エピローグ ルーザーキッドと呼ばれていたけど④
「ジャアアアアック! リンダとレイラが暴れてる! 助けてくれえぇ!」
騒ぎの渦中にいた一人から、目ざとく発見されてしまう。
粉塵を掻い潜り、命からがらといった様子でジャックとロズの元に辿り着いたペッパーが、縋りついてくる。
ジャックは観念して、現状の正確な把握に努める為、通りを改めて観察する。
騒ぎの中心、大隊の者達に守られるようにして、巨種の少女がいることに気がついた。
年齢はかなり幼い。丁度学塔に通い始めるぐらいの、十代前半に見える。
ニューアリアに登録されていない種族であることは、すぐに分かった。
角だの、肌の色だの、羽だのといった枝葉的特徴は何一つ見受けられなかったが、他の巨種達と明確に差別化されているのはなんと、巨種が巨種たる所以、その大きさにおいてであった。
成長期前であろうにも拘らず、すでに大人の
さて、問題のリンダとレイラだが、どうにも、その巨種の少女の周囲を飛びまわり、隙あらば攻撃を仕掛けようとしている風に見えた。
飛びまわる姉妹から謎の少女を守るために大隊が牽制している、という構図。
古代の龍の魔術―――龍体術を使い、兵たちの何人かが、鉤爪のついた魔法の翼を背から生やして、空へと飛翔するが、姉妹は遅れをとることなく、空中戦を繰り広げている。
一見、いたいけな少女を的にするジンハウス姉妹が非道に思える。
だが、少女はというと、怯えた様子を一切見せておらず、膝をついて道に座りこんだまま、興奮した様子で、なぜか満面の笑みまで浮かべているのだった。
助けてくれ、と言われても。
リンダとレイラ。
黒鱗兵。
巨種である謎の少女。
そして経緯は不明だが、門の上で毛布みたいにぐったりと干されたまま動かないフウ。
「……誰を?」
「僕をぉ! 一緒に仲裁してくれぇ!」
ドラマチックでない世界で生きて行くための覚悟は、まだ、一本前の通りに置き去りにしてきて正解だったようだ。
「来たわね、ジャック!」
レイラとリンダが、ジャック達の元に着地する。
「加勢しろ! ジョニーが攫われた!」
リンダが、巨種の少女を指差した。
ジャックは慌てて目を凝らす。
なるほど、その胸に抱かれているのは、確かに我らがナンバーワンのようだった。
少女の並はずれた巨躯にかかれば、二手二足系の男など、成人であれ人形と同じ扱いだ。
ジョニーは手足を必死にバタつかせ抵抗していたが、少女からは歓喜の表れとしか受け取られていないようだった。
「わお! あなたがジョニー・ファルシア! お会いできて、とっても嬉しいわ!」
少女が、元気よく立ち上がる。
腕の中にいたジョニーは、ともすれば気圧差を覚えていてもおかしくなかった。
大きな少女の、捕まえた小動物を親に見せに行くかの如きテンションに、姉妹は激しい危機感を覚えたようだった。
「あんな高いところに連れてくなんて!」
「おいこらクソガキ! ジョニーが恐がってんだろーが!」
「二人ともいい加減にしろおぉ! 相手はオルジオラスの連中だぞおぉ!」
ペッパーが涙ながらに制したが、それがどうしたとばかりに、リンダとレイラは飛び立ってしまう。ペッパーがその後を追っていく。
他者の口から出たオルジオラスの名に、ジャックは改めて肝を冷やした。
オルジオラス王立騎士附属。
ステラボウルズ芸術院とも鎬を削る、ニューアリア十塔群の一つ。卒業生には王都での宮仕えか、警察でのキャリアが約束されたエリート校。
ジョニーを奪われたことは確かに一大事だが、ジャックは、リンダとレイラに、今回ばかりは話し合いをすすめるべきだと思った。
学兵達だけなら、まだ良かったのだ
だが、リンダとレイラの相手をしている同世代の少年学兵達の後ろで、より強固に少女の守りを固めている、馬に乗った数十人が、特に問題だった。彼らの身に付けている徽章は、熟練した王都騎士のみに与えられるものである。
さらに、少女の文字通り御膝元で、学兵と正規騎士に指示を飛ばしつつ、少女を宥めているのが、誰あろう。
ロズの知りあいのおっさん。
もとい、オルジオラス王立騎士附属学長、ウル・ダイスシャンクその人である。
ウルが、少女を見上げながら訴える。
「全ては貴方様の為を思って! どうか、ご自分の立場をもっと大事になさってくださいませ!」
「何よ! あなた達は私を守るのがお仕事なのに、私の邪魔ばかりして! もう決めたんだから!」
ジョニーを強く抱きしめながら。
巨躯を存分に震わせ、少女は高らかに宣言した。
「この私、エルヴェリン第十七王女、シェリー・ヴェルキスは、この人たちのチームに加わるわ! 何が何でも!」
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