エピローグ ルーザーキッドと呼ばれていたけど②

 あの熱狂の、サン・ファルシア二日目の夜。

 

 全てのチームがステージに上がった中で行われた、優勝チーム発表と、表彰式。

 結果は、司会者が発表する以前から、瞭然だった。

 

 皮肉にも、ステラボウルズが最も顕著に、どのチームが優勝となるのかを事前に象徴していた。

 なんと、チーム・ステラボウルズの内、過半数が、結果発表をボイコットしていたのだった。

 当然、シュリセ・シールズもステージ上にいなかった。

 彼らがこれまで守り続けて来たはずの玉座は、奪われる前から、既に放棄されていた。


 優勝チームにフランケンズ・ディストの名が呼ばれた瞬間、会場中から、拍手が雷になって沸き起こった。

 ジョニー達は、汗にまみれた身体で抱き合い、勝利の雄叫びを八方に、何にも遠慮することなく、ぶちまけた。

 

 他のチーム達からも、執拗に握手を求められた。

 会場が一体となる中、ステラボウルズ達だけが、沈黙していた。

 自分達が壁の花にすらなれないことがあるなどとは、これまでの人生で思いもよらなかったに違いない。

 大半のエルフ達は、一様に目を伏せ、ステージから降りるタイミングを見計らっていた。メグラチカでジョニーを落とし穴から助け出そうとした三人娘達やベグだけが、目立たないように拍手をしていた。


 夢のようだった。

 

 即興ギターを指が痛くなるまで披露した。その間、チームメイトも観客も、誰もジョニーに愛想を尽かさず、思い思いに咆哮していた。

 リンダとレイラは、オレンジと紫の尾をひきながら会場中を飛びまわり、ジャックは滂沱の涙と共にフランケンを抱きしめながら、満面の笑みで拳を振りまわしていた。ロズなど、白目をむきながらペッパーの腹を殴打しまくった後、金切り声と共に卒倒する始末だった。

 

 そんな時間が、夜通し続いた。


 …     …     …


「ジョニー?」

 

 十日前のビジョンから、ジョニーは引き戻される。

 

 リンダは変わらず、ギターを抱えたまま、床で寝転がっている。

 不思議そうにジョニーを見詰めていた。

 

 ジョニーは、軽く目元を押さえる。

 サン・ファルシアの残響が部屋の静かさを引き立てているのか、あるいはその逆なのかの区別がつかず、眩んでいた。


「……悪い。祭りのこと、思い出してた」


「またかよ。夢にでも見てたのか? 気持ちは分かるけど、浮かれ過ぎじゃねーのか」

 

 リンダが茶化して笑う。

 会話が途切れる。

 

 ジョニーをにわかに、気まずさが襲う。

 原因不明の葛藤。ジョニーとリンダの関係は、さすがにもう、間が持たないからといって居心地が悪くなるというような類の物ではない。ジョニーが地球に追放されていた期間、お互いに対して抱いていたわだかまりも、とっくに解消されている。

 

 なのに、なぜ今更、深刻さが喉につかえるのか。

 

 リンダは、ジョニーが何か言うのを待っていた。

 その表情がやけに大人びていて、息を飲まされる。

 ジョニーは、ドア越しに聞いた、羽で鳴らされたギターの音色を思いだしていた。

 リンダの音を、心中でどう評価したか再認識した時、口が勝手に動いて、本音を吐露し始めた。


「優勝出来て、死ぬほど嬉しかった。満員のドームでライブするのが、夢だったんだ。でもそれ以上に……皆の役に立てたのが、嬉しかった。だから……だからこそだ」

 

 自然に、話せていたと思う。

 しかしジョニーは何故か、リンダに言葉遣いを正されるのではないかという得体の知れない不安……根拠の無い緊張に、襲われ続けていた。


「あの祭りでは、不思議な事が起きたよな。色々と」

 

