第二十四章 ジャック・クレイジーエメラルド⑤

『涙流して 見詰める瞳

 

 挫かれても しなやかな強さを』


 舞台の上。

 

 コーラスも、バックサウンドも従えずに。

 ジャックは己の歌声だけを響かせる。


 ステージの下に直接織られた音響魔陣は、健在のようだった。

 どうやらこればかりは、外部からの操作でなく、ステージに上った者の意思に反応し作用する仕様らしい。

 

 ジャックの声は、優しく肩を抑え宥めるように、観客達の動きを止め、静めさせた。

 

 雨は一瞬で、ジャックの服と髪をずぶ濡れにした。

 しかし、骨の芯だけは、熱く渇き続けている。

 

 ジャックは笑みを浮かべる。

 矢面に立っていることに、歓喜を覚える。


 ジャックはゆっくりと、雨の中、ステージの前方、観客席の方を目指して歩いていく。

 

 ジャックが選んだのは、事前に打ち合わせたプログラムからの歌では無かった。

 だが、確信があった。

 

 この、どこまでも続いているような雨の壁の向こうで―――


『歩きだせる力が 足の指先で音を立てて


 まだ大丈夫と 夜にしがみつきながら』


 ―――彼女が、待っていると。

 

 ジャックに向けて、ゆったりとした歌声が返ってきた。

 

 他のチーム達の華美な演出に比べれば、悪い冗談と受け取られても仕方の無い、滑稽な絵面。


 だが二人は、何一つとして恥じなかった。

 

 互いの姿も見えない中、カウントも取らず、息を合わせる。

 種も仕掛けも、技術も感性もなく。

 ただ、歌声を寄り添わせる。


『あなただけの微笑みを もっと自由に

 

 繰り返し 曇り空を晴れにしていくだけ


 全てが 崩れそうになっても あなたを

 

 今 想っている 手を伸ばしたら

 

 いつか空の下』


 姿は見えないのに。

 彼女の口ずさむ唇だけが、顔の傍に感じられて仕方がない。

 

 雨の幕に隠れた彼女の姿を手さぐるように、心に力を込めた。

 彼女を少しでも自分に近寄らせるための引力を放ちそうなことなら、何だってやってやるつもりだった。

 

 ―――街の人々は僕らに言う。「どんなに離れていようが、お前達の姿だけは目に留まる」って。僕ら自身も、互いにそう想い合ってる。けれどそれは、他の人たちが同じことを言うのとは違って、僕らの持つ際立った美醜には、何も関係の無い事なんだ。美醜が、僕らを構成するほんの一部でしかないことを、知っているはずだ。君の歌が好きだ。悪意と恐怖を経験してなお、伸びやかに美しく響かせようとする君の姿勢を、愛してるんだ。それが、答えじゃないか。


 歌―――『いつか空の下で』―――だけが、響き渡る。

 

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