最終章 ファイナル・ディスト④

 本当なら、いかにジャックが果敢に戦ってこの場まで辿り着いたのかを、ジョニーは今すぐ、聞きたかった。

 出来れば、隣にいる耳の長い少女に纏わるエピソードと合わせて。


 しかし、そうはいかなかった。

 ジョニーが観客席に目をやると、他の五人もつられて、顔をそちらにむけた。

 まだ、大事な仕事が残っていたのだった。


「あの異界生まれだ!」

「追放されたのに、どうやって……!」

「決まってる」

「あの男こそ」

「ああ、まさにサン・ファルシア!」

 

 観客達の、騒ぐ声が聞こえてくる。

 六人全員、お互いに笑いを堪えているのを確認した瞬間、もう駄目だった。

 誰ともなく、堰を切って噴き出した。

 頭上のフランケンすら身をよじった。鍔にたまった水が小さく波打って音を立てる。

 

 これが、権威ある歌唱祭だって?

 絵面だけみれば、雨が降り出したことにも気が付かない阿呆の集会じゃないか。

 

 しかし、そんな観客達の様子を本気で軽蔑し馬鹿にしている人間は一人も、フランケンズ・ディストの中にはいなかった。

 自分達をわだかまりと共に包みこんでいたはずの全てが、自分達にとって愛すべきものに姿を変えてくれた喜びに、酷く安心して、力が抜けたのだった。

 

 観客席から、絶え間なく、フランケンズ・ディストの名が叫ばれ続ける。

 その合間合間からは、メンバー一人一人へ向けられた賛美も、確かに聞こえてきている。

 

 目には見えない、煌めき。

 ジョニーは、己の魂が眩暈を起こしかけていることに気付いた。

 人は曇天の下にさえ、星空を作り出せるのだ。

 

 ジョニーは、鼻の奥に熱を感じた。目頭を押さえることすら勿体ないと思った。

 ずっと、こんな日を想い描いていた。

 溢れる観客、好意の嵐、自分の力でもぎ取る他者からの肯定。

 これまでは、心のどこかで、自分の人生には無縁なのではないかと、ずっと恐れてもいたのだ。

 

 大望と現実は背中合わせの関係。

 ジョニーはずっと、音楽というテーブルの上で、何とか裏返ろうとじたばたしていたコインだった。

 

 今まさに、人生のジャックポットだ。

 途方も無い量の、どんな数字でも価値を表現できない財貨が、アートホルンの最後列からステージに向かって流れ込んでくるのを、感じていた。

 

 その時だった。


「……あ」

 

 異変は、唐突だった。

 

 浮遊するフランケンの身体が、炎上する。

 揺らめく濃い赤色が、山高帽のシルエットを覆い隠し、そのままフランケンズ・ディストごと飲みこんでしまう。

 

 逃げ出す、間も無かった。

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