第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ④

「フランケンズ・ディストだわ!」


 幅の広い道すがら、声があがる。

 明るい足音が三人分、ジャックのもとに近寄ってくる。

 

 単眼モノアイの少女達だった。


「照明は任せてください! 一目でファンになりました!」

 

 自分と同じ学区に所属する生徒の顔を全員覚えているわけではないが、彼女達がそうでないことだけはすぐに分かった。

 同学区であれば、初対面の相手からであれ、「あのオーク」扱いが日常だったジャックである。


 おそらく、普段アートホルン周りで勉強している学生なのだろう。

 芸術会場の近くだけあって、ステージ演出の専門塔なども存在しているのだろうか。

 三人とも細い両腕に、大きめの備品―――時計塔の歯車からくりミニチュア版みたいな―――を赤ん坊のように抱えていた。

 

 恋する単眼モノアイは、頬の代わりに白目の下半分を充血させるという。

 恋愛小説に書いてあった通りだと、ジャックはうろたえる。

 単眼の瞳に間近で見詰められようものなら、こちらの二つの瞳など、瞬き一回で飲みこまれてしまう。

 将軍は矢で殺し、単眼モノアイの娘は目で殺すなどとは、よく言ったものだ。


 フィクションにおいては、ごくありふれたシチュエーション。

 しかしそれが、自分に訪れる日が来るなどと、ジャックは思っていなかった。

 

 三人の少女は有無を言わせぬまま、ジャックの手を握り、去っていった。

 

 その背を呆然と見送りつつ。

 自分の後ろで何が起こっているか、振り返らず、ジャックに理解できたのは四分の三までだった。

 リンダとレイラは、どうせ白い目でジャックを見ているだろうし、歯ぎしりはペッパーのものだろう。

 

 だが、残る四分の一だけが、伝わってこない。


 彼女は今、何を思っているのだろう。

 

 まだ一言も言葉を交わす前、街で、遠くから君の姿を見つけ、何度息を飲んだことか。

 あの頃は、近くに寄れば寄るほど君の存在を濃く感じられるものと、信じて疑わなかったというのに。

 

 今ときたら、一体どうしたことだ。

 

 アートホルンに集合する前、一旦自宅に戻った際、ジャックを抱きしめて迎えたのは両親の腕だけで、ロズは立ち去った後だった。

 その時、ジャックは安堵と失望を覚えていた。

 本当は怖かったのだ。

 少しでもロズの事を、あの森で感じた彼女に比べ別人のように感じる位なら、二度と口もききたくないほどだった。

 それと同時に、惜しくもあった。

 一晩中喰らい合うように愛し合った時間の残滓を、彼女のどこかに欠片でも見出しておきたいと、切に願っていた。

 

 単眼の美しい少女達に三度握られた手の平から、温もりが去っていく。

 世界が変わりつつあることに対する、あまりにもささやかな警鐘だった。

 サン・ファルシア本戦の演出など、かなりの才媛でなければ任されないはずだ。

 そんな少女達ですら、一晩であんな表情を、ジャックに向けるようになった。

 

 ジャックは今になって、シュリセ・シールズがシュリセ・シールズであった理由を、理解出来た気がした。

 ステージ周りの空気は、選民的だ。

 由緒ある者が踏み入った瞬間、時は停止にも似た、凝縮された加速をみせ、歪む。

 影響は観衆にまで及び、誰しもが歳を重ねることなく、心だけが、一夜に幾百日を得たように変わってしまう。

 

 それは、怪物として産み落とされるまでの、刹那の臨月。

 

 リンダとレイラ、ペッパーが感じているのとは、また違った緊張の母体の中に、ジャックはいた。

 

 ロズに訊ねたかった。

 今日のような栄光と興奮を幾度となく経験してなお、ジャックを哀れみ続けてくれていたロズ。


 君は今、迷っているのか。

 それとも、僕とのこれまでの関係には見切りを付けた上で、友達としてやり直そうとしているのか。

 

 確かめたかった。

 だが、二人きりになれる瞬間は、もう望めそうもなかった。 

 

 五人揃って、とうとう楽屋の前にまで連れてこられてしまった。

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