第二十二章 ギフテッド⑦

 どのようなメディアも、現実が現実的な問題を解決してくれないことに対する矛盾を、解き明かしてはくれなかった。

 そんな中で音楽に嵌ったのは、しょうもない生き方しかできない自分を、誰かに肯定してもらいたかったからだと思う。

 

 初めは、ロックからだった。

 トイレの水でドラッグを溶かし、泊まったホテルのスウィートを破壊し尽くし、プールに車でダイブする。

 今世にまで伝わる、社会不適合者達の偉人伝。

 

 ―――もしかして自分は、あいつらにとっての『それ』になりたかったのか。

 

 フランケンズ・ディストのメンバーの中で、自己というものに苦しんでいない人間はいなかった。

「個性」なんてのは、似たもの同士で大勢つるんでいる人間の間でしか通用しない褒め言葉にすぎないことを、よく知っているやつらだった。

 皆、他人を必要とするべきか、排除するかの価値観の中で、いつも揺れていた。

 

 人間が行き来することのできる世界というのは、つまるところ、自分達の頭の中にしかないのだろうか。

 

 緑色の少年の背中が浮かぶ。

 

 あの街で、一人きりだった。

 ニューアリア。

 

 怪物達でごった返すストリートにて、最初に、なぜ自分がジャックを選んで話しかけたのか、今、やっと分かった。

 

 自分とジャックは、出会う前からもずっと、同じ世界で生きていたからだ。

 

 ジャック。

 石畳に、蹲って。

 ずっと聞けなかったけれど。


 あの時お前は、やっぱり泣いていたんだろう?

 

 高城は、ハンドルを握ってない方の手で、頭を掻き毟った。

 

 ―――あと少しで、全てが分かりそうなのに、どうして自分はもう、何もしてやれない場所まで、戻って来てるんだ! 自分にしか、出来ないことがあるはずなのに!

 

 もう、現実を恥じない。

 この道をまっすぐにいくから、どうか。

 

 強く願った、途端の出来事だった。

 音をたて、高城の後ろで、何かが裂けた。


 すぐさま、事態の危険度を悟った。

 やはり、ワゴンだけは高城がエルヴェリンで過ごした分だけ、野晒になっていたに違いなかった。

 それとも、『まっすぐに』と願ったそばから左折しようとしたためバチが当たったのか。


 バックミラーだけではよく確認出来ないが、パンクしたなんて生易しい音では無かった。

 積載重量に負けて、車両が腹から裂けたのではないかと言うような、衝撃だった。

 俺が発端になってリコールでも起きればいいと、乱暴なことを考えながら、高城は路傍へハンドルを寄せ、なんとか停車を済ませる。

 

 振り返る。

 首を傾げる。

 

 見た限り、異常は見受けられなかった。

 歩道を行く高校生たちだって、高城の車にスマートフォンのカメラを向けて騒いだりはしていない。

 

 胸を撫で下ろしながらも、頭に疑問が浮かぶ。

 なら、さっきの音は?

 酒も飲んでいないのに耳鳴り?

 ため息で自分を嗤おうと、大きく息を吸い込む。

 そして空気の塊は、そのまま派手に胸につかえることになった。

 

 何事もなかったはずの、後部座席。

 バックミラーに、怪物が映り込んでいた。

 

 エルヴェリンでの暮らしの中で、怪物の名前には随分詳しくなった高城をして、見たこともない異形だった。

 

 つややかな黒い体毛の、獣。

 ネズミ程の大きさだったそれは破裂し、内側から闇を噴出させる。


 外部からの光が、全て遮られた。

 車中、視界が、黒く塗りつぶされる。

 にも拘わらず、闇の中で、高城の目ははっきりと見えていた。


 後部座席が、空間ごと擦り潰されていく。

 高城に唯一残された拠り所である楽器達が、小枝か葉のように、破砕されていく。

 砂粒ほどの大きさの蟲の群れが、六つの筋になって、高城の身体にまとわりついていく。

 

 辺り一面に、銀色の規則正しい歯並びの口が、無数に浮かび上がる。

 

 それを見た高城は、笑みを浮かべた。

 

 怪物の正体、その名前を、知っていたからだった。

 

 どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 目を閉じ、身体の全てを捧げ、委ね、そして。


 再び目を開けた瞬間、自分がやらなければならないことを、理解した。

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