第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ⑤

 五人揃って、とうとう楽屋の前にまで連れてこられてしまった。

 これからいよいよ、勝負までの待機時間に突入する。

 

 通路の反対側から、続々と足音が聞こえてきた。

 

 目を向ける。

 宿敵達の姿があった。

 連中にとってはジャック達こそが、初めて城門前にまで押し寄せてきた敵に見えているはずだった。

 

 ステラボウルズの権威は、空間に甘さを加える。

 慌ただしく動くスタッフらの仕事ぶりが一変、いつ誰の手元から機材が滑り落ちてもおかしくないといった様相を呈し始める。

 

 一見、優勝候補としての権威には傷一つ付いていないように見えた。

 だがジャックは、誰かを傷つける人間というのは自分の価値観が脅かされるのを恐れているのだ、と言うことの証明を、随所に見出していた。

 

 その、取るに足らないものに向ける一瞥からの、何事もなかったかのような談笑。

 土足で家の敷居を跨がれた者が浮かべるような、正当性の皮を被った根拠の無い嫌悪。

 ジャックの私服、その襟元のフリルを揶揄し、「今年も楽勝さ。衣装が一人分しかそろえられなかったチームもあるらしい」。

 

 それらの台詞はもう、ジャックに幻想の繭を紡がせることは無い。

 ジャックは生まれて初めて、余裕を持って敵を分析するという経験を得た。

 

 だがそれでも、知らずのうちに張り詰め、視野は狭くなっていたらしい。

 二十人近くのエルフが通り過ぎていく。

 唯一残った我らがエルフを背に庇いながら、双子がそれとなく立ちふさがっていたことに、ジャックはようやく気がついた。

 

 かつての仲間は、ロズに一声もかけ無かった。

 それは、リンダとレイラのブロックのお陰だったのかもしれないし、あるいは姉妹らの献身が無かったとしても、ステラボウルズは元リードボーカルに、同じ対応をしていたかもしれない。

 もし、後者の状況にただ放り込まれたならば、さしものロズも堪えた可能性はある。

 リンダとレイラの功績は、結果に対する原因の所在をあやふやにした所にあった。


ウチ、あんた達のこと結構好きかも」

 

 ロズはリンダとレイラの肩を、柔らかい羽ごと一気に抱き寄せ、耳元に囁いた。


「前は酷い事言ってごめんね」


「もういいって!」


「すっごくかわいいと思う」


「離しなさい!」


 気が利かなかった自分を恥じ、ジャックはペッパーに思わず困り顔を向けてしまった。

 これまで見たことがないくらい大きく膨らんだ誰かの鼻の穴を、目撃することになった。

 

 自分達は大丈夫だ。

 心の中で呟く。

 

 リンダとレイラは、表向きにはいかにもな、まず手が出るタイプだが、一度身内と捉えた人間には過保護になることを、ジャックは身を持って知っていた。

 今だって本気で抵抗すれば、ロズをひっくり返すことも出来るはずなのに、先程から視線で、「『お前から』『姉さんから』振り解いて」と、応酬するばかりではないか。


 武者震いは収まり、ジャックの胸中にはうっすらとした熱が漂い始める。

 誰かに言葉にして伝えたくなるような、メッセージ性の強い安心。

 その宛先の心当たりに、切なくなる。

 全員があえて口に出さないようにしている事を、うっかり滑らせそうになってしまう。


『出来れば、七人でステージに立ちたかった』

 

 自分達をここまで導いてくれたジョニー。

 せめて、魂の揺り籠から観てくれていることを願うばかりだ。

 

 フウはどこに消えたのか。

 野垂れ死にするタマで無いことは重々承知だが、誰かからその天真爛漫さにつけ込まれていやしないかと考えるだけで、心配で堪らなかった。

 急に姿を消したことには何か特別な理由があるに違いないと、ジャックはふんでいる。

 フランケンズ・ディストのピンチに尻尾を巻いて逃げだしたのだとは、考えなかった。

 そんな打算がフウにできるとは思えない、という話では勿論なく、魔王討伐について語る時の勇敢なフウの口元が、ジャックの心に焼きついていたからだった。

 リンダ、レイラ、ペッパーはもとより、誘拐されたロズだって、フウに対し、敬意に欠ける想像を抱いていないだろうことは明白だった。

 

 ジョニーとフウの影響が、いまだに色濃く自分の中に残っていることを、ジャックは感じていた。 

 かたや石畳の上で、かたやゴミ山で、ジャックに手を差し伸べてくれた。

 

 ―――僕を見るというのは、あの二人を見ると言うことだ。

 

 ジャックが楽屋のドアノブを回すのと、ステラボウルズが通路の角を曲がったのは、同時だった。

 

 ふと、金髪の群れに再度目を向ける。

 自分が先程のすれ違いにおいて、シュリセ・シールズに対し欠片も注意を払わず済んだことに、疑問を持ったのだ。

 まさか、シュリセは本番直前であるのにチームと行動を共にしていないのだろうかと、気になったのだ。

 

 果たして、そこにシュリセはいた。

 いつも通りに、エルフのリーダーらしく輪の中心で、鷹揚に冗談を飛ばしているように見えた。

 

 それがジャックには意外だった。

 先程は、確かに何も感じなかったのだ。

 いつも、ジャックに対して黒い存在感を放っていたシュリセが盲点に入ることなど、ありえるだろうか。

 

 気がつけば、ジャック以外のメンバーは楽屋に入室していた。

 慌てて、後に続く。

 

 ドアが閉まり切る直前、シュリセだけがチームメイトから離れ、逆の方向に曲がって行くのが見えた。

 

 スタッフから楽屋の説明を受けている最中も、何故かずっと、気がかりだった。

 不吉が、金色に薄く靄を引き、ドアの外にまで漂って来ている気がしてならなかった。

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