました。謹んで拝受致します」
諸葛玄が拱手して二人にその旨を告げた。太守という肩の荷を下ろした陸康が最後の力を振り絞って、周瑜に対した。唯一心残りなのは家族宗族のことだ。
「……これだけ抗戦しておいて、袁術は……我が一族を殺しはしまいか?」
「それについては私に
周瑜が拱手してそれを誓い、その拱手を解いて、陸康に意図した視線を送った。
神器というものを袁術に譲渡する代わりに陸一族の安全を保証する。
「無念だが……袁術の手に渡ることになるのか……」
「袁公の下には孫伯符がございます」
周瑜が語気を強めて、その名を告げた。かつて神器の守護者として東奔西走した英雄の息子の名だ。周瑜は孫策から神器にまつわる話を聞いていた。
「……あの者の父である孫文台は……忠義に溢れ、神器を奸賊の手から守ろうと戦った。……袁術の下にある伯符が……文台の意思を……継げると思うか……」
「はい」
周瑜は一瞬の
「袁公に甘んじているのは、
「……死にゆく者に……嘘は……いかんぞ?」
陸康が虚言を封じるように最後の笑みを浮かべて、周瑜に迫った。
周瑜がご安心を、とでも言うように端正な顔をにこやかに緩ませて答える。
「そのような無礼はいたしません。かつて陸太守が破虜将軍を助け、共に戦ったように、不肖、この私が
「その言……誠に……爽やかであるな……よかろう。……持ってゆけ」
陸康はそれを目に焼き付け、
長く閉ざされていた門が開く。この日も城門前に詰め掛けていた王祥が城門が開くのと同時に城外へ駆け出していった。叔父から開城すると聞いた孔明もそこにいた。
孫策の兵が思わず反応して、弓を引き絞ってそれを狙った。城壁の上に立った周瑜が手を挙げて、制止を求めた。
「放っておけ、入城するぞ!」
孫策が命じてそれを制止させ、城内へ軍を進めた。孔明と城内の兵士と民衆が孫策軍の入城を静かに見守った。信頼する太守・陸康の下で精一杯戦った。そして、その太守が開城を決めた。余計な騒動は起きず、孫策は真っすぐ太守府へ向かった。孫策軍が通り過ぎるのを待って、孔明は雪の城外へ歩き出た。
雪原に刻まれたその足跡を追って、孔明は王祥を探した。王祥は県城から一里(約四百メートル)離れた川の上に伏せっていた。
「あっ!」
孔明は王祥が倒れているのを見て駆け寄った。厳しい寒さで川はすっかり凍っていた。孔明の心配をよそに王祥の意識はしっかりしていた。王祥は意識的にそのような行為をとっていた。孔明にはその行為が意味するところは分からなかった。
「何をしているんだい?」
「この氷を溶かして、
無茶な、と言いかけた。だが、これは王祥の強烈な孝行心がさせていることだ。
孔明にそれを否定することはできなかった。それ故に、どうしていいのか分からずに、孔明はただ黙って立ち尽くすしかなかった。
人の体温で溶けるほどの氷ではない。理性的に考えれば、ただの自傷行為に見える。しかし、ここは霊宝の力が解放された場所である。見ることのできないその力は依然としてそこにあり、時に人はそれを奇跡として目撃する。
突然、王祥の近くの氷が陥没し、そこから現れ出た何かが天空へ立ち昇っていった。そして、今度は空から二つの何かが落ちてきた。それは王祥の背後に積もった雪の上にどさっと落ちて、雪原に二つの穴を開けた。王祥がそれを確認すると、歓喜の声を上げた。
「鯉だ!」
王祥はその両手に収まりきれないほど立派な鯉を抱え上げ、孔明に喜びの笑顔を向けた。孔明が驚いて天を見上げたが、そこにはどんよりとした雲があるだけで、もう奇跡を起こしたものを目にすることはできなかった。
解き放たれた陸太守の魂が起こした奇跡だったのではないか――――ちょうどこの時、陸康が息を引き取ったのを後に耳にした孔明は、この現象をそう感じた。
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