 ジョニーの再召喚。

 フランケンの修復、進化。

 アートホルンを覆う宝石天井。


「全てが上手くいったのは、俺一人の力じゃない。なのに、今じゃ街中の誰もが、俺を聖人ファルシアだって言うようになった。二度転生した、奇跡の異界生まれだって」

 

 ここから先を口にするのは、勇気がいることだった。

 なぜなら、自分の立場を決定づける思考、それをまるっきり他者に預けるということだから。


「俺はもしかして、前と同じことを、やろうとしてるだけなんじゃないのか。また、色んな人達を騙してるだけなんじゃないのか……」

 

 考えたことも無かったが、これまでエルヴェリンでジョニーに下され続けたあらゆる評価は、どれもちぐはぐなものだった。

 最初に、自分から伝説のアーティストを騙り、見栄を張った。

 歌唱祭が終わった今はというと、街中から、謙遜のしようも無い程の絶賛を受けている。

 

 トロフィーを貰う前の自分と、貰った後の自分。

 果たして一体、自分に何の変化があったというのか。

 

 ジョニーは吐露を続ける。


「アウロモールの螺旋階段、覚えてるか」


「? ああ」


「いつまでたっても地面に着かない階段を、下りて行ってるみたいだ。ここの所、楽しい時間を過ごせば過ごすほど、合間合間に強く、そんな風に思う瞬間が出来るんだよ」

 

 口に出して初めて己の本心に気付く、というのは、ありきたりな経験だろうか。

 つまるところ「得体の知れなさ」こそが、今、ジョニーの心中を占めている事象の正体だった。

 

 心の、澱。

 

 これまで目を向けなかっただけで、ずっと持ち続けてきたものなのだろうか。

 もしくは、これこそが変化の証明なのだろうか。

 

 混乱に陥っていたジョニーに対し、リンダはあっけらかんと言い放つのだった。


「他人と偶然に頼らずに、生きてるやつなんていねーよ。恥ずかしがることないさ」

 

 彼女は、努めてシンプルな態度を貫いて、自分に接してくれているのだろうか。

 だとすれば―――

 

 ジョニーは、ゆっくりと嘆息する。

 

 ―――これ以上、心強いことも無いのだろう。何が、『俺は前と同じことをやろうとしてるだけなんじゃないのか』だ。

 

 リンダの言葉に、気付かされた。

 進んで前と同じことをしようとしていたのは他ならぬ、今この瞬間の自分自身だったんじゃないか。

 たった一人で悩んで、誰にも相談することなく捻じれていこうとして、堂々巡りの螺旋階段。

 

 リンダに、叱ってほしかった。

 一人で抱え込もうとしても、迷惑しかかけられない自分を。

 

 ジョニーは、仰向けに横たわるリンダの肩を起こした。

 その後ろに腰を降ろし、足を大きく広げ、間にリンダを座らせる。

 彼女の耳元に、囁いた。


「いつか……俺の作った歌を聴いてくれ」

 

 今は、これで精一杯だった。


「手伝ってくれるか?」

 

 問われたリンダは、頬を染め、背中をジョニーの胸に預けてくる。

 リンダの左手を優しくリードし、コードを押さえさせる。

 ジョニーの右手が弦を、撫でるように鳴らしていく。

 歌ってみてくれと、リンダに促す。

 歌詞もメロディも適当で良いから、と。

 リンダは困ったように笑う。

 そして、何の言葉も思いつかなかったのだろう、口から旋律だけを奏で始める。


 ららら。

 

 原初の歌。


 内緒話をするように、あるいは寝物語を紡ぎ合うように、小さく小さく、二人で応酬する。

 帽子掛けのフランケンを、起こしてしまわぬように。


 しかし。


「敵襲―! 敵襲―!」

 

 ホールの入口付近から半開きの部屋のドアまで貫いてきた狂声に、ジョニーとリンダ、そしてフランケンが、身体を浮かせて飛び上がる。


「敵は城門に集まれり! 定命の勇者たちよ! ただちに武器を取りて結集せよ!」



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