最終章 ファイナル・ディスト②
今も昔も、ジョニーはどうしようもなく、ジャックにとって冒険小説の魔法使いだった。
ジョニーが、強く顎を突き出すようにして、頭を揺らす。
フランケンの尖った頂点が大きく煽られる。
それを見たメインステージ上の五人は揃って、鞭に打たれた馬のように、急いで反応した。
ロズでさえ、純粋に聴き惚れるあまり、ジョニーが楽器を奏でている理由に今の今まで気がつけていなかったことは明白だった。
『子どもの頃は 何もかもが信じられなかった
自分のことを 石ころだと思っていた
でも 君の中には全てがある
それが 俺の何かを変えてしまった』
我らがナンバー1の口元が解き放たれ、歌声が響き渡る。
ジョニーはまさに、サン・ファルシアに相応しい救世主だった。
暗雲を破りフランケンズ・ディストを救いに来た、唯一の流星だった。
『まずは心を開くこと』
メインステージから、歓喜を含んだ五人のコーラスが返される。
ジャックには、ジョニーが照れ隠しの笑みを浮かべた様に見えた。
痛い所を喜んで曝け出せる相手がいるという幸せ。
『サムシング・アバウト・アス』は、そんな気持ちを表現した歌だった。
『隠し事には向かないみたい
信じてくれるだろうか こんな下らない男のこと』
歌詞はまるで、即興で口にされる台詞のようだった。
聞いたことがあるはずの歌なのに、ジョニーが次に何を言うのか、ジャックには全く予想することができなかった。
最初のサビが終わり、間奏が始まる。
ジョニーの独壇場。
ギターを操る指先に呼応し、フランケンが全身の口を大きく広げる。
… … …
シュリセ・シールズは、スタッフルームのソファに腰掛けていた。
眼の前の机には、アートホルン全体をリアルタイムに俯瞰できる、立体のビジョンが浮かんでいる。
足元には、砕けたカップ。
脇には、シュリセが脅して従えた、防雨ヴェールを張った魔陣師達。
ステラボウルズのステージを終えた後。
己に残された仕事は、無理矢理にでも自分達のパフォーマンスを最後の催しにして、歌唱祭の幕を降ろしてやることだと思っていた。
この部屋で観客達を、フランケンズ・ディスト達を見降ろしながら、神の地位に悠々とふんぞり返っているだけで、全てが上手くいくはずだった。
右手を目の前の虚像に叩きつけながら、叫ぶ。
「客席のヴェールも落とせ!」
シュリセは、両手で頭を抱える。
何故こんな事態になっているのかと、躍起になって頭を巡らせながら、その美しい顔を醜く歪ませる。
シュリセに、思い至ることが出来るはずもなかった。
己すら、見下ろす箱庭の内に居るのだと言うことを、失念していたのだから。
… … …
山高帽が、ジョニーのギターソロを空に向かって響かせる。
その音色が天を貫くのを、ジョニーは確かに見た。
観客席の上を覆っていたヴェールが、突き破られ、破壊される。
誰もが揃って、頭上を仰ぎ見ていた。
だが最早誰も、雨を恐れてなどいなかった。
ヴェールの内側にこもっていた熱気が掬い取られ、一瞬、人々の頭をそっと、冷気の掌が撫でる。
一斉に降りてくる雨粒に対し、ジョニーがギターを庇う必要は無かった。
頭の上でフランケンが飛びあがったかと思うと、そのまま浮遊し、鍔を何倍もの大きさに広げ、小ステージ全体を、雨から覆い隠してみせたのだ。
近くの観客達は、フランケンが弾く水の煽りをもろに受けていたが、眉をひそめる者はいなかった。
両手を広げ、雨粒を迎え入れる者達しか、いなかった。
雨はこれまで、メインステージ上空に空いた穴めがけて全て流れ込んでいたが、ヴェール全体の消失により、今では幾分、ジャック達を襲う雨勢は、逆に弱まっているようだった。
殆ど滝の中で歌わされていたジャック達の姿が、ジョニーから見てようやく露わになる。
ステージ、アリーナ、スタンド。
あらゆる種族、異なる肉体を持つ者達が平等に雨にうたれながら、狂乱に任せ手を振りかざし、水の粒を撒き散らし合っている。
ギターの音色が、濡れたアートホルンの空気を、炎の矢のように貫いていった。
演奏は、フランケンとのセッションであり、デュオでもあった。
傘になれるなんて知らなかったぜ、教えてくれないなんて水臭い。
そんな野暮をいうのは、全てが終わってからでいいと、ジョニーは思った。
今、確かなのは、地球まではるばる自分を迎えに来てくれたこの山高帽も、最高のバンドメンバーであるということだけだ。
全身のジッパーから音を、全方位に撒き散らしている。
ジョニーの魂とリンクし、その思いを直に汲み取りながら、フランケンは最高のエフェクターとして機能している。
ギターは音量を増していく。
留まるところを知らずに、音色は歪み続けていく。
歴史。
エレキギターをアンプから出力することがようやく主流になった時代のこと。
ボリュームに物足りなくなったどこかの誰かが、目一杯の爆音で勝負した所、割れて潰れたような、これまでに無い音が生まれた。
それからというもの、歪みは、声を張り上げて思いを伝えなければ気が済まない者たちの傍らに、寄り添い続けた。
ギタリストが、特に強く歪みに拘るのは、音楽シーンが機械化され行くごとに、その原点が色彩を増すからだと、ジョニーは考えていた。
感情と同じだ。
強く訴えれば訴えるほど、実像は歪曲する。
そして、その振り切れた状態そのものをクールだと思われたいと、希望を抱かずにはいられない。
そして希望は数々の、怪物と呼ばれるバンドを生み出した。
フランケンの生み出す歪みはとうとう、『オーバードライブ』のさらにその先へ。
『ディスト―ション』
世界で最も美しい、モンスターの悲鳴。
ジョニーは胸の底から、声を引っ張り上げる。
『それでも お前達の中には何かがある
それが全てを変えてしまう
もっと もっと見ていたい!
まずは心を開くこと
俺には君が必要なんだ!』
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