第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ

第二十三章 ニューアリア・ラディカルズ①

 誰が拝まなくともやってくるのが朝日というものだが、この日ばかりは、人間達の意思が夜から釣り上げて来たのだとしか、思えなかった。

 夜が白み始めた途端、時計塔広場では歓声が巻き起こった。

 

 あらゆる人間の待ちわびた、サン・ファルシア二日目の幕開けだった。

 

 ジャックは目を擦りながら、硬い地面の上で目を覚ました。

 寝起きの鼓膜に、大声が群れをなしてやってくる。

 おぼつかない指先で慌てて瞼をこすれば、何度か、爪を眼球に突き立てそうになってしまった。

 

 後ろから、寝ぐせの付いた髪の毛に噛みつかれる。

 一晩中枕代わりにしてしまった、フランケンからの抗議だった。

 僕の髪でカツラでも作る気かよ、何があったか知らないけどもう少し寝かせてくれ、疲れが取れないんだ、昨日僕らが何をやってのけたか知らないわけじゃ……

 

 一気に、思い出した。

 朝からの度を越した喧騒にクレームを入れる権利など、自分にあるわけない。

 

 まさに、革命から一夜、だ。

 

 サン・ファルシア初日の夜、フランケンズ・ディストはジョニーの残してくれた音楽でもって、歌唱祭に喧嘩を挑んだ。

 そして、見事勝利した。

 シャンディーノが、その良く効く顔を使って揉み消そうとしたって、到底不可能なくらいに。

 投票の後、観衆達がステージの傍に押し寄せ騒ぎ始めたため、ジャックらはとても家に帰ってなどいられなかったのだ。

 結果、時計塔ステージの上でそのまま、一夜を明かすことになってしまった。

 

 ジャックは薄目を開け、こっそりと広場を見渡した。

 もし、「お前らのせいで屋根のあるところで寝られなかった」とこの場で叫んだなら、群衆は「俺達の台詞だ」と返しただろう。

 熱狂の夜宴を繰り広げた群衆達は、恐らく一人も欠けることなく、同じ朝を迎えていた。。

 ステージ上で眠る怪物たちが朝日に目を覚ますのを、誰もが、今か今かと待ち構えている。

 

 ジャックが、僅かに上半身をもたげた。

 それだけの動きにさえ、朝靄すら貪りつくしてしまいそうな勢いで、群衆は雄叫びを返してきた。

 

 同じ野晒でも、ゴミ捨て場の中で目を醒ますのとは大違いだった。

 最高の夜明け。

 

 友達と分けあえるなら、もっといいだろうと、ステージの上を見渡す。

 ペッパーの甲高いいびきが聞こえる。眠り続けるリンダとレイラの唇は、起きて喋っている時よりずっと小さく見えていた。

 

 頼もしくも図太い、仲間達である。




 どんな閑散とした通りを選んでも、ジャックが歩くだけで、まるで密林の様になった。

 

 ジャックの周囲にだけ、大勢の人が集まって来る。

 そのせいで、気温が高く息苦しい。

 時折、差し込むように涼しい空気が流れ込んでくるが、シャツの下に取り込む間もなく、立ち消えてしまう。

 

 しかし、こんな劣悪な環境に加わりたがる人間は後を絶たない。

 歩くジャックに、ボディーガードを気取った新聞記者達がまとわりつく。

 さらにその周りを野次馬が囲む。

 中には記者のプレス章をもぎ取って取材権を主張しながら、ジャックと握手だけを交わして去っていくものなどもいた。

 

 煩わしい、という気分は勿論あった。

 きっと、他のメンバー達も今頃同じ目にあっているのだろうと思うと、リンダとレイラがハーピーで良かったと、感謝せずにはいられなかった。

 手の早い二人が、殴って道を開くまでもなく飛んで逃げられるのは幸いだ。

 もっとも、そのしわ寄せが、のんびり歩いて帰るしかない自分に来ている気がしてならなかったけれど。

 頭上を覆う翼種達が増えていっているのは、姉妹に撒かれた者達が集まって来ているからではないのか。

 

 空中の混雑をかき分けながら、ジャックの傍に着地する姿があった。

 豊かな白ひげを蓄えた、ウィングースの記者だ。

 四肢を持ち、それに加え背中から羽を生やしている。

 二手二足系と翼種のいいところを合わせたようなナリだが、飛行可能時間はハーピーなどに比べ大きく劣り、足の筋肉の持久力はセイレーンほど。

 他種から器用貧乏と馬鹿にされがちな種族である。

 

 ジャックは、広場を出る時、この記者と知り合いになった。

 昨日のジャック達のパフォーマンスを見て、記者として生きてきたのはこの日の為だと悟ったらしく、取材を申し込まれたのだ。

 協力者、というより、持ちつ持たれつの関係にジャックがこの男を選んだのは、弱小種族としてのシンパシーが湧いてしまったからかもしれない。

 豊かな腹を揺らしながら、男は紙束をバッグから取り出し、ジャックに押し付ける。

 

 約束の品、だった。

 

 ジャックは頭を下げて受け取り、出来栄えの確認を始める。

 他人を自分の目的の為に都合よく使ってしまったことに対し、申し訳なさを抱くのは、まだジャックが一庶民であることの証明だった。

 

 ビラの受け渡しが終わるやいなや、羽民の記者はジャックとの契約通り、独占取材の堰を切った。


「まさにサン・ファルシアに相応しく、流星のように現れたフランケンズ・ディスト。いかなる経緯で、五人が集まり、音楽を始めようということに?」


「全部、ジョニーのお陰だ。僕らがやっているのは、異界の音楽なんだ」

 

 これまで取材に対してだんまりを決め込んでいたジャックが反応したことで、他の記者達も沸き始める。


「皆、何て噂してた? 異界の音楽は聞いた者の心を邪悪に染め、街を滅ぼすだって? ……一夜明けたけど、あばら家の屋根だって飛んでない。昨日まで君たちが書いてきたことは、全部でたらめだ。ジョニーの名誉回復に、率先して協力する義務があるよ」

 

 ジャックは手にしたビラを、羽民に向かって一枚突き返した。

 それを見た周りの記者達は、記者章を野次馬目がけて放り投げ、その隙にジャックの腕の中からビラを、一人何十枚と鷲掴みにして、持っていってしまった。

 

 ジョニーに纏わる流言飛語に対する是正、異界の音楽が無害であるとの主張、ジョニーを追放した神託課の判断は早急ではなかったかという追及が、上質紙一面を使って、細かく書き込まれている。

 

 記者は雑食だ。

 ジャックは冷めた目で、落ちたビラを拾おうとして指を踏まれた手長ローズルや、屈みこんだ巨種がバランスを崩して店の窓を割る光景を見詰めていた。

 デマでも真実でも、彼らにとっては自分が発信源になれるのなら、何だっていいのだ。

 自分達の撒いた種が育つのを他人事のように見詰められる精神が、ジャックには信じられなかった。

 自分はそんな風にはならないようにしようと、固く決意した。

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