第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ②

 記者の間で、ジョニー擁護運動のビラを昼刊までに織りこむことが取材の条件であるという共通認識が持たれつつあった。

 

 羽民との独占契約は、誰に知られるともなく、ないがしろにされることとなった。

 ジャックは、彼の権利を庇わなかった。

 不憫に思う気持ちが無いでもない。

 しかし、今後の人生において記者に温情を与える機会があるとすれば、少なくともジャックが無実の罪で投獄されている間に、彼らがどのような記事を書いていたか調べてからでしかありえなかった。

 

 八方から、質問が浴びせられる。


「ジョニー氏もさることながら、もう一人、無視できない方がいらっしゃいますね……そう、ロズ・マロースピアーズ嬢です! ステラボウルズの歌姫が電撃移籍! その背景を、お聞かせ願いますか?」


「それは……ノーコメント」

 

 本題まで段階を踏まない、遠慮の無い問いかけ。

 ジャックは面食らって、取り繕う。


「あなたがステージの上で夜を明かしている間に、マロースピアーズ嬢はあなたの自宅に勝手に侵入し、シャワーで汗を流していたそうです。ご両親が腰を抜かされたそうですが、一言お願いします」


「…………」


 一言お願いします。

 それは自分から、ロズに言ってやりたい台詞だった。

 

 朝、目が覚めた時、ステージの上にロズの姿だけが無かったのだった。

 四人して、このままどこかに消えてしまったらと心配したが、こんな形で身の安全を聞かされるなどとは、思ってもみなかった。

 

 アウロモールの家に帰ろうとしていたジャックは、何の心構えもないままにロズと鉢合わせせずに済んだと、安堵した。

 

 ロズが屋敷に戻らなかったのは、彼女にとっては致し方のないことだったのだろう。ロズの美貌を持ってしても、どの面下げて、というやつだ。

 そこで躊躇なく他人の家を使用するのがいかにもロズだが、果たして彼女は、何の葛藤も感じはしなかったのだろうか。


 ジャックはロズを、ステージで共に戦ってくれた仲間だと認識している。

 しかしそれは、ジャックが左手首に傷を付けるまでの関係とは全く違う、新しく出来あがった繋がりなのだ。

 断絶されてしまった過去と今日が接ぎ木され、二人の間に流れるものを、歪なものに変えてしまっていることに、ロズは気付いているのだろうか。

 

 ジャックが感じているのと同じ、えもいわれぬ気持ち悪さを、ロズも抱いているのかもしれない。

 屋敷に戻れないのは道理として、わざわざ地下街まで足を運ばずとも、彼女に部屋を貸す宿は幾らでも、広場の近くにあったはずだ。

 その前提で、わざわざロズが、アウロモールへと足を運んだ意図を考えてみる。

 本戦を前に、ジャックと二人だけの時間を持ちたかったからだとしか思えなかった。

 

 しかし、夜明け前に時計塔広場を抜け出して、というのなら、ジャックもその時に起こせばよかったのだ。

 そうしたなら、密会にもっと相応しい場所へ、人目につかず二人で逃げることが出来たはずなのに。

 だがロズは、ジャックの家で待ち構えると言う手段を取った。

 そして、まんまと記者の情報網にかかっている。


 ちぐはぐだ。

 二人で話がしたくて堪らないのに、もう以前のような関係に戻ることは出来ないと、二人して悟り切っている。

 

 記者が話題を切り変える。


「何にせよ、我がテイルスミス新聞社きっての、発行部数となるでしょう。見出しは決まってるんです。『星の貴公子バーサスクレイジーエメラルド』! いかがでしょう?」


「あっちの人は、並べて語るなって、怒るかもしれないけど」

 

 記者に対し必要以上のことは、口にしないつもりだった。

 だが、臆していると思われたくもなかったため、ジャックはあえて、果敢に宣言した。


「約束する。今年のサン・ファルシアは、去年までとは全く違ったものになる。……祭りなんて嫌いだっていう人にも、ぜひ、見に来てほしいな」

 

 ジャックを中心にして、どよめきが広がっていく。

 ビッグマウスだと、誰か一人くらいからは糾弾されるかもしれないと覚悟していたが、期待を込めた口笛だけが飛び交った。

 

 通りが、にわかに窮屈になった。

 即席の露店が並んだ、祭り限定のゴザ市にさしかかっていた。

 

 なんと、今ジャックの着ている服をそっくりそのまま着せられた白陶人形が、何体も設置されてあった。

 フランケンが頭の上で色めき立った。

 ここなら運命の恋人でも見つかるのではないかと、ぎらついているのだった。

 

 記者の質問。


「一晩で流行を作り出した気分は?」


「コピー商品だよ」

 

 通りの模様に極力関心を示さぬようにしながら、ジャックはただ、通り過ぎて行く。

 早足になって記者らを引き放そうとしたのは、失敗だった。

 うなじの緑が紅潮していたのを後日記事にされようとは、この時はまだ知るよしもない。


「オール・ハンド・メイドだ」


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