最終章 ファイナル・ディスト⑥
「遅くなった。……すまぬ。我が一番、手こずったわ」
六人の注目が衣装から、いつの間にかステージに上がり込んでいた七人目へ、一気に移り変わる。
急な登場は、この男に限って言えば、いつもの事。
非日常の舞台において最後に現れたのは、そんな日常だった。
見慣れた、フューシャ・スライの姿。
自分が今、歌唱祭決勝戦の舞台に立っていることにすら気が付いていないかのように飄々と、遅刻を詫びている。
「フウ!」
ステージの上で、叫びが束になって上がる。
フウは、頭の右側に拳大の、ルビーの飾りを差している。
それがまた、果実をつけているかのように不格好なものだから、他のチームメイト達とは違い、まるでフウだけ逆に、自分の意思で精一杯着飾ってみせたかのような風情であった。
首から下は、いつもと変わらない、銀の棒きれじみた装飾を服の合間につけたスタイル。
しかし、性格に似あわず小奇麗な格好を好むフウにしては珍しく、髪の先から靴に至るまで、ぼろぼろだった。
さながら、物乞いの果てにここまで辿り着いた旅人だ。
その切れた唇の端をレイラが拭ってやった。ジャックは、服の修繕を約束した。
「全員集合だな」
ジョニーが言った。
アートホルンの空気は、いまや完全に晴れ乾いている。
もはや会場内のどこから先程のように発火したって、不思議ではない位に。
何万人もの観客は黙したまま、ステージ上を見詰めている。
フランケンズ・ディストは円陣を組み、作戦をたてる。
予選から戦ってきた五人は、これまでの自分達が、チームとしてどれほど不完全であったのかを、改めて思い知らされた。
精神的支柱の回帰。
即興の舞台計画にも拘わらず、他のチームメイト達に何一つ不安を抱かせることなく、ジョニーは段取りを決めていく。もう一度この世界に帰って来た時にはロズが味方になっているはずだと初めから信じていたかのように、彼女に対する指示も淀みない。
円陣を解き、ステージ上のフランケンズ・ディスト達がポジショニングを始めると、観客が一斉に沸いた。
ジョニーの頭からフランケンが飛び降り、ロズの元へと駆けだしていく。
「……私で、いいの?」
ロズの胸元に飛び込んだフランケンは、頭頂のジッパーを、にんまりと歪めてみせた。
仕方ないわね、と嬉しそうに、ロズも肩をすくめる。
火蓋を切る役目に柄にもなく緊張していたのを、ロズは誰にも悟らせなかった。
鍔を抓まれたフランケンが、客席に向かって、放り投げられる。
回転し、風を切り、何処までも飛んでいく。
ギターが掻きならされ、歌唱祭最後のショウが、始まった。
『竜巻をサーチライト 荒野をアリーナに
雄叫びが 集まってくる』
まずは、フウのソロ。
ニューカマーのパフォーマンスは、遅れてやって来たペナルティを、ただちに帳消しにした。
観客達は驚嘆する。
無理もない。
数ヶ月前の仲間達も、フウのポテンシャルに気がついた時には全員、同じ顔をしたものだ。
もともと、フウはフランケンズ・ディスト参入の時点ですでに、卓絶した身体能力と、肉体感覚の持ち主だった。
その小柄の体躯からは想像もつかない、パワーのあるダンスを披露する。
ストップモーションと加速の連続。
ダンスの体を崩さず、歌も歌いながら、全力疾走と変わらぬスピードでステージを往復する様は、さながら、活力に満ちた
『本能で迎え撃つ
獣の群れを 押し返せ』
続いて、ペッパーの芯のある高音が引き継ぐ。
ステージを、一番の盛り上がりへと誘っていく。
ナンバー6が、しばらく見ない間に変化したことは、ジョニーとフウも気がついていた。
もはや、頑ななだけの巨岩では無い。
柔らかく、より大きく堂々と。
ペッパー・フランクは、頼れる男の顔をしていた。
サビに突入する。
メンバー総出で、歌声を重ねる。
フランケンズ・ディストの提供し得る中で、もっとも芳醇な多重旋律が熱唱される。
『爪の先から帽子の頭まで
ショウタイムは 全てを解き放つ
例外なく 灼熱に煽られて
時は輝きを増し 君を痛みの外へ引きずり出す』
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