第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ③
アートホルン芸術会場は、先進都市ニューアリアにおいてなお残され続ける、古代建築の一つだった。
円筒型の城壁に囲まれた巨大建造物は、収容可能人数、約五万人、二手二足系だけに限れば十万人もの集会も可能であり、そのキャパシティが存分に満たされる数少ない催しの一つが、サン・ファルシア歌唱祭本戦である。
今でこそ芸術会場として親しまれているが、元をたどれば、決闘場である。
愚王サダルニコスの治世のこと。
徒手空拳において最強の種族を決めんと、擂鉢状の観客席に見下ろされるステージの上で数知れない奴隷の命が散らされた。
犠牲者は、何百人とも何千人とも学者によって言われている。
そして、そんな負の祭典に当時の市民達は熱狂し、何十段もの円環の座席を満席にしたらしい。
それが今では、神聖なる歌の式典で埋まるというのだから、賞賛されるべきは、現王とステラボウルズの功績である。
ジャックにとってアートホルンは、これまで歴史書の中だけの存在であった。
赤、青、緑の晶獏石で覆われたその外観。
建設された当時は、さぞ絢爛な趣であったのだろう。
しかし、現代においては、山から切り離した純石の宿命、表面に、長い時代の変化の中でもたらされた、混濁が目立つ。
ジャックも、他の人間達と同じようにその鈍い光沢を、いっそ一つの風雅さだと考えていたが、加えてさらにその下に、かつての時代と寸分変わらぬ輝きを隠し持っているような気がしてならなかった。
ジャックはそこに、人の本性と同質の作用をみる。
野蛮な時代を終え、種族はみな懸命さを手に入れたと、誰もが信じている。
だが、本当にそうか。
人間は今、真の姿のままに輝いているのか、それとも、凶暴さをその下に隠しもったまま、くすんでいるだけなのか。
認識と価値の反転を夢想すれば、この円筒形の箱が、歴史の示唆を閉じ込めているような気がして、ならないのだった。
感慨深さに、ジャックの薄い胸が震える。
これから自分達が、歴史の仕掛け箱から財宝を取り出して見せようと言うのだ。
フランケンズ・ディストは揃って、夜の本戦に備え、アートホルン内の施設案内を受けていた。
関係者通路から闘技場の入り口にまで辿り着くと、そこから即席の階段が上へと続いていた。
その先はもう、ステージだとの事だった。
リンダとレイラが、採石用ナイフでも持ってくればよかったと話し合っている。
というのも階段が、薔薇晶と呼ばれる高価な天然石を大きく切り出した物で、組み上げられていたからだ。
即席と言えど、さすが権威あるサン・ファルシアである。
「私ら、またトリなんだろ。売りさばく時間は十分にある。フランケンも豪勢にいきたいよな」
軽口が、ジャックの頭の上に向かって投げかけられる。
「薔薇晶は好物だったかもね。でも」
ジャックが返せば、フランケンが唸る。
「人が踏んだ物は、ごめんだってさ」。
チームメイト同士で余裕を確認するための掛け合いすら、堂々としたものだった。
厳しい予選を最高の成績で勝ち抜いたという自信が、五人に勢いを与えていた。
困難な戦いのさなかであることに、いまだ変わりは無い。
だが、ベストを尽くせないわけがないという確信も、強固なものだった。
予選では何せ、飛び入りが一人、半死人が一人であったにも拘わらず、圧巻のパフォーマンスを披露して見せたのだ。
気力も連帯も、昨日の夜とは比べ物にならない。
ただ、ジャックには、懸念が無いわけでもなかった。
僅かに、時間を遡る。
ロズがアートホルンの参加者集合場所に姿を見せたのは、ぎりぎりになってからだった。
丁度ジャック達は、アディハード水晶を紛失したと、手荷物をひっくり返していたところだった。
そこにロズは、一晩ぶりに何食わぬ顔で現れ、水晶を投げてよこした。
流石にうらみがましい視線を浴びることになったが、ロズは悪びれもせずに言い放った。
「一晩中、聴いてた。寝不足なの、見たらわかるでしょ」
全員、何も言えなくなってしまった。
「シャワー浴びる間だって、この子と一緒だったんだから」
水晶をキャッチしたペッパーのホクホク顔にリンダとレイラの注意は移り、ロズは事無きを得た。
ジャックだけは、どう反応していいかわからずに、アートホルン入り口の、愚王像撤去跡に見惚れている振りをして、やり過ごしたのだった。
そう。
こうして、チームごとの楽屋に案内されている今にあってなお、ジャックの中で消化し切れていないものがあるとすれば。
「フランケンズ・ディストだわ!」
幅の広い道すがら、声があがる。
明るい足音が三人分、ジャックのもとに近寄ってくる。
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