第二十四章 ジャック・クレイジーエメラルド②
ステージから通路にまでなだれ込んでくる拍手と喝采は、対抗馬の出現が何一つ、ステラボウルズの舞台に影響を与えなかったことを示していた。
医務室の混雑は、想像に難くない。
先程から、ジャックと姉妹の横を、担架に担がれ、何人もの失神した観客が運ばれて行った。揃いも揃って、片目から三本は涙の跡をつけており、感極まったのを一周して、非業の死を遂げたようですらあった。
次はとうとう、フランケンズ・ディストの出番だった。
ジャックと姉妹が下手から、ペッパーとロズが上手からステージに登場する予定だったので、二手に分かれ、それぞれ係員の誘導を受けている最中だった。
屈強なミノタウロス二人に先導される、舞台袖までの道のり。
ジャックははっきりと、道の向こうに待つ、観客達の熱気を感じていた。
自分の肌と空気が擦れる度、見えない火花が飛び散り、感覚が研ぎ澄まされ、鍛えられていく。
集中の研磨、その総仕上げを担ったのは、皮肉にも敵だった。
ステージを終えたばかりのステラボウルズの一団が、その美しい顔を上気させながら、対面からやって来た。
フルメンバーではない。
どうやら上手と下手の半々に分かれて、舞台からハケてきたらしい。
シュリセもいる。
ジャックと姉妹は無言で、仇敵達とすれ違っていく。
目の端に映ったシュリセの笑顔に、ジャックは気を取られる。
というのも、シュリセが浮かべていたのは、いつもの嘲笑ではなかったからだ。
もっと、含みがありそうな。
気のせいか、スタッフのミノタウロス二人と、目配せを交わしたように見えた。
ジャックは意図して、錯覚だと決めつけた。
気にするだけ無駄だというのは、分かり切っていた。
わざわざ呼び止め問い質し、結果こちらの集中が何かの拍子で切れましたでは間抜けにも程がある。
そう判断した。
その判断が大きなミスであったことに気がつくまで、時間はかからなかった。
段取りでは前チーム、もといステラボウルズにより行われたパフォーマンスの後始末が終わるまで舞台袖で待機、ということになっていた。
ショウに必要な道具の全ては、しばらく前、全て実行委員会側に預けていた。
祭りのスムーズな進行のためスタッフが管理し、スケジュールに従って、舞台袖に搬入を済ませておくという手筈になっている。
はずだった。
「なんだよ、これ……」
リンダが呻く。
ジャックとレイラは、眼の前の光景にただ、茫然と立ち尽くす。
悪い夢だと、逃避に耽る時間が欲しかった。
しかし、赤く透き通った階段から絶えず下って来る歓声のせいで、一瞬たりとも現実から離れることは出来なかった。
舞台袖。
フランケンズ・ディストのために用意されていたはずの道具は全て、破壊し尽くされていた。
元の形をとどめているものなど、更衣用カーテンぐらいのものだ。
今度こそ、五人分ちゃんとした格好で挑めるのだと思っていたのに。
ジャックが気合いを入れて取り揃えた衣装達は、雑巾にすら再利用出来ない程に裁断されていた。スパンコールが、剥がれた爪みたいにばら撒かれている。
指を切らずにかき集めるのは到底不可能であろう、透き通った細かい破片は、アディハード水晶のものだ。
何もかもがバラバラにされて散らかった床の上。
一つ一つの屑から、原形に思い至っていくたび、強い吐き気に襲われる。
しかしながら、ジャックに最大の衝撃を与えたのは、唯一の生存者だった。
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