エピローグ ルーザーキッドと呼ばれていたけど③

 何が起きても動じない男になりたいのに、君が傍にいるだけで、いまだにうろたえてしまう自分が情けない。

 

 暦の上での雨季まで、もう日も無いというのに、晴れが続いていた。

 光に包まれた街の中を歩いていく。

 

 サン・ファルシアから数日が経っていた。

 

 ジャックを何より驚かせたのは、街の住人達の順応の早さだった。

 せめてもう少し長く、自分達は、物珍しげな視線にさらされ続けるのだと思っていたのに。

 しかし、街の仕組みというのは、とことん恨めしい奴だった。

 かつて疎外されていたはずのジャック。

 祭りのお陰で一躍人気者の地位を獲得したが、それ以降も時の人で終わらず、街の中心人物の一人として、周囲から認識され続けていた。

 そして、街の他人達はもう、「ジャックがロズと二人で歩いている風景」に、慣れ切ってしまっているようだった。

 

 ロズは今、ジャックの肘に腕を絡め、寄り添って歩いている。

 現在、家出娘と化し、ジャックの家に転がり込んで生活している彼女は、奔放さにより一層磨きがかかったように思われる。

 祭りの明けた朝から、ロズは周囲の目など、お構いなしだった。

 サン・ファルシア優勝により、大手を振ってジャックと街を歩ける権利を手に入れたと、何者にも(その中には勿論、ジャック自身も含まれている)憚らず、四六時中こんな調子だ。

 サディスティックな雰囲気はそのままに、よく笑うようになったロズは、これまでのどんな彼女よりも魅力に溢れていた。

 

 幸福な日々。

 だが、少しの不安も無いかと言えば、嘘になる。

 取材や野次馬達の好奇心からも解放され、学生らしい生活のルーチンが戻りつつある今。

 実を言うと、困惑している。

「自分の隣にロズがいる」という状態が、自分の中だけで、いまだ一大事であり続けていることに、ジャックは一人、密かに動揺し続けているのだった。

 

 日常を取り戻した街の中。

 ドラマチックな事など何も起こらない世界の中でロズに気に入られ続けることが、自分に出来るだろうか。

 勿論、人生の有頂天を生きているという自覚はある。

 だがその上で、幸せを掴み続けるということの途方の無さが、ジャックを悩ませ続けているのだった。

 

 フランケンズ・ディスト・ホールが見えてきた。

 ジャックとロズが、異変に気がついたのは同時だった。

 

 そこはもう、ほぼ戦場だった。

 

 目を疑う。

 二人して唖然として立ち止まり、何から注目すればいいものかと、情報の取捨選択にしばし努める。

 

 ホールの入口に、二百人は下らない規模の、大隊が押しかけていた。

 怒声を巻き起こしながら、なにやら諍い事の真最中のようである。

 

 大隊の所属は、警察でも、学生風紀でも無かった。

 指揮長から一兵まで、全員黒蛇人ヴラーゴーンとくれば、彼らが何者であるかなど決まっている。

 あの制服は。


「あのおっさん、会ったことある」

 

 ロズが、大隊の長らしき人物を指差しながら言った。

 ジャックの背中に、電流が奔る。

 ステラボウルズ芸術院学長の娘、ロズ・マロースピアーズが「会ったことある」程の人物。

 ニューアリアでは知らない者がいない程の大人物に決まっていた。


「会ったこと無いけど、知ってる……」

 

 震える声で、ジャックが呟く。

 その人物が何者であるかに気付き、事の重大さを把握する。

 ロズはともかく、もしジャックが『おっさん』呼ばわりなどしようものなら、首を刎ねられるのではないか。

 

 ジャックは咄嗟に、何とか臆病者とロズに思われない形で、一旦引き返して体勢を立て直そうと進言することが出来まいかと思案したが、無駄だった。

 オークにエルフ。

 ニューアリア一、目立つ種族のカップルである。


「ジャアアアアック! リンダとレイラが暴れてる! 助けてくれえぇ!」

 

 騒ぎの渦中にいた一人から、目ざとく発見されてしまう。

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