最終章 ファイナル・ディスト⑦

 物理法則というものに対して、アートホルン内にいる全ての人間の感覚が麻痺していた。

 フランケンズ・ディストが歌い続ける限り、もう何が起ころうが、神秘ではなくなっていた。

 

 フウがバック転を決めると、ステージの最前、観客との境界線上から、無数の火柱が立ち上った。

 宝石の天井に跳ねかえり、爆散し、会場中に降り注ぐ。

 地鳴りと噴火音が絶え間なく響く。

 アートホルンはにわかに、火山の口の中のような有様になる。

 だが、そんな天変地異でさえ、もはや主旋律を引き立てるだけなのだ。

 

 炎の合間を縫い、ジャックとロズは、お互いの姿を探し出した。

 吹き荒れる熱風に髪を揺られながら手を差し伸べ合い、二人は声を重ねる。


『目を伏せるような時にこそ たったひとつの星を見てよ


 君だけが 僕を変えていく』


 フランケンが、観客席の上空で風に乗りながら、ジョニーのギターの音色をばら撒いていく。

 観客達は、フランケンが自分の上を通り過ぎる度に、ジャンプして触れようとしたが、山高帽は飄々と、指先が触れるか触れないかの距離を、すり抜けて行く。

 巨種の背よりも高く飛んだかと思えば、小身種の傍にまで降りて耳を痺れさせる。

 自由な鳥、あるいは、天に舞う音そのもの。

 恵みだけを等しく与え、誰の手にも捕まることはない。


『時を止め 光に乗って

 

 死ぬまで踊る 声をあげながら


 ショウタイムは終わらない』



 合唱は最後まで、どこまでも、情熱的に。

 ステージ上からアリーナ、スタンドの最後列まで、完全な一つの生き物だった。

 音楽は、世界共通どころではない。

 なぜなら世界を異にしたところで、受け取り手が人の集団である限り、強い感動の元に取り去られてしまうという、人格の壁の幸運な脆弱性に変わりは無いからだ。


 アウトロが告げる終了の予兆に、フランケンがステージへと舞い戻ってくる。

 ジャックの顔面に乱暴に着地し、そのまま頭へよじ登る。

 

 赤くくすんだ光の内。

 夜が更けようとも決して沈まぬ、炎の夕照の中。

 かつて街の異形と呼ばれた、七人の姿があった。

 

 歌は、時間を支配する芸術だ。

 あらゆる者に等しく、心揺さぶられる『今』を与える。

 歌を歌えば、切りとられた『今』は何度でも蘇る。

 

 生涯の全てが、いつか心の中で、思い出という名の断片小節集になってしまう日が来るのだろうかと、七人は思いを馳せた。

 ならば今この瞬間、勝利の中、自分達こそが音楽であったという実感だけは忘れないでいようと、決心した。

 

 人生は、ミュージカルみたいに、何もかもうまくいくわけじゃないけれど。

 

 ―――いつか自分達だけの歌が出来ればいい。


 肩を組み、抱き合い。

 明日になって、分不相応な願いの途方もなさに慄かずに済むように。

 

 今日という日に得たものを全て積み上げ、自分達の星空に願った。

